狐の胃をかる虎物語

馬東 糸

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【夜釣り2】

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 その後、彼女とお茶をして、図書館へ行き遅くまで課題やら読書やら各々勤しんだ。
 そして、周囲を歩いたりして時間を潰し、言われた通り約束の時間に部屋に向かった。
「お、来たな。では早速行こうか」
「何処へ行くんですか? 時間があったので彼女とここら辺を歩きましだけど、やっぱり釣り堀とかは無かったですよ」
 鬼ケ原先輩はあまり話を聞かず、外はまだ寒いだろうとちゃんちゃんこを渡してきた。そして、昼間に見つけた竿を一本づつ持ち、部屋の奥へと向かった。
 部屋の奥がどうなっているのか棚などで隠れており把握していなかったが、進んでみると奇妙な光景であった。明らかに物理法則を無視しているような、延々と続く本や雑貨の森が広がっており目眩がするほどであった。
「ここら辺だったはずだが」
 そう行って先輩は天井にあった窪みを釣り竿で上手く引っ掛けてそのまま下へ降ろすと、上へ続く階段が現れた。
「おお」
 彼女がそう呟くと先輩は満足気に答えた。
「そうだろう? 屋上へ続く階段はここしか無いのだ」
 三人で階段を上がり、扉を開けると屋上へ出た。そこは大学の中でも一際高い場所だったため、周囲を見渡す事が出来て夜の街並みも一望する事ができた。春の生暖かく花の匂いの混ざった風が吹いており、胸が踊るような気持ちになった。
「でも、ここで釣りですか?」
 彼女が風でかき消されそうな声で尋ねた。
「そうさ、ここは大学だからよく釣れるぞ」
 そう言うと、紐で綴られた分厚い紙の束を取り出した。
「それは……?」
「まあ、見てみれば分かるさ」
 紐を解いて、私達に等分して配った。
 渡された紙を見ると、一枚一枚に墨で短冊のように願い事が書いてあった。
「これは、撒き餌さ。一枚一枚に誰のものでも無い願い事が書いてある。これに群がってきたところを一気に釣り上げるのだ」
 そうして、私たちは一気に屋上から放った。ひらひらと舞っていくものもあれば、そのままただ落下していくものもあった。
「何だか悪いことをしている気分ですね」
 彼女そう口にはしたが、その実子供が悪戯をするような楽し気な顔をしていた。
 舞った紙が全て地面に落ちたと思われた時、先程まで居た大学の図書館の方からぼんやりとした青白い光が点々と向かってくるのが見えた。
「来たぞ、真下まで来たら釣り竿を下ろすんだ」
「でも、この竿糸が付いて無いですよ」
「現世のものでは無いから糸など要らないのだ。ただ、糸があるという感覚で釣らなければ釣れないが」
 半信半疑のまま、私達はその時を待った。その光の集まりは警戒しているのか中々近づいてこようとはしなかった。
 そのまま停滞状態が続いた時、先輩が動いた。
「では、ちょっと卑怯な手を使うか」
 そう言うと煙管を取り出して、いつもの慣れた手つきで煙を吸った。
 普段であれば口の中で少し転がすように煙を吸って直ぐに吐くのだが、この時は深く煙を体の中へ入れているようであった。
 そして、煙管を離して口から煙を吐いたと思えば、その煙が手のひらほどの可愛らしい小鬼の姿になっていた。
 最終的に十ほどの煙で出来た小鬼がぴしっと背筋を正して先輩の前に横一列で整列していた。
「良し、行け」
 そう言うと直ちに小鬼たちはふわりと浮かび、大学の正門付近に向かっていった。
「どうする気ですか?」
「退路を断ち、刺激することで撒き餌に食いつかせようと思ってな」
「あんな小さいので大丈夫なんですか?」
「まあ安心して見ておれば大丈夫だ。ほら、あいつらも着いたようだ」
 数秒の静寂があった。
「目を開けてると燃えてしまうかもしれんから、閉じておく事を勧めるぞ」
「え?」
 途端に、目の前が明るくなった。言った通り、熱風で目を開けるのも憚られたが、半目で見ると大きな炎柱が十ほど聳え立っており徐々にこちらへ移動していた。
「熱い、燃えてしまいそう」
 彼女は目を閉じていた。
 私はせめてと思って彼女の前に立ち、熱風を遮るよう努めた。
「これくらいで良いか」
 先輩がそう言うと、何事もなかったかのような春風の吹く夜に戻った。風はひんやりと感じて、涼しかった。
「死ぬかと思いましたけど」
 非難の声を上げたが聞く耳は持たないようだ。
「ほら、見てみろ。今ので驚いてこちらへ向かってくるぞ」
 下を見ると青白い光が確かに先程落とした紙に食いついているように見えた。
「さあ、夜釣りをはじめよう」
 先輩はそう嬉々として言ったが、目の前で起きている現実に付いていけていない私はただ呆然と立ち尽くしていた。
 彼女を見ると、何故か彼女までも嬉々として小さく柔らかそうな手で釣り竿を握りしめており、やる気で満ち満ちているといった様相を呈していた。春の風はより一層冷たく感じて、花の匂いは先程より強く感じられたような気がした。
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