性悪令嬢とぽっちゃり王子

ありま氷炎

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「ありがとう。ルーク」

 黒髪の女性はにこりと微笑む。
 投獄されて一週間、彼女の頬はこけ落ち、美しかった黒髪はその光沢を失っていた。粗末な布で作られた簡易なドレス、彼女は以前なら考えられないのだが、床に座り込んで彼を見ていた。

「もう来なくていいから。あなたの幸せを祈ってるわ」

 それが合図となったようで、牢屋番がルークーーデイビッドの腕を掴む。

「カタリナ様!」

 そう叫んだ自分の声で、デイビッドは目を覚ました。
 体を起こして、掴まれた腕を摩る。夢にしては随分現実感がありすぎた。
 小さい時から、時折に夢に現れた黒髪の女性。
 初めて鮮明に彼女が夢に現れた。しかしなぜか牢獄。

「ルーク?」

(夢の中で、あの女性ーーカタリナ様はそう僕を呼んでいた)

「カタリナ様」

(あの女性は、そういう名前なのか。黒髪に紫色の瞳。イザベラによく似た顔立ち)

 名を呼んだけで、何やら温かい感情が沸き起こる。
 今のデイビッドにはその感情が何かわからなかった。

「殿下」

 扉を叩く音と声で、彼の思考は中断させられた。

「大丈夫だ。何でもない」

 随分大きな声を出してしまったので、護衛の者に心配をかけたようだった。
 そう言葉を返した後、部屋を見渡す。
 風で揺れるカーテンの隙間から外の光が少しだけ部屋に差し込んでいた。

(もう日が昇っているのか。なら起きてしまおう。今日は……リード家にいかなければならないし)

 婚約から三日、今日は初めてのデートの日だった。



「殿下。娘をよろしくお願いいたします」
「いってらっしゃいませ」

 王太子の婚約者発表からすっかり冷たくなっていた両親の態度は、デイビッドの訪問から一転した。また元のようにイザベラをチヤホヤし始めたのだ。そうして観劇の迎えに来た彼に対しても吐きそうなくらい低姿勢。王族に対してなのだから、当然といえば当然。しかしながら、娘を王太子妃にと考えていた時などは、第二王子など眼中になく、能無し、デブなど家庭内で陰口を叩くこともあった。それを思い起こすとイザベラは複雑で、微妙な表情で両親に見送られた。

「気分でも悪いの?」
「いえ、とんでもございません。殿下にお誘いいただき緊張しているだけでございます」
「……そう?」

 デイビッドは熊のお人形のような丸い目をパチパチ瞬きさせた後、窓に目を向けた。
 イザベラは安堵しつつ、失礼にならないように目線を落とすのみにした。
 王太子と密室で二人っきりになることなどほぼなかったが、夜会や茶会で彼に果敢に話しかけた。その為の話題、知識を得るためにも勉強もした。けれども、イザベラはデイビッドに対してそのように積極的に慣れずにいた。両親にはくどくどと、これが王族にお近づきになる最後のチャンスだと言われ、関心を失わせないようにと言い聞かされている。しかし、この婚約が自身の失態の償いのためだと知っている彼女は、どうも居心地が悪く、いつもの調子が出なかった。

「普段僕は観劇など興味なくてね。ミシェルから教えてもらって選んでみたんだ。君も気に入るといいんだけど」

(ミシェル?ああ、ミシェル・カロンダ。王太子の選ばれた婚約者ね。呼び捨てだとは随分仲がいいのね)

 ミシェルに対して王太子の婚約者の座を奪われたという嫉妬心、それに更になんだか嫌な感情が加わって、イザベラは自身の表情を冷静に保つのに苦労した。しかしデイビッドはイザベラをそれとなくずっと目で追ってきたので、彼女の表情が少しだけ変わったのに気がついていた。

「到着でございます」

 馬車の扉が開かれ、まずはデイビッドが降りる。
 その後に彼にエスコートされ、馬車を降りて劇場へ入った。
 待たされることなく、二人は特等席に案内された。デイビッドの配慮なのか、王族だからなのか、入り口は一般と異なり、貴族のうるさい視線に惑われることなく会場に入ることができて、イザベラがほっとする。
 まるでデイビッドたちが来るのを待ちかねていたように、二人が着席ししばらくすると劇が始まった。
 劇のあらすじは、王とその婚約者の愛の物語で、イザベラはなぜこの劇をわざわざ選んでくれたのかと怒りさえ覚えた。デイビッドは内容を知らなかったようで、暗がりなのに彼の動揺が伝わってきた。しかしながら席を立つ選択などなく、イザベラは我慢して見続けた。
 結果、彼女は物語に引き込まれてしまった。涙を流してしまい、デイビッドにハンカチを渡されるくらいだった。
 劇が終わった後、二人は王族や高位貴族専用の個室で食事を取ることになっており、そこでイザベラはデイビッドへの配慮などを忘れてしまうくらい、感動を伝えた。それはデイビッドも同じだった。しかも二人が感動した部分は同じであり、二人は知らなかったが、他の人々とは若干違う。
 今回の主役は、王子の婚約者である伯爵令嬢のシャリーン。王子の妃となるため小さい時から努力をしてきたシャリーンが、別の令嬢デボラによって王子を奪われかける。デボラのとった行動は卑劣なもので、最後の最後に王子は目を覚まし、再びシャリーンの元に戻り、愛を誓う。デボラは断罪され処刑台に登る。
 この物語は王子とシャリーンの愛の物語で、感動もそこにある。しかし、二人が注目したのはデボラの愛。二人はそれについて語り尽くす。

「デボラのとった行動は悪かったと思うが、あの愛こそが本物だと思う」
「私、私もそう思いました」

 馬車の中のぎこちなさが嘘のように、二人は劇の感想を言い合う。
 そうして時間を忘れるようにして語り続け、イザベラがデイビッドに送られ家に戻ったのは夕刻前だった。
 




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