幼馴染の悪役令嬢が婚約破棄されるまで。

ありま氷炎

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幼馴染の悪役令嬢が婚約破棄されるまで。

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 僕はリック。 
 貴族ではなく平民だ。でも僕には貴族の幼馴染がいる。 
 すっごく意地悪で、いつも怒っている女の子。 

 あの吊り上がった目を向けられるとゾクゾクっと痛いくらいに寒気を覚える。 
 罵詈雑言をぶつけられると、もう昇天してしまいたくなる。 

 僕の幼馴染はとても素敵な悪役令嬢だ。 
 残念ながら平民の僕は彼女と同じ学校に通えなかった。だけど学校でも色々やらかしているらしい。 
 
 彼女、嗚呼、名前を紹介してなかったね。 
 彼女の名前はヴィヴィアン・レーヌ。 
 
 レーヌ伯爵のご令嬢で、なんと第二王子の婚約者でもある。 
 ああ、悲しくないかって? 
 そりゃあ悲しいよ。 
 だからね。僕は決めたんだ。第二王子に婚約を破棄してもらった上、平民に落としてもらう。そして僕のお嫁さんにするんだ。 
 
 そのためにまずヴィヴィアンとは正反対の優しい女の子を王子に近づけることにした。 
 
 え? 平民の僕がどうしてそんなことできるって?だって僕は国一番の商人ガンデーラの息子だからね。 
 


「リック!」 
「どうしたの?ヴィヴィアン様」 
「あなたの言う通りに、あの子の教科書を破ったら、殿下に怒られたの! どうして?」 
「どうしてだろうね。別の作戦を考えようか?」 

 殿下に怒られたのがショックらしい。 
 彼女の瞳は少し濡れていた。 
 
 このまま続けると彼女はますます殿下に嫌われる。 
 それが狙いなんだけど、彼女のいつもと違う沈んだ顔は僕の決心を揺らす。 
 
 だめだ。 
 
 そうしないと彼女は殿下と結婚してしまう。 
 

「次は虫でも使う?」 
「虫?! 嫌よ! そんなの。別の作戦はないの? 少し脅かして殿下を諦めて貰うのよ!」 


 嗚呼、なんて素敵な彼女。 
 脅かすなんて余計状況が悪くなるのに。 
 それでも僕は君を手に入れるために、助言する。 
 

「それじゃあ、しばらく学校の物置に閉じ込めるのはどう?」 
「その作戦いいわね。早速明日決行するわ!」 


 彼女は瞳を煌めかせ、宣言した。 
 
 そもそも彼女には有能な友人がいない。おべっかばかり使い、いざという時は訳に立たない。 
 だからいつも彼女は自身で作戦を決行する。 



「リック。その辺でやめておけ。これ以上、事を起こせば彼女は家ごと潰されるぞ」 
「父さん。なーんだ。気がついていたんだね」 


 翌日、書斎に呼び出された。 
 だてに国一番の商人じゃない。さすがに気がついていたんだ。 


「父さん、僕はやめないよ。お家取り潰し?一家まるごと養えばいいじゃないか。今通りの生活をさせてあげる。僕達なら可能だろう?」 
「馬鹿者!」 


 その日、僕は初めて父さんからゲンコツをもらった。 
 
 それから彼女と会えなくなった。父さんがレーヌ家への出入り禁止をいい渡したからだ。 

 僕に一流の見張りまでつけて、父さんは僕の邪魔をした。 
 彼女に会えなくなり想いは募る一方だった。 
 ヴィヴィアン様は、意地悪で怒りっぽいけど、実はとても単純で素直な女の子だ。 
 第二王子が彼女の魅力に気がついて、このまま結婚まで行ってしまったら。

 僕は何度も見張りを巻こうとした。 
 でもその度に生傷が出来るくらいに追いかけられ止められた。 


「おじさん。僕を傷つけてもいいの? 父さんに解雇されるよ!」 
「許可はもらっている。顔以外は傷つけてもいいと。むしろ奨励されたくらいだ」 


 見張りは「おじさん」と呼んだことでますますやる気になったらしい。懲りずに逃げ出そうと試みたらナイフが飛んできて殺されるかと思った。 


「俺はナイフも一流だ。当てはしない」 


 見張りはナイフの刃を撫でながら笑った。 
 
 怖いよ。 
 顔以外だったらいいの、父さん! 
 
 命が惜しい僕は無駄な抵抗を諦めた。 
 
 何か手はないかと考え、手紙に思い至る。 
 翌日インクで真っ黒になった手紙が戻ってきた。 


「旦那様からの伝言だ。手紙をヴィヴィアン様に届けて欲しければ、余計な事を書かないように、とのことだ」 
 

 見張りは何だか嬉しそうに、父さんの伝言を話す。 
 もしかして手紙を父さんに渡したのはこいつ? 


「俺の仕事はあなたの監視も兼ねている。手紙はもちろん検査する」
「検査? 何それ!」 
「旦那様がいかなる可能性も見逃すなとおっしゃっている」 
「問題なければ渡してくれるの?」 
「無論だ」 


 本当かな。 
 疑わしかったけど、試しに「ご機嫌いかが? 最近はどう過ごしているの?」そんな普通の手紙を書いた。封をする前に見張りに読ませ、承認を得た後、使用人に配達を頼んだ。 
 
 承認とか。 
 この見張りは一体何様なんだ! 
 
 翌日手紙の返事がきた。 
 こちらはどうやら開けずに僕に渡してくれた。 
 彼女の字は相変わらず力強くて右肩あがりの筆記体だ。 
 

 リック。 
 あなたが姿を見せなくなって清々しているわ。 
 あれから殿下は私を大切にしてくれるようになったの。あの子を物置に閉じ込めて正解だったわ。 
 それだけはお礼を述べて置くわね。 
 

「ヴィヴィアン様」 


 彼女の発言には慣れている。そのちょっとキツイ言い方が彼女の魅力でもあるから。 
 
 でも今日は何だか、痛かった。 
 僕に会えなくて清々してる。 
 
 彼女にとって僕はそんな価値しかないんだ。 
 
 心は思ったより弱っているらしい。 
 失礼に当たるとわかっていたけど返事は書かなかった。 
 
 生きる目標を失った僕から見張りが消えた。 
 
 ほんの短い間だったけど、ずっと傍にいたので、もはや空気のような存在のようになっていたので、いなくなると少し寂しかった。 
 
 それから一ヶ月ほどして、僕に養子の話が上がった。どうやら金に困った田舎の貴族のようだった。 
 
 家でただ屍のようになっていたこともあり、僕はその話を受けた。 
 
 

「よく来た」 
「あなたは!」 


 話がまとまればすぐに領地に来て欲しいと言われ、迎えの馬車で揺られること数時間。 
 
 屋敷で待っていたのは見張りの男だった。 
 色は薄れていたが、元は立派だっただろうジャケットを羽織り、彼は僕を迎えた。 
 

「さて今日からあなたは俺の息子だ。俺が早く自由になれるよう鍛えるつもりだ」 


 相変わらずの物言いで、彼の指導が始まる。 
 数ヶ月が過ぎ、貴族の務めでもある夜会に出る事になった。 
 
 嫌でたまらなかったが、ビクター、えっと元見張りで僕の養父の事。 
 その彼が強制的に進めた。 
 
 ヴィヴィアン嬢とも会えるかもしれないと言われ、ますます夜会に行く気を失った。 
 
 どうせ彼女は第二王子の隣だ。 
 そんな姿なんて見たくないのに。 
 
 僕が散々嫌がっても時は流れるもの。その日はやって来た。 
 日帰りするには距離が長く実父の家の泊まる事にした。もちろん事前に連絡し了承してもらっている。
 
 久々に会った父、母は変わってなかったけど、弟の背がかなり伸びていた。 
 ガンデーラの跡取りとして、僕がそれまで勉強していた事を教えられるようになったと詰られ、戻ってきてと懇願されたが、ビクターさんがすかさず駄目だと答えていた。 
 
 そんな再会を果たし、準備を整えたところで僕とビクターさんは夜会に出掛けた。 
  


 煌煌と輝くシャンデリア。蝋燭に火を付けるのはかなり過酷な作業だろうな。 
 
 そんなことを思いつつ、僕はビクターさんについて会場に入った。 
 真っ赤な色鮮やか絨毯が敷かれた床に、規則的に壁に掛けられた国旗と同色の深緑の布。 
 会場全体に花咲く色とりどりの華やかなドレスを纏った女性達。 
 
 圧倒されたけど、僕は馬鹿にされないように余裕の笑みを浮かべた。 
 が、僕の笑顔はすぐに凍りつくことになる。 


「ヴィヴィアン様」 


 紫色のドレスを身につけ、意地悪く微笑む彼女がそこにいた。たった数ヶ月会っていないだけなのに。 
 
 何でこんなに綺麗になってるんだ。 
 ふらりと蜜に誘われる蝶のように僕の足が彼女に向く。 
 
 けれども隣に第二王子が立ち、僕は歩みを止めた。 
 そうだ。 
 彼女は王子の妃となる人だ。 
 
 王様と王妃、それから第一王子とその妃が入場し、夜会は始まった。音楽が奏でられ、ダンスが始まる。 


「リック。いい機会だ。練習の成果を試してくればいい」 


 踊りたくもないのに、背中を押され僕は仕方なしにパートナーを探す。自然と吸い付くようにヴィヴィアン様を追っていて、彼女と目が合った。何か言いたげだったけど、すぐに第二王子の影に隠れてしまった。 
 
 ヴィヴィアン様? 
 
 急に音楽が止まった。楽団に目を向けると第二王子が止めるように指示をしていた。 
 
 静まりかえる会場で、彼は口を開いた。 
 

「 私、ヒルタン第二王子マスタールは、本日ここでヴィヴィアン・レーヌとの婚約を破棄する事を発表する」 


 会場がざわつき、騒ぎはそれだけでは終わらなかった 。


「私の新しい婚約者はケイラ・ステファンだ」 


  第二王子の隣に、ヴィヴィアンの代わりの立ったのは、金色の髪に青い瞳の、僕が学校に送り込んだ優しそうな女性。 
 
 ヴィヴィアン様が動く 
 反射的に僕は彼女を追った。 
 会場を走り抜け中庭に出た彼女に、僕はやっと追いついてその手を掴んだ。 
 
 これまで十六年生きてきて彼女に触れたのは初めてで、そのあまりの柔らかさにすぐに手を放した。 


「なぜ、放すの? 私が心配じゃないの?」 
   

 彼女は真っ黒の瞳で僕を睨み、胸をそらして高飛車な態度だった。 
 
 えっと、泣いてない? 


「リックのうすのろ! 意気地なし! 婚約破棄させて私を平民に落として娶るのではなかったの!」 
「へ?どうしてそれを」 
「お父様が教えてくださったの。殿下が嫌になるくらい、ケイラが諦めるくらい、イジワルの仕方を教えてくれたわね。どれも全部失敗したけど。殿下もケイラも最後の方は分かちゃったみたいで。リック! どうして諦めたの? もう私の事、嫌いになっちゃったの?」 


 ヴィヴィアン様 
 反則だ。 
 
 涙が滲んだ瞳。怒って上気した薔薇色の頬。目のやり場に困るくらい色気がただ漏れだ。 
 

「ヴィヴィアン様。僕はまだあなたのことが好きだ。あなたは僕の事どう思ってる?」 
 

 婚約破棄されたばかりの彼女。 
 今聞くのは間違っている。 
 
 だけど堪らず聞いてしまった。 
 

「あなたは私の大切な人。会えなくて清々するなんて書いて、本当に」 
「ヴィヴィアン様。あなたは平民には落とされなかったけど、婚約破棄された。僕も今や貴族だ。僕と結婚してくれないかな?」 
「け、結婚! まずは婚約からよ」 
「嬉しいよ! 本当に婚約してくれるの?」
「本当って。信じていないの? 嘘だと言ったほうがいいのかしら?」


 こうして僕の幼馴染の悪役令嬢は王子に婚約破棄され……僕とまた婚約した。 
 
 あんなに意地悪で怒りっぽかったのに、ヴィヴィアン様は変わってしまった。 
 それが残念だと思っていたらやっぱり意地悪だったというのは別の話で。 
 



 
 (おしまい) 
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