一日一編

馬東 糸

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020201【求人募集】

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  会社をクビになった。
 大学を卒業して、やっとの思いで入社した会社だった。都心にあって、規模も大きく、誰もが羨む憧れていた場所だったはずだ。かく言う私もそうであった。しかし、どうしても許せなかったのだ。
 過ぎたことは今更気にしても仕方がないし、後悔もしていない。為すことを成したつもりだ。
 そうは言っても、十分な蓄えがあるわけがあるはずもなく、直ぐに次の仕事を決めなければならなかった。しかし、同じ業界では前の会社が情報を流しているため働くことは出来ず、わずか数ヶ月で大手を辞めた私に世間の目は冷たかった。
 求人情報をネットで検索して、ある程度の条件を満たす所を片っ端から受けたがどれも引っかかることはない。日に日に通帳の数字は目減りしていき、条件を下げるかアルバイトを行うかと迷っている最中の出来事だった。
 その日も面接で上手くいかず、文字に慰めてもらおうと近所の古本屋へ行った時のことだ。何か都合のいい本はないかと物色していると一つの背表紙に目が止まった。題名はなく、日焼けて埃を被っている中ただ一つ新品かと思われるほど綺麗で、なおかつ真っ白でよく目立っていた。私は人差し指でその本を上から取ろうと思い、軽く力を入れてみたが棚にぎゅうと詰まっているらしくびくともしなかった。その本の隣にあるのは「ツァラトゥストラかく語りき」と逆側には初版の「金枝篇」がある。こちらも同様に動かせそうにはなかった。それならばと、同じ棚の右端に移動してそちらから何か取り出せそうな物を探すことにした。こちらにあるのはサルトルの「嘔吐」など少し分厚い書籍がある。何かないかと目を横へ流している文庫版の「存在と無」がある事を発見した。これに指を掛けると驚くほど何の抵抗感もなくするりと抜けた。私は先ほどの場所に戻り、白い本を手に取った。
 表紙も真っ白で裏側も同じく一切何も書かれていなかった。中を捲ってみると、これもまた同じく書いていない。なんだと少しがっかりして、閉じようとした時、最後の頁に文字が書いてあるのを見つけた。どうやらここから近くの住所のようである。下に小さく、求人募集とも書かれていた。
 書店のおじさんに本のことを尋ねると、そんな本は知らないと言われて持って行って良いと言われた。私はここで終わってはこの時間が徒労に終わってしまう気がして、書かれている住所に向かってみることにした。
 着くと、なんて事はない、廃墟のようなビルである。書かれている部屋に向かう。エレベータは無かったため、階段で上がるしかなく自分で何をしてるのか途中で馬鹿らしくなってしまったが何とか上がりきった。
 部屋の前に着くが、やはり何の表札もなく、一見すると空き部屋のようである。
 インターホンを押してみた。
 チャイムの音が三回ほど反響したが、応答はなく、やはり誰かの悪戯かと思い帰ろうとして背を向けた。
「はい、どちら様ですか」
 少女の声だったけれど、言葉ははきはきと明瞭だ。
「すみません、白い本にここが書かれていて」
 慌てて応答したため、説明がうまくいかない。それにもかかわらず、その声は返答する。
「お入りください」
 そういうと、インターホンは切れた。
 私は躊躇われたが、ここまで来て入らないというのは無いと思い、扉を開けた。
 開けてみると、何とも不思議な光景が広がっていた。まるで、古めかしい洋館に入ったかのような景色で、吹き抜けの奥には緑豊かな中庭まで見えた。とても物理法則を守っているようには見えず、混乱して一度扉を閉めた。すると、やはり目の前にあるのは汚らしいビルの一室の扉である。もう一度、開けると、吹き抜けと中庭が見えた。もう何が何だか分からなかった。
 すると一人の少女が階段から走って降りてくるのが見えた。瞳は青く、光で透けているような金色の柔らかい髪の毛をしている。
「やっとだ! やっときた!」
 走ってくるや否や、私に飛びついた。
 混乱に次ぐ混乱だ。
「えっと、どういう事だから分からなくて」
 少女は顔を上げた。睫毛が長く、自然とカールしている。
「いいからこっち!」
 袖を引かれて、なされるがまま連れていかれた。中庭を通り、何部屋も通り、上り下りを繰り返してある一室に着いた。重厚なべっ甲色の扉であった。
「先生、来たよ! 応募の人!」
 少女が扉に向かって叫んだ。
 扉を開けて入るよう背中を押された私は無理やり入室した。
 中には座って紅茶を飲んでいる三十代ほどの男性がいた。片眼鏡が印象的である。
「ようこそ、我が事務所へ。早速手続きに入ろう」
 そう言ってソファに座らされ、契約書が目の前に置かれた。
「待って、一体どうなってるのか分からないんですけど」
 そう言うと、不思議そうな顔をしてその男性は答えた。
「はて、自らこの場所へ来たのに分からないのか?」
 強引に連れてこられたので、私は少しむかっとした。
「分かりません。求人募集と書かれていたから来ただけで、何が何だか」
 男性は先ほどの席に座って紅茶を一度飲んで答えた。
「君は幸いだ。求人募集、そうとも、確かに求人募集をしている。この探偵事務所で君を助手として雇おうとしているのだ。ただの探偵ではないよ。まあ、それはそのうち分かるさ」
 私は混乱に次ぐ混乱のカオスの中で、正常な判断能力など発揮できるはずもなく、言われるがまま雇用契約を結んでしまった。
 これから先、どうなるのか不安で仕方なかったが、扉が開いて先ほどの少女がまたしても飛びついてきた。その満面の笑みを見ていると自分の取った選択肢は決して悪くないものだと思えてきたのだった。
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