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早朝のロードワーク
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スマホのベルで起きた。
早朝5時。まだあたりは暗い。まだこのままぬくぬくとしていたい誘惑を断ち切り、布団から抜け出す。
ジャージを着て、静かに食堂に降りる。朝が早いスリー婆ーズもまだ起きていない。
冷蔵庫から出した生卵をひとつ、コップに割り入れる。ロッキーのマネをしてそれをぐいっと飲んでみる。
まっずー! 生臭くて、これは無理!
キャップを被り、ジョギングシューズを履いて今郷館から出る。
前の道路で軽く屈伸運動をした。
「よし! 行くぞ!」
軽く気合いを入れると、GPSウォッチのスタートボタンを押す。本郷通りに出ると、右折して駒込方面へ向けて走る。
東の空がようやく明るくなってきている。車はほとんど走っていない。
六義園の案内板が見えてくる。ここからでは、六義園の煉瓦塀は見えない。今度は桜の季節にまた結菜ちゃんと来たいな、とふと思う。
JRの駒込駅を通り過ぎる。駅前には人が少しだけ歩いている。
田端の標識が見えてくると、左側に高い石垣が現れた。案内板によると、ここにも『旧古河庭園』という庭園があるらしい。
右側のなんだか可愛い名称の病院、お札を作る国立印刷局を過ぎると、目的地の飛鳥山公園に着いた。ストップウォッチを見ると、約3キロを20分。まだまだジョギングペースだ。
公園に入ると、遊具のある広場に出た。周りには古い蒸気機関車や電車車両が置いてあって、昼間は子どもたちの歓声で賑わっているだろう。
息を整えながらストレッチをしていると、
「なんだ、こんな夜遅く若いお嬢ちゃんが」
「いや、先輩。もう早朝ですって」
ニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべる、派手な身なりのふたりが近づいてきた。
周りには他に人はいない。
「なあ、ちょっと飲みに行こうぜ」
ひとりに無理矢理手を捕まれる。酒臭い息を吹きかけられる。
「やめてください!」
その手を振りほどいた。
「おいおい。お前みたいなガキっちょを補導してやるっての。大人しくついてきなさい!」
「うひゃひゃひゃ。せんぱーい、あんた補導員ですかあ」
「おい、何してる。その子に手を出すな」
不意に、誰かが声を掛けてきた。
「ああ? なんだ、お前?」
声を掛けてきたのは、剣崎さんだった。
バイクのヘルメットを脱ぎながら近づいてくる。
「チッ、彼氏登場かよ。良い格好してんじゃねえぞ。コラ」
わたしの腕を取った男が、低い声で威嚇する。
だが、剣崎さんの顔をまじまじと見ると驚きの声を上げた。
「……あ! け、剣崎さん!」
剣崎さんは険しい表情でなおも近づいてくる。
「げ、マジかよ。すんません。剣崎さんのお知り合いと知らずに」
「はあ!? 何言ってるんすか、先輩。こんな優男ぶち殺しましょうよ」
もうひとりの男が剣崎さんの前に出ると、
「バカ! お前は引っ込んでいろ!」
先輩と呼ばれた男が、慌ててその男の首根っこを掴むと後ろに引きずっていく。
「すんません。こいつには後でよく言い聞かせますんで」
ふたりはすごすごと消えていった。
「大丈夫か?」
「……あ、大丈夫です」
「まったく……あいつらも根は良い奴らなんだが」
……剣崎さんって、やっぱり凄い人だったんだ。
剣崎さんの顔を見ただけで、不良が逃げ出したその事実に驚いてしまう。
「じゃあ、基本動作から始めてみよう。まずはワンツーからだ」
「はい!」
この早朝トレーニングは、剣崎さんに走り込み不足を指摘されてロードワークから始めたものだ。
ボクシング部の練習に復帰してすぐに、わたしは剣崎さんに言われた。
早朝5時。まだあたりは暗い。まだこのままぬくぬくとしていたい誘惑を断ち切り、布団から抜け出す。
ジャージを着て、静かに食堂に降りる。朝が早いスリー婆ーズもまだ起きていない。
冷蔵庫から出した生卵をひとつ、コップに割り入れる。ロッキーのマネをしてそれをぐいっと飲んでみる。
まっずー! 生臭くて、これは無理!
キャップを被り、ジョギングシューズを履いて今郷館から出る。
前の道路で軽く屈伸運動をした。
「よし! 行くぞ!」
軽く気合いを入れると、GPSウォッチのスタートボタンを押す。本郷通りに出ると、右折して駒込方面へ向けて走る。
東の空がようやく明るくなってきている。車はほとんど走っていない。
六義園の案内板が見えてくる。ここからでは、六義園の煉瓦塀は見えない。今度は桜の季節にまた結菜ちゃんと来たいな、とふと思う。
JRの駒込駅を通り過ぎる。駅前には人が少しだけ歩いている。
田端の標識が見えてくると、左側に高い石垣が現れた。案内板によると、ここにも『旧古河庭園』という庭園があるらしい。
右側のなんだか可愛い名称の病院、お札を作る国立印刷局を過ぎると、目的地の飛鳥山公園に着いた。ストップウォッチを見ると、約3キロを20分。まだまだジョギングペースだ。
公園に入ると、遊具のある広場に出た。周りには古い蒸気機関車や電車車両が置いてあって、昼間は子どもたちの歓声で賑わっているだろう。
息を整えながらストレッチをしていると、
「なんだ、こんな夜遅く若いお嬢ちゃんが」
「いや、先輩。もう早朝ですって」
ニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべる、派手な身なりのふたりが近づいてきた。
周りには他に人はいない。
「なあ、ちょっと飲みに行こうぜ」
ひとりに無理矢理手を捕まれる。酒臭い息を吹きかけられる。
「やめてください!」
その手を振りほどいた。
「おいおい。お前みたいなガキっちょを補導してやるっての。大人しくついてきなさい!」
「うひゃひゃひゃ。せんぱーい、あんた補導員ですかあ」
「おい、何してる。その子に手を出すな」
不意に、誰かが声を掛けてきた。
「ああ? なんだ、お前?」
声を掛けてきたのは、剣崎さんだった。
バイクのヘルメットを脱ぎながら近づいてくる。
「チッ、彼氏登場かよ。良い格好してんじゃねえぞ。コラ」
わたしの腕を取った男が、低い声で威嚇する。
だが、剣崎さんの顔をまじまじと見ると驚きの声を上げた。
「……あ! け、剣崎さん!」
剣崎さんは険しい表情でなおも近づいてくる。
「げ、マジかよ。すんません。剣崎さんのお知り合いと知らずに」
「はあ!? 何言ってるんすか、先輩。こんな優男ぶち殺しましょうよ」
もうひとりの男が剣崎さんの前に出ると、
「バカ! お前は引っ込んでいろ!」
先輩と呼ばれた男が、慌ててその男の首根っこを掴むと後ろに引きずっていく。
「すんません。こいつには後でよく言い聞かせますんで」
ふたりはすごすごと消えていった。
「大丈夫か?」
「……あ、大丈夫です」
「まったく……あいつらも根は良い奴らなんだが」
……剣崎さんって、やっぱり凄い人だったんだ。
剣崎さんの顔を見ただけで、不良が逃げ出したその事実に驚いてしまう。
「じゃあ、基本動作から始めてみよう。まずはワンツーからだ」
「はい!」
この早朝トレーニングは、剣崎さんに走り込み不足を指摘されてロードワークから始めたものだ。
ボクシング部の練習に復帰してすぐに、わたしは剣崎さんに言われた。
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