32 / 56
020201【求人募集】
しおりを挟む
会社をクビになった。
大学を卒業して、やっとの思いで入社した会社だった。都心にあって、規模も大きく、誰もが羨む憧れていた場所だったはずだ。かく言う私もそうであった。しかし、どうしても許せなかったのだ。
過ぎたことは今更気にしても仕方がないし、後悔もしていない。為すことを成したつもりだ。
そうは言っても、十分な蓄えがあるわけがあるはずもなく、直ぐに次の仕事を決めなければならなかった。しかし、同じ業界では前の会社が情報を流しているため働くことは出来ず、わずか数ヶ月で大手を辞めた私に世間の目は冷たかった。
求人情報をネットで検索して、ある程度の条件を満たす所を片っ端から受けたがどれも引っかかることはない。日に日に通帳の数字は目減りしていき、条件を下げるかアルバイトを行うかと迷っている最中の出来事だった。
その日も面接で上手くいかず、文字に慰めてもらおうと近所の古本屋へ行った時のことだ。何か都合のいい本はないかと物色していると一つの背表紙に目が止まった。題名はなく、日焼けて埃を被っている中ただ一つ新品かと思われるほど綺麗で、なおかつ真っ白でよく目立っていた。私は人差し指でその本を上から取ろうと思い、軽く力を入れてみたが棚にぎゅうと詰まっているらしくびくともしなかった。その本の隣にあるのは「ツァラトゥストラかく語りき」と逆側には初版の「金枝篇」がある。こちらも同様に動かせそうにはなかった。それならばと、同じ棚の右端に移動してそちらから何か取り出せそうな物を探すことにした。こちらにあるのはサルトルの「嘔吐」など少し分厚い書籍がある。何かないかと目を横へ流している文庫版の「存在と無」がある事を発見した。これに指を掛けると驚くほど何の抵抗感もなくするりと抜けた。私は先ほどの場所に戻り、白い本を手に取った。
表紙も真っ白で裏側も同じく一切何も書かれていなかった。中を捲ってみると、これもまた同じく書いていない。なんだと少しがっかりして、閉じようとした時、最後の頁に文字が書いてあるのを見つけた。どうやらここから近くの住所のようである。下に小さく、求人募集とも書かれていた。
書店のおじさんに本のことを尋ねると、そんな本は知らないと言われて持って行って良いと言われた。私はここで終わってはこの時間が徒労に終わってしまう気がして、書かれている住所に向かってみることにした。
着くと、なんて事はない、廃墟のようなビルである。書かれている部屋に向かう。エレベータは無かったため、階段で上がるしかなく自分で何をしてるのか途中で馬鹿らしくなってしまったが何とか上がりきった。
部屋の前に着くが、やはり何の表札もなく、一見すると空き部屋のようである。
インターホンを押してみた。
チャイムの音が三回ほど反響したが、応答はなく、やはり誰かの悪戯かと思い帰ろうとして背を向けた。
「はい、どちら様ですか」
少女の声だったけれど、言葉ははきはきと明瞭だ。
「すみません、白い本にここが書かれていて」
慌てて応答したため、説明がうまくいかない。それにもかかわらず、その声は返答する。
「お入りください」
そういうと、インターホンは切れた。
私は躊躇われたが、ここまで来て入らないというのは無いと思い、扉を開けた。
開けてみると、何とも不思議な光景が広がっていた。まるで、古めかしい洋館に入ったかのような景色で、吹き抜けの奥には緑豊かな中庭まで見えた。とても物理法則を守っているようには見えず、混乱して一度扉を閉めた。すると、やはり目の前にあるのは汚らしいビルの一室の扉である。もう一度、開けると、吹き抜けと中庭が見えた。もう何が何だか分からなかった。
すると一人の少女が階段から走って降りてくるのが見えた。瞳は青く、光で透けているような金色の柔らかい髪の毛をしている。
「やっとだ! やっときた!」
走ってくるや否や、私に飛びついた。
混乱に次ぐ混乱だ。
「えっと、どういう事だから分からなくて」
少女は顔を上げた。睫毛が長く、自然とカールしている。
「いいからこっち!」
袖を引かれて、なされるがまま連れていかれた。中庭を通り、何部屋も通り、上り下りを繰り返してある一室に着いた。重厚なべっ甲色の扉であった。
「先生、来たよ! 応募の人!」
少女が扉に向かって叫んだ。
扉を開けて入るよう背中を押された私は無理やり入室した。
中には座って紅茶を飲んでいる三十代ほどの男性がいた。片眼鏡が印象的である。
「ようこそ、我が事務所へ。早速手続きに入ろう」
そう言ってソファに座らされ、契約書が目の前に置かれた。
「待って、一体どうなってるのか分からないんですけど」
そう言うと、不思議そうな顔をしてその男性は答えた。
「はて、自らこの場所へ来たのに分からないのか?」
強引に連れてこられたので、私は少しむかっとした。
「分かりません。求人募集と書かれていたから来ただけで、何が何だか」
男性は先ほどの席に座って紅茶を一度飲んで答えた。
「君は幸いだ。求人募集、そうとも、確かに求人募集をしている。この探偵事務所で君を助手として雇おうとしているのだ。ただの探偵ではないよ。まあ、それはそのうち分かるさ」
私は混乱に次ぐ混乱のカオスの中で、正常な判断能力など発揮できるはずもなく、言われるがまま雇用契約を結んでしまった。
これから先、どうなるのか不安で仕方なかったが、扉が開いて先ほどの少女がまたしても飛びついてきた。その満面の笑みを見ていると自分の取った選択肢は決して悪くないものだと思えてきたのだった。
大学を卒業して、やっとの思いで入社した会社だった。都心にあって、規模も大きく、誰もが羨む憧れていた場所だったはずだ。かく言う私もそうであった。しかし、どうしても許せなかったのだ。
過ぎたことは今更気にしても仕方がないし、後悔もしていない。為すことを成したつもりだ。
そうは言っても、十分な蓄えがあるわけがあるはずもなく、直ぐに次の仕事を決めなければならなかった。しかし、同じ業界では前の会社が情報を流しているため働くことは出来ず、わずか数ヶ月で大手を辞めた私に世間の目は冷たかった。
求人情報をネットで検索して、ある程度の条件を満たす所を片っ端から受けたがどれも引っかかることはない。日に日に通帳の数字は目減りしていき、条件を下げるかアルバイトを行うかと迷っている最中の出来事だった。
その日も面接で上手くいかず、文字に慰めてもらおうと近所の古本屋へ行った時のことだ。何か都合のいい本はないかと物色していると一つの背表紙に目が止まった。題名はなく、日焼けて埃を被っている中ただ一つ新品かと思われるほど綺麗で、なおかつ真っ白でよく目立っていた。私は人差し指でその本を上から取ろうと思い、軽く力を入れてみたが棚にぎゅうと詰まっているらしくびくともしなかった。その本の隣にあるのは「ツァラトゥストラかく語りき」と逆側には初版の「金枝篇」がある。こちらも同様に動かせそうにはなかった。それならばと、同じ棚の右端に移動してそちらから何か取り出せそうな物を探すことにした。こちらにあるのはサルトルの「嘔吐」など少し分厚い書籍がある。何かないかと目を横へ流している文庫版の「存在と無」がある事を発見した。これに指を掛けると驚くほど何の抵抗感もなくするりと抜けた。私は先ほどの場所に戻り、白い本を手に取った。
表紙も真っ白で裏側も同じく一切何も書かれていなかった。中を捲ってみると、これもまた同じく書いていない。なんだと少しがっかりして、閉じようとした時、最後の頁に文字が書いてあるのを見つけた。どうやらここから近くの住所のようである。下に小さく、求人募集とも書かれていた。
書店のおじさんに本のことを尋ねると、そんな本は知らないと言われて持って行って良いと言われた。私はここで終わってはこの時間が徒労に終わってしまう気がして、書かれている住所に向かってみることにした。
着くと、なんて事はない、廃墟のようなビルである。書かれている部屋に向かう。エレベータは無かったため、階段で上がるしかなく自分で何をしてるのか途中で馬鹿らしくなってしまったが何とか上がりきった。
部屋の前に着くが、やはり何の表札もなく、一見すると空き部屋のようである。
インターホンを押してみた。
チャイムの音が三回ほど反響したが、応答はなく、やはり誰かの悪戯かと思い帰ろうとして背を向けた。
「はい、どちら様ですか」
少女の声だったけれど、言葉ははきはきと明瞭だ。
「すみません、白い本にここが書かれていて」
慌てて応答したため、説明がうまくいかない。それにもかかわらず、その声は返答する。
「お入りください」
そういうと、インターホンは切れた。
私は躊躇われたが、ここまで来て入らないというのは無いと思い、扉を開けた。
開けてみると、何とも不思議な光景が広がっていた。まるで、古めかしい洋館に入ったかのような景色で、吹き抜けの奥には緑豊かな中庭まで見えた。とても物理法則を守っているようには見えず、混乱して一度扉を閉めた。すると、やはり目の前にあるのは汚らしいビルの一室の扉である。もう一度、開けると、吹き抜けと中庭が見えた。もう何が何だか分からなかった。
すると一人の少女が階段から走って降りてくるのが見えた。瞳は青く、光で透けているような金色の柔らかい髪の毛をしている。
「やっとだ! やっときた!」
走ってくるや否や、私に飛びついた。
混乱に次ぐ混乱だ。
「えっと、どういう事だから分からなくて」
少女は顔を上げた。睫毛が長く、自然とカールしている。
「いいからこっち!」
袖を引かれて、なされるがまま連れていかれた。中庭を通り、何部屋も通り、上り下りを繰り返してある一室に着いた。重厚なべっ甲色の扉であった。
「先生、来たよ! 応募の人!」
少女が扉に向かって叫んだ。
扉を開けて入るよう背中を押された私は無理やり入室した。
中には座って紅茶を飲んでいる三十代ほどの男性がいた。片眼鏡が印象的である。
「ようこそ、我が事務所へ。早速手続きに入ろう」
そう言ってソファに座らされ、契約書が目の前に置かれた。
「待って、一体どうなってるのか分からないんですけど」
そう言うと、不思議そうな顔をしてその男性は答えた。
「はて、自らこの場所へ来たのに分からないのか?」
強引に連れてこられたので、私は少しむかっとした。
「分かりません。求人募集と書かれていたから来ただけで、何が何だか」
男性は先ほどの席に座って紅茶を一度飲んで答えた。
「君は幸いだ。求人募集、そうとも、確かに求人募集をしている。この探偵事務所で君を助手として雇おうとしているのだ。ただの探偵ではないよ。まあ、それはそのうち分かるさ」
私は混乱に次ぐ混乱のカオスの中で、正常な判断能力など発揮できるはずもなく、言われるがまま雇用契約を結んでしまった。
これから先、どうなるのか不安で仕方なかったが、扉が開いて先ほどの少女がまたしても飛びついてきた。その満面の笑みを見ていると自分の取った選択肢は決して悪くないものだと思えてきたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる