一日一編

馬東 糸

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020224【見合い】

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 このご時世にお見合いなんてと愚痴も言いたくなるけれど、それより文句を言いたいのは僕の母の余命がもう少ないという事だった。
 僕が社会人になって一人暮らしを始めてすぐのことだ。女手一つで育ててくれた母が倒れたと連絡があり、急いで病院に行くと脳に腫瘍があるため余命一ヶ月と宣告を受けた。母さんは僕が小さい頃に熱を出して布団で横になっていた時と同じように大丈夫よと優しく微笑んでいた。
 僕は昔から女性に縁がない。女性は僕に興味は無いように思われるし、僕も同じく興味がない。そもそも、友達付き合いでさえままならない僕がどうして女性と上手く付き合えるのだろうか。それ故に勿論誰ともこれまで付き合ってこなかった。母さんは事あるごとにそんな状況を心配していた。僕に人を愛する気持ちを知って欲しいと常々嘆願のように言い聞かせていたのだ。
 そうして今、僕は兼ねてからの願いを叶えるためお見合いをする事にした。今時ネットを使ってとか他に手段が無かったわけではない。けれど、顔も知らないで連絡を取るのが嫌だったし、元々相手が相当な人で無ければ取り敢えず形上結婚を演じてしまおうと思っていた。なんせこちらには人をより好んでいる時間が無かった。
 会場に着き、和室で具合が悪くなってしまった母を病院に残して一人待っていると、襖が開いて女性とその母親と見られる人物が入ってきた。
 黒い艶とした髪が印象的で凛とした雰囲気の女性である。また、そのためなのか肌の白さが目立ち、世間一般では美人であると評されるだろうと思った。何故このような人がお見合いをと思ったが、それぞれ事情があるのだろうと私は私の事情のためただ遂行するのみと集中した。
 彼女の親の目もあるため一通り障りのない会話をして、女性とは何とも微妙な距離感の中時間だけが過ぎていった。
 最後には庭園を二人で歩く時間があり、その時だけ唯一きちんと話をすることが出来た。
「今日はすみません。白状しないといけない事があるのです」
 彼女は私を見上げるようにして何も言葉は発しなかった。
「私は正直、結婚は誰とでも良いと思っているのです。これは私の為の結婚ではない為です」
 そうして洗いざらい事情を説明した。終わると、女性は一呼吸置いて、薄い唇が開いた。
「それは好都合です。是非結婚しましょう」
 私たちはこうして、出会ったのだった。
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