噂の吸血伯爵が婚活中です。

ありま氷炎

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 吸血鬼と恐れられている伯爵がいた。
 美しい彼は、夜にしか姿を見せない。
 真っ赤な唇は、血を啜ったようだ。
 あの美しさは人の血を啜って保っているのだと、
 領民以外は噂していた。

 しかし、実際は……。

「ああ、化粧のノリがわるい。昼間しっかり寝てればよかった!」
「絶対に私の顔を昼間見ないでね。化粧のノリがわるいんだから。本当に日の光が嫌い」

 彼は美容にとても気を使っている男性だった。
 男性、女性的な言葉遣いだが、彼は立派な男性だ。
 婚活中だが、吸血鬼と噂されている彼の元にやってくる令嬢は今のところいない。

「会えば噂だってわかるのに!どうしてみんな領地にこないの?」
「それは吸血鬼って噂だから、怖いんでしょう?旦那様が王都にお出かけになられて」
「いや、絶対にいや。お茶会なんて参加したくないし、昼間は絶対に外に出たくないもの。夜以外人を会いたくないし。王都なんか行ったら、毎日人が訪ねてくれるじゃない」

 以前一度だけ、彼は王都に行ったことがある。
 夜移動して、日が昇る前に王都の別荘へ到着。
 昼間はしっきりなしに人が訪れる。
 断るわけにもいかず、外の光が入らないようにカーテンを閉め切って、会った。
 締め切った部屋に蝋燭が数本、浮かび上がる美形の顔。
 唇は真っ赤で……。
 やはり吸血鬼だったという噂はあっという間に広まってしまった。

「旦那様。日の光の下でも旦那様は十分美しいです」
「そんなこと言っても無駄よ。ヨハン」

 彼が化粧に目覚めたのは、母親の化粧を見てから。
 美しい母親に憧れ、化粧を始めた。 
 母が病死し、嘆いた父に自身が化粧して顔を見せると父は喜んだ。
 それもあり、彼は常に化粧することにした。
 しかし日の光の下、自分の化粧した顔をみると夜の明かりとは全然異なり、彼は昼間の自分の顔に納得しなかった。
 だから外に出なくなった。

「もう大丈夫だ。今まですまなかった。ソフィアの振りをすることはないんだ。カイル」

 母が亡くなってから三年後、父は立ち直った。
 そして化粧をやめてもいいと遠回しに伝えたのだが、化粧することが楽しく、また美しい自分を見るのがとても好きだったので、彼カイルは化粧をし続けた。
 父が事故で亡くなった後も、彼は化粧を辞めていない。

「旦那様!とうとうお屋敷に来てくださる方が見つかりました!」

 婚活活動をし始めてから三年、二十歳になった時、彼に婚約者ができた。
 支度金目当ての令嬢であったが、母親の遠縁であり、一度だけ母の実家に行ったときにあったことのある女の子だった。その後も時折母から、その子のことを聞かされいたので、打診したのだ。
 かの家は多額の借金を抱えており、卑怯だと思ったのだが、結婚を条件に融資することにしていた。

「やっぱり、こういうのよくないわよね」
「旦那様、もう三年もお相手を探しています。それでも見つからないのです。ソフィア様のご親戚であれば間違いないでしょう。お会いしたこともあるのでしょう?」
「うん、そうだけど」

 彼が六歳の時、その子は三歳。
 会ったと言っても幼児である。
 それを会ったといえるのかははっきり言って疑問が残る。
 母の話によると、とても優しい女の子ということだった。

「ユリナでございます」

 娘が到着したのは夜だったので、カイルは普通に彼女に会った。
 茶色の髪に、茶色の目の平凡な外見だった。
 目が一目で、化粧すれば映えるのに、カイルは彼女と会いながらそんなことしか考えていなかった。

「……化粧濃いですね。カイル様」
「は?なんて言った?」
「化粧濃いって、言いました。それじゃあ、日の光の下だと最悪でしょう」
「あなた失礼よね」
「失礼とわかって、言ってます」
「変な子」

 第一印象から、ユリナはおかしかった。
 しかし吸血鬼をいう噂は信じていないのは確かだった。
 その日から、ユリアはカイルの化粧に文句を言い続けた。とうとうカイルはブチ切れた。

「なんなら、あなたがしてみなさいよ!」
「いいですよ」

 ユリアは不敵な笑みを浮かべると、カイルの化粧を直していく。

「ああ、見ないで、もう落さないで」
「いいでしょう。別に。私たちは夫婦になるのですから」
「そ、そうだけど」

 ユリアは淡々とした令嬢であり、実際年齢はカイルより三つも歳下なのに、彼女の方が上に見えるくらい落ち着いてた。
 彼女のマイペースぶりに、使用人たちが慣れるのは早く、カイルも文句を言いながら彼女を受け入れ始めていた。

「終わりました。いかがですか?」
「……変わらないわ」
「そうですか?それでは、外に出てみましょう」
「いやよ、嫌!絶対に」
「だったらカーテンを開けてみましょう」

 ユリアに説得されて、カイルはカーテンを開けさせる。
 化粧が変に目立って、綺麗じゃない顔になっていると彼は思わず俯いた。

「カイル様。顔をあげてください。そして鏡を見てください」
「いやよ、いや!」
「大丈夫ですから」

 落ち着いた声で、はっきり言われ、カイルは観念して手鏡で自分の顔を覗き込んだ。
 そこにいたのはいつもの自分自身で、化粧が浮いていたりして醜い顔になっていなかった。

「すごい、すごいわ!」
「カイル様。これから外に出られても大丈夫でしょう?」
「……そ、そうね」

 ユリアに言われ、半信半疑で答える。
 それから、カイルはユリアの教えてくれた化粧法で、日の光の下でも崩れない、おかしくならない化粧をするようになった。
 なので、昼間に領民に顔を見せる機会も増えた。

「これならもう大丈夫ですね。お役目ごめんです」
「ど、どういう意味?」
「私は来たのは、恩返しのためです。借金を肩代わりしてくださりありがとうございました。以前からカイル様の話は聞いており、化粧の方法だと思っておりました。こうして化粧をすれば、日の光の下でも崩れないし、昼間も外出できます。カイル様が吸血鬼と呼ばれることも少なくなりました」
「そうね。その通りだわ。でもお役目ごめんはどういう意味?」
「私は新しい化粧方法をお教えするためにこちらに来ました。だから、カイル様は改めてじっくりと奥様をお選びください。カイル様は美しく、優しい方なのですぐに新しい婚約者が見つかるでしょう」
「何、言っているの?ユリア。私の婚約者はあなたでしょう?」
「いえ、私ではありません。カイル様はまだ誰とも婚約を交わしておりません」
「え?」
「騙すように申し訳ありません。私はまだ署名をしていないのです。カイル様の身は綺麗です」
「きれいとか、関係ないわ。私は他の令嬢と婚約するつもりはないもの。ユリア。私はあなたが必要よ。だから、私の婚約者になってちょうだい」
「わ、私ですが、粗暴ですし、美しくないですし」
「粗暴?どこが。確かにずけずけ言うけど、はっきりしていて私は好きだわ。美しくない?どこが?あなたは全てが美しいわ」

 カイルがユリアへ反論し、彼女は照れて俯いてしまう。

「だから、結婚してちょうだい。私と」
「……はい」

 ユリアは使命を果たしたら、屋敷を出ていくつもりだった。
 そう思って暮らしていてい、心の距離を置いていたつもりだったが、そうではなかったようだ。
 彼の言葉に心動かされ、彼女は泣き出していた。

「泣き虫ね。化粧落ちちゃうでしょ」
「はい」

 そういうカイルの目にも光るものがあり、ユリアは微笑む。

「さあ、結婚式を早くあげるわ。ドレスも早く用意しなきゃ」
「気が早いですよ。まだ婚約もしていないですよ」
「別に婚約しなくても結婚を先にしてもいいでしょう?」
「そうですけど」

 それから半年後、二人は結婚。
 とりあえず婚約期間は二か月ほど設けられた。
 お金を借りっぱなしは、ユリアも、その両親も娘を売ったようで嫌だったらしく、家計を立て直して返却は三年以内にされた。

 吸血鬼と噂された伯爵は、美意識の高い普通の伯爵でした。

(おしまい)





 
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