4 / 11
4
しおりを挟む「ありがとう。ルーク」
黒髪の女性はにこりと微笑む。
投獄されて一週間、彼女の頬はこけ落ち、美しかった黒髪はその光沢を失っていた。粗末な布で作られた簡易なドレス、彼女は以前なら考えられないのだが、床に座り込んで彼を見ていた。
「もう来なくていいから。あなたの幸せを祈ってるわ」
それが合図となったようで、牢屋番がルークーーデイビッドの腕を掴む。
「カタリナ様!」
そう叫んだ自分の声で、デイビッドは目を覚ました。
体を起こして、掴まれた腕を摩る。夢にしては随分現実感がありすぎた。
小さい時から、時折に夢に現れた黒髪の女性。
初めて鮮明に彼女が夢に現れた。しかしなぜか牢獄。
「ルーク?」
(夢の中で、あの女性ーーカタリナ様はそう僕を呼んでいた)
「カタリナ様」
(あの女性は、そういう名前なのか。黒髪に紫色の瞳。イザベラによく似た顔立ち)
名を呼んだけで、何やら温かい感情が沸き起こる。
今のデイビッドにはその感情が何かわからなかった。
「殿下」
扉を叩く音と声で、彼の思考は中断させられた。
「大丈夫だ。何でもない」
随分大きな声を出してしまったので、護衛の者に心配をかけたようだった。
そう言葉を返した後、部屋を見渡す。
風で揺れるカーテンの隙間から外の光が少しだけ部屋に差し込んでいた。
(もう日が昇っているのか。なら起きてしまおう。今日は……リード家にいかなければならないし)
婚約から三日、今日は初めてのデートの日だった。
☆
「殿下。娘をよろしくお願いいたします」
「いってらっしゃいませ」
王太子の婚約者発表からすっかり冷たくなっていた両親の態度は、デイビッドの訪問から一転した。また元のようにイザベラをチヤホヤし始めたのだ。そうして観劇の迎えに来た彼に対しても吐きそうなくらい低姿勢。王族に対してなのだから、当然といえば当然。しかしながら、娘を王太子妃にと考えていた時などは、第二王子など眼中になく、能無し、デブなど家庭内で陰口を叩くこともあった。それを思い起こすとイザベラは複雑で、微妙な表情で両親に見送られた。
「気分でも悪いの?」
「いえ、とんでもございません。殿下にお誘いいただき緊張しているだけでございます」
「……そう?」
デイビッドは熊のお人形のような丸い目をパチパチ瞬きさせた後、窓に目を向けた。
イザベラは安堵しつつ、失礼にならないように目線を落とすのみにした。
王太子と密室で二人っきりになることなどほぼなかったが、夜会や茶会で彼に果敢に話しかけた。その為の話題、知識を得るためにも勉強もした。けれども、イザベラはデイビッドに対してそのように積極的に慣れずにいた。両親にはくどくどと、これが王族にお近づきになる最後のチャンスだと言われ、関心を失わせないようにと言い聞かされている。しかし、この婚約が自身の失態の償いのためだと知っている彼女は、どうも居心地が悪く、いつもの調子が出なかった。
「普段僕は観劇など興味なくてね。ミシェルから教えてもらって選んでみたんだ。君も気に入るといいんだけど」
(ミシェル?ああ、ミシェル・カロンダ。王太子の選ばれた婚約者ね。呼び捨てだとは随分仲がいいのね)
ミシェルに対して王太子の婚約者の座を奪われたという嫉妬心、それに更になんだか嫌な感情が加わって、イザベラは自身の表情を冷静に保つのに苦労した。しかしデイビッドはイザベラをそれとなくずっと目で追ってきたので、彼女の表情が少しだけ変わったのに気がついていた。
「到着でございます」
馬車の扉が開かれ、まずはデイビッドが降りる。
その後に彼にエスコートされ、馬車を降りて劇場へ入った。
待たされることなく、二人は特等席に案内された。デイビッドの配慮なのか、王族だからなのか、入り口は一般と異なり、貴族のうるさい視線に惑われることなく会場に入ることができて、イザベラがほっとする。
まるでデイビッドたちが来るのを待ちかねていたように、二人が着席ししばらくすると劇が始まった。
劇のあらすじは、王とその婚約者の愛の物語で、イザベラはなぜこの劇をわざわざ選んでくれたのかと怒りさえ覚えた。デイビッドは内容を知らなかったようで、暗がりなのに彼の動揺が伝わってきた。しかしながら席を立つ選択などなく、イザベラは我慢して見続けた。
結果、彼女は物語に引き込まれてしまった。涙を流してしまい、デイビッドにハンカチを渡されるくらいだった。
劇が終わった後、二人は王族や高位貴族専用の個室で食事を取ることになっており、そこでイザベラはデイビッドへの配慮などを忘れてしまうくらい、感動を伝えた。それはデイビッドも同じだった。しかも二人が感動した部分は同じであり、二人は知らなかったが、他の人々とは若干違う。
今回の主役は、王子の婚約者である伯爵令嬢のシャリーン。王子の妃となるため小さい時から努力をしてきたシャリーンが、別の令嬢デボラによって王子を奪われかける。デボラのとった行動は卑劣なもので、最後の最後に王子は目を覚まし、再びシャリーンの元に戻り、愛を誓う。デボラは断罪され処刑台に登る。
この物語は王子とシャリーンの愛の物語で、感動もそこにある。しかし、二人が注目したのはデボラの愛。二人はそれについて語り尽くす。
「デボラのとった行動は悪かったと思うが、あの愛こそが本物だと思う」
「私、私もそう思いました」
馬車の中のぎこちなさが嘘のように、二人は劇の感想を言い合う。
そうして時間を忘れるようにして語り続け、イザベラがデイビッドに送られ家に戻ったのは夕刻前だった。
0
あなたにおすすめの小説
王太子様お願いです。今はただの毒草オタク、過去の私は忘れて下さい
シンさん
恋愛
ミリオン侯爵の娘エリザベスには秘密がある。それは本当の侯爵令嬢ではないという事。
お花や薬草を売って生活していた、貧困階級の私を子供のいない侯爵が養子に迎えてくれた。
ずっと毒草と共に目立たず生きていくはずが、王太子の婚約者候補に…。
雑草メンタルの毒草オタク侯爵令嬢と
王太子の恋愛ストーリー
☆ストーリーに必要な部分で、残酷に感じる方もいるかと思います。ご注意下さい。
☆毒草名は作者が勝手につけたものです。
表紙 Bee様に描いていただきました
『めでたしめでたし』の、その後で
ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。
手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。
まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。
しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。
ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。
そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。
しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。
継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。
それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。
シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。
そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。
彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。
彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。
2人の間の障害はそればかりではなかった。
なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。
彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
殿下、その言葉……嘘ではありませんよね?
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【婚約破棄ですか? ありがとうございます!!】
私の仕事はスポーツインストラクター。『健全なる精神は、健全なる身体に宿る』をモットーに生徒様達に指導をしていた。ある日のこと、仕事帰りに元カレから復縁を迫られた私。拒絶したところ、逆上した元カレに刃物で刺されてそのまま意識を失ってしまった。
次に目覚めると、私は貴族令嬢として転生していた。そして驚くべきことに、美的感覚が私の美意識と全く真逆な世界だったのだ――
※ 他サイトでも投稿中
※ 短編です。あっさり終わります
聖女の力は使いたくありません!
三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。
ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの?
昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに!
どうしてこうなったのか、誰か教えて!
※アルファポリスのみの公開です。
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
グランディア様、読まないでくださいっ!〜仮死状態となった令嬢、婚約者の王子にすぐ隣で声に出して日記を読まれる〜
月
恋愛
第三王子、グランディアの婚約者であるティナ。
婚約式が終わってから、殿下との溝は深まるばかり。
そんな時、突然聖女が宮殿に住み始める。
不安になったティナは王妃様に相談するも、「私に任せなさい」とだけ言われなぜかお茶をすすめられる。
お茶を飲んだその日の夜、意識が戻ると仮死状態!?
死んだと思われたティナの日記を、横で読み始めたグランディア。
しかもわざわざ声に出して。
恥ずかしさのあまり、本当に死にそうなティナ。
けれど、グランディアの気持ちが少しずつ分かり……?
※この小説は他サイトでも公開しております。
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる