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第1話 いざ、異世界転移。
しおりを挟む「さて行こうかな」
荷物をすべて運び終わり、引っ越し屋さんを見送る。
鈎野由喜乃《かぎのゆきの》二十歳。
短大卒業後、地元で就職が決まり、二年間住んだアパートの部屋に別れと告げる。
片耳には藍色の雫のようなイヤリング。
祖母が懇意にしていた風水師からもらったイヤリングで、彼女を守ってくれるらしい。
あの日、あの子に片方を渡してから、由喜乃もずっと耳につけている。
見送ることしかできなかった。
泣きじゃくっていたあの子。
元気だろうか。
実の父親と一緒なら大丈夫のはず。
由喜乃は自然と藍色の雫を触る。
すると急に部屋全体が光り出した。
反射的に眩しすぎて目を閉じる。
「え?由喜乃姉ちゃん?!」
男の人の声がして、光がおさまる。
由喜乃はゆっくりと目を開けた。
目の前には茶色の髪に青い瞳の綺麗な男の人。
魔法使いみたいなコスプレしていて、コミケ会場にいそうな感じの男性。
彼は、由喜乃を「由喜乃姉ちゃん」と呼んだ。
彼女には弟はいない。
従兄弟も。
だけど、一人だけそう呼ぶ子に心当たりがあった。
一年前に突然いなくなった近所の男の子。
短大に通うため、アパートで一人暮らしを始めて、出会った男の子。
隣に住んでいる子で、一人で歩いている姿をよく見た。
お母さんの姿はあんまり見たことなくて。
お風呂にもあんまり入ってなさそうで、由喜乃が持っていたお弁当をじっと見ていた。
だから思わず家に誘ってしまった。
お腹いっぱい食べさせてあげようって。
由喜乃は初めての一人暮らし。
寂しさから招いてしまったかもしれない。
そうして、その日から、その子はたまに部屋に遊びに来るようになった。
一人で帰すのも可哀そうだと思い、彼の母親が戻ってくるまで部屋で預かることにした。けれども彼の母親は夜ではなくて朝方に帰ってくるようになってしまった。
さすがに酷いと思って、由喜乃が翌日母親を問い詰めたら、逆に吉雄が怒られた。
それから、母親に文句を言うのをやめた。
アルバイトのない日は、吉雄を部屋に上がらせてご飯を一緒に食べたり、テレビをみたり。
なんだか一緒に暮らしているようなおかしな状況だった。けれども、吉雄が以前より笑うようになって、痩せ気味の体が少しふっくらしてきた。
なので由喜乃はこれでいいと思っていた。
だけど、ある日、吉雄に迎えがきた。
突然、母親が吉雄の実の父親を連れてきた。そして彼を連れ出す。
吉雄は泣いたけど、父親は彼にそっくりで親子に間違いなかった。部外者である由喜乃には何もできない。彼女はただ、お守りになってほしいと身に着けていたイヤリングの片方を渡した。
吉雄のことが気になりながらも、由喜乃は学校に通い続け、卒業。
吉雄が連れていかれた翌日、母親は引っ越してどこかに消えていた。
「由喜乃姉ちゃんに、そっくりだけど、そんなわけがない。だってもう十五年も経ってる」
目の前のコスプレ風の男は、ぶつぶつとぼやいている。
状況を確認しつつ、由喜乃が彼を観察していたら、耳たぶのある物に目が行く。
藍色の雫のような形をしたイヤリング。
彼女が一年前に吉雄に渡したイヤリングと同じだ。
「も、もしかして吉雄くん?」
そんなわけがない。
一年前は、六歳くらいだった男の子
けれども、顔の作りが似ていた。
なので彼女は思わず聞いてしまった。
「……やっぱり由喜乃姉ちゃん?!」
そう問い返されて、由喜乃は彼が一年前に六歳くらいだった吉雄だと確信した。
★
「お茶どうぞ。紅茶だよ」
「あ、ありがとう」
成長した吉雄は、由喜乃にお茶を淹れる。
そうして落ち着いたところで、二人で状況確認し始める。
由喜乃たちがいるこの世界は。魔法がある別世界。
いわゆる異世界だ。
時間の流れは日本の十五倍くらい。
それは当時八歳だった吉雄が、現在二十三歳であることが証明している。
彼の恰好はコスプレではなく、本当に魔法使いであった。
現在は王宮に仕えている。
由喜乃が日本で一年過ごしている間に、この世界では十五年が経過。
六歳くらいだと思っていた吉雄は、実際は八歳で、十五年後の今は二十三歳だ。
由喜乃は二十歳。彼は彼女より三つも年上になってしまった。
彼女は気まずい思いをしながら、紅茶を飲む。
「両世界で対となるものが存在し、それを同時に触ったら、異世界に転移するって仮説。正しかったんだ。お父さんに謝ろう」
優雅にお茶を飲みながら吉雄はぼやく。
彼はハーフの子で、母親は純日本人、父親は西洋人。国籍不明。
(お父さん、日本語ペラペラだった気がするけど。異世界出身だったのかな?)
由喜乃はそんなことを考えてしまう。
「由喜乃姉ちゃん。混乱してる?どうにか帰る方法を探すよ。お父さんの仮説はほぼ合っていたから」
「うん、ありがとう」
吉雄は随分変わってしまった。
前はよく泣いていたけど。
それは六、いや八歳だったからかもしれない。
なんとなく寂しく思ったが、そんなことより元の世界に戻ることが大切だった。
「僕のお父さん?ああ、僕を拾ってくれた人。あいつじゃないよ」
あいつとは、由喜乃の部屋に吉雄を迎えに来た男に間違いないだろう。
『あいつ』って言い方が冷たかったから何かあったに違いない。
「僕がこの世界にきたのは、お父さんがたまたま指輪を見つけて、それに触っていて、僕もその時対となる指輪を触っていたから。両世界で対となるものに同時に触ると、異世界転移が起きる。お父さんの説を僕は信じなかったけど、今なら正しかったと言える。後でお父さんに手紙書こう」
吉雄は誇らしげに言う。
そのことから、今のお父さんのことを、彼がとても好きなことがわかる。
(あいつって、実のお父さんなんだろうけど、何かあったのか?あの後……)
由喜乃はそのことが気になったが、聞いてはいけない予感を覚えて、聞き流した。
「そうだ。由喜乃姉……。今は僕の方が年上だし、姉さんって呼ぶのはおかしいよね。由喜乃って呼んでもいい?」
「いいけど」
目を細め、なんだか色気たっぷりに彼は尋ねる。
(色気いらないから、本当。私の中では、吉雄くんはまだ六、いや八歳だし)
「じゃあ、僕のことはシオって呼んで。この世界では僕はシオって呼ばれているんだ。なんか、お父さんに名前聞かれて、吉雄っていったんだけど、最後の二文字しか聞き取れなかったみたいで、シオって呼ばれて、それからずっとシオで通している。吉雄なんて、あの女が付けた名前だし、今更呼ばれたくない」
吉雄、シオは憎々しげにそう告げる。
母親からシオは放置されて育てられていた。
なので、彼が母親に憎しみを覚えるのは自然のことだった。
(だって、ご飯とかもちゃんと用意してなかった感じだもんね。あの時、本当に痩せていた)
「由喜乃が帰るまでは僕の部屋に泊まっていいから」
「……ありがとう」
彼女はかなり複雑な心境になったが、ここは日本ではない。
何もわからないので、シオに頼った方がいい、彼女はそう判断した。
(シオくんもこの世界の人じゃないんだけどね)
「ここ、ジークリットは本当いい世界なんだ。魔法が使えるし。そうだ。由喜乃にも魔法教えてあげるよ。面白いから」
「本当?!」
(それはやりたい。帰るって決まってるけど、体験できるものはしておきたい)
そうして彼女は日本へ帰るまでシオの部屋に泊まり、魔法まで教えてもらうことになった。
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