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🐇
しおりを挟む「うさぎ美味しい、かのやま~」
今日もサチは歌をうたっている。
歌詞はそれだけで、あとはフンフンと鼻歌になっている。
サチは拾った女だ。
故郷ではそんなにウサギが美味しかったのか?
カノ山ってとこでウサギを狩って食べていたのか、どっちにしてもこの拾った女は胡散臭かった。
女を拾ったのは一週間前。
前の仕事を失って次の街へ仕事を求めて歩いていたら、出くわした。
「うさぎ美味しい、かのやま~」
旋律が優しいのに、ウサギが美味しいとか……まあ、間抜け歌だなあと思って足を止めたのが不味かった。
歌っているのは黒髪の女、身につけているのは薄い生地の寝巻きのようなドレスだ。
戦争のために傭兵を集めていると聞き、行ってみたら戦争ではなくて領民を襲う仕事だった。領主がとんでもない奴で、死んだふりをして逃げ出した。
丸腰で戦意がないものを一方的に殺すなんて、反吐がでる。
んで、旅をしていたんだが。
「げっつ」
気がつくと、女が俺を見ていた。
面倒なことになりそう。
回れ右をしたところで、音がした。
振り返っては負けると思ったんだが、好奇心には負けてしまい、女が倒れているのを発見した。
☆
「これも食べていい?」
「あ。うん」
なんでこんなことに。
どうもそのまま捨ておけなくて、拾ってしまった。
荷物みたいに運ぶとまあ人攫いにしか見えないから、目が覚ますまでは側にいてやるか、と思ったのが、失敗。
女は目を覚ますとすぐに食べものを要求し始めて、仕方ないから余っていたパンを分けてやった。それをもぐもぐとすぐに食べ終わり、俺の袋からちらっと覗いているチーズを指さされ、頷いてしまった。
女の名はサチというらしい。
髪が長いから女だとわかったくらいで、今みたいに髪を帽子の中に入れて歩いていると少年にしか見えない。
小川の辺(ほとり)で拾った女が食事を終わらせ、義理を果たす、いや義理も何もないが、とりあえずもういいかと荷物を担いで女に別れをいったところ、泣きつかれ、しかたなく連れていくことになった。
女いやサチ曰く、「幸運」の祝福が自分にあるからと。
そんな祝福があれば、小川で寂しく歌っているなどありえないだろう、そう思ったが、なんだか捨て置け無くてそのまま連れていくことにした。
変な服と靴は目立つと思ったんで、俺の服に着替えさせた。
サチを拾ってから、俺は彼女の言葉が嘘じゃないことを徐々に知らされる。
金を拾う。
天候がいい。
盗賊に絡まれない。
めっちゃいい雇い主に住居付きの仕事をもらう。しかも食事もめっちゃ美味かった。
雇い主の言葉に甘えて、俺はめずらしくこの街に居ついてもいいかなと思った。そんな時、サチは別れを切り出してきた。
「え、お前がいなくなると困る」
「大丈夫。ジョンさんはライザーのこと気に入っているから、そのままずっと雇ってくれるよ」
「お前、一人で大丈夫なのか?」
「うん。帰るだけだから」
「帰る?お前、帰るところがあったのか?」
「うん。まあね。まさか、帰れるとは思わなかったけど」
うさぎ美味しいという歌を何度も寂しそうに歌っていたサチ。
事情があって帰れないから、故郷を偲んで歌っていると思っていた。
まさか帰るなんて、嘘だろう。
「いつ、帰るんだ?そこまで送る」
「ひ、必要ないよ。すぐ近くだから」
「すぐ近く?だったらなんで今まで帰んなかったんだ」
俺は別にサチを拘束していたわけじゃないし、自由にさせていた。なのになんで。
「うん、えっとね。私、別の世界から来たんだ。昨日、神様から三日後に帰してくれるって言われたんだ」
「別の世界?」
どういう意味だ。世界はただ一つだろう?
「ごめん。信じられないよね。わかってた。だから、いいの。送らなくてもいいよ」
サチは寂しそうに笑ったが俺は何も答えられなかった。
だって別の世界だぞ。
冗談にも程があるだろう。
だけど、出会った時にサチが着ていた服とあの靴。あれはかなり異質で。
「ライザー。帰る前にひとつだけお願いがあるんだ。デートして」
「デートぉ?」
デート。いや、それは好きな男と女がするもので、俺たちは。
「だめ?」
無邪気にサチは問いかける。
そういう風に頼まれると俺は断れない。
出会った時もそうだった。
あの時も、食事を与えたので十分だと別れようとしたのに、この無邪気さに引き止められた。
「……いいぞ。行きたいところあるか?」
翌日、ジョンさんが休みをくれてサチと街に出かける。
なんか驚きの連続だった。
サチが街娘が着るような可愛らしいドレスをきていて、うっすら化粧していた。
いや、ちょっと困るぞ。
目を合わせられず、戸惑いながらサチに手を引かれる。
デートの計画はサチによって練られていたらしく、次々と彼女が行きたいところに俺を連れていく。一緒に出かけたことは何度もある。食事も二人っきりなんてよくあることだ。
だけど今日は違った。まあ、普段入らないような店だったし、花の庭園なんて行ったことなかったから当然だろうが。
うん。それだけじゃないな。サチがまったく別のやつ、女に見えた。
「今日はありがとう」
ジョンさんの借りている家で俺たちは暮らしていて、部屋は別々。もちろん、住人は俺だけじゃない。宿舎のようなもんだ。
そこまで一緒に戻って、部屋の前で別れる。
「なに?」
部屋に入ろうとするサチの腕を思わず掴んでしまった。
「なんでもない」
「ならいいけど、じゃあ、また明日ね」
「ああ、明日な」
俺が腕を離してそう返すと、サチが寂しそうに微笑んだ。
きゅっと胸が痛んだ気がするが、気のせいだろう。
☆
翌日、サチが帰る日。
「じゃ、行くから」
サチはジョンさんや他のみんなに見送られて、店を後にした。
「お前、本当にいいのか?」
「何がですか?サチがいないと俺はここにいられませんか?」
「そんなことないだろう。馬鹿者が!」
ジョンさんは俺を怒鳴りつけると店に戻ってしまった。それが合図のように他のみんなも店に戻っていく。なんか、戻る前に俺を睨みつけるのはなんだろうなあ。
……ライザー
俺も店に戻ろうとしてら、ふわっと優しい風が吹いて、サチの声が聞こえた気がした。
サチのいく場所は知っている。昨日聞いたから。
すぐ近くの教会だ。
そう思ったら、俺は店に戻らず彼女の後を追っていた。
さっき別れたと思ったのに、彼女の姿は見当たらない。
だから教会へ急いだ。中に入ったら偉そうな神父が出てきて、待っていたと俺に言う。
案内した部屋にいたサチは目を見開いて驚いた後に、泣き出す。
「なんで来たの?」
出会った時のサチよりも女っぽい。
泣きじゃくる女が可愛くて愛おしいと思ったのは初めてだ。
俺は気がつくと彼女を抱きしめていた。
「帰るの、帰る。だってずっと帰りたかったんだもん」
「そんなにいいところなのか?誰か待ってる奴がいるのか?」
「うん」
「男か?」
「うん。男もいるよ。お父さんに弟に、お母さん」
「親と兄弟か」
……うさぎ美味しい。かのやま~
寂しそうなサチの歌声が蘇る。
彼女はずっと帰りたかった。
俺は知ってる。
だったら帰すべき。
そう。
「そろそろ、時間です」
神父がそう言って、サチの足元が光り始めた。
「離れて、離して」
サチが俺から離れようともがく。
サチの足元の光は俺を包み、部屋に広がっていく。
「お願い!離して」
「俺もいってやるよ」
「え?」
「だから離さない」
一箇所にこんなに長くいたのは初めてだった。
今度は別の世界。
いいじゃねぇか。
好きな女と一緒なら楽しいはず。
「なんで、」
「サチ。なんか知らんが好きになった。だから俺も連れて行け」
「え?嘘」
その声を最後に何も聞こえなくなった。
何もかもが白で支配される世界。目を開けているのか、閉じているのすらわからないほど眩い光。
だけど不安はない。サチの温かさが俺を包んでいたから。
光が止んで、突然大きいものが視界に入った。
「伏せる!」
サチの声に反射的に彼女に覆いかぶさってきて伏せる。
ごおっと物凄い音がしてそれが俺の上を通り過ぎ、いや止まった。
なんだ?!
でっかい四角い金属の箱がそこにあって、丸い目から光を出して、俺たちを見ていた。
「だ、大丈夫ですか?!」
箱から人が降りてきた。
なんかちょっとおかしな格好をしている。
体を起こして周りを見ると、変な建物がたくさん。
歩いている奴の格好もちょっと変だ。
いや、変なのは俺か?
サチや箱から降りてきた男、周りの奴らの格好はなんだか似ている。だけど、俺が違う?
どうやら、サチの言っていたことは本当だった。
彼女は別の世界からやってきて、俺はサチの世界に戻った。うん。戻った?来た?だな。
サチの世界はよくわからんことばかりだったが、少しずつ慣れてきた。
四角い金属の箱は車という乗り物らしい。長細いやつもあって、驚くばかりだ。
スマホというやつ、パソコンとか、本当に面白い。
サチの家族もいい奴ばかりだった。サチはどうやら父親に似たらしい。弟は母親似。
ちょっと生意気そうでよく俺を睨んでいる。
一週間ほど過ぎて俺は疑問を持った。
うさぎ料理をサチの家で見ていない。
なんでだ?
あれほどうさぎ料理を恋しがっていただろう?
サチの弟にうさぎを食べるのか?って聞いたら、うちは食べないよと答えられた。
サチの好物だろうっと聞いたら、え?いつからと聞かれた。
いや、いつからって、だってお前の姉、うさぎ美味しいって歌をいつもうたっていたぞ。って聞いたら、
違う、違う。それはうさぎ追いしってとことでウサギを追ってという意味だよ、と答えられた。
そんな意味の歌だったのか。
うさぎ美味しいじゃなかったんだ。
「サチ、お前の歌。ああ、故郷って歌。うさぎが美味しいって意味じゃなかったんだな」
「え?そうなの?知らなかった。だったらどういう意味なの?」
「お姉ちゃん、バカなの?うさぎを追ってって歌詞でしょ?あれ」
サチの弟は姉に容赦ない。
でも俺は知ってる。
奴が姉のことが大好きで、俺が邪魔でしかたないことを。
でも譲ってやらない。
サチは俺のものだ。
そんなこと彼女に言ったら、ものじゃないって怒られるだろうな。
サチの家族は暖かい。彼女が帰りたがっていたのもわかる。無理やり俺の世界に引き止めなくてよかった。俺は彼女の笑顔が好きだ。
初めて会った時から、あのうさぎ美味しい、いやうさぎ追いしという歌を聞いた時から、好きになっていたかもしれない。
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