クチナシの薫りは醒めない

ありま氷炎

文字の大きさ
30 / 91
第六天 覚悟を決める時?(勇視点)

再再会

しおりを挟む
 リエックに行くとかなりお怒りの中国人がいて、王さんが宥めるように話しかけた。電話口ではまったく話を聞こうとしなかったらしい。
 しかし、実際に王さんが現場に来ると、その美貌が功を奏してか、話を聞こうという態度を見せる。そして5分ほど話したら、怒りはかなり治まり商品の返品払い戻しできない代わりに、別の品物を買うことに納得してくれた。しかしおまけはつける必要があり、俺達の商品である卓上電気をプレゼントすることになった。

「いや、ありがとう。本当に!」
はははと村田さんが笑う。その横で店員が深々と頭を下げる。かなり青ざめた顔をしており、あの剣幕に押されていたのがわかった。
 中国語ってただでさえ、きついから、怒鳴られるすごい勢いだな。
 
 ああ、でも王さんの中国語は優しいけど。

「あ、王さん。ガム食べるかね」
 また同じ手か。
「ははは、要らないですよ」 
 王さんはすこし呆れながらそう答え、俺達は悪戯が不発に終わり残念そうな村田さんに別れを告げた。


「ご飯、この近くで食べましょう!」
 駐車場に戻り、会社に戻ろうと時間を見ると丁度昼食時間だった。リエックの近くにはうまくて早い中華レストランがある。
 気がつけば王さんと暮らし始めて5日目、俺は彼があまり日本料理を好きじゃないことに気がついていた。日本の中華は本場の中国料理を違うらしい、でも日本料理よりは食べられるだろうと俺は彼をそのお店に連れて行くことにした。
「おいしいですね!」
 運ばれてきたチャーハンを食べて、王さんが満面の笑みを浮かべる。
「それはよかったです!」
 俺は彼の喜びが嬉しくて、釣られて笑ってしまう。
 
 やっぱりこの中華はうまいんだな。よかった。つれてきて。

 俺は天津飯をレンゲですくってもぐもぐと食べながら、頷く。すると、王さんが食べるのをやめて俺を見つめた。唇がつやつやと輝き、そのばっちりとした瞳が俺を捉えていた。
 俺はなんだか色気を感じてどきどきしてしまう。
「実田さん、それって天津飯っていう食べ物なのですね。でも天津にはそんな食べ物ありませんけど」
「え、そうなんですか?!」
 放たれた言葉に俺はなぜかほっとしながらも、言われた内容に驚く。
 天津飯は俺がもっとも好きな中華だ。
 天津という場所で有名なご飯とばかり思っていた。
「そうですよ。だから、天津飯というのを実田さんが注文して、どんなものが来るか見たかったのです。おいしそうですね」
「試してみます?」
「いいですか?」
「もちろん」
 俺が頷くと王さんが持っているレンゲで俺の天津飯をすくった。そして口に入れる。
「あ、おいしい」
 にこりと蕩けそうな笑顔を浮かべ、俺は思わずうっとりしてしまった。
「おいしい食べ物を教えてくださってありがとうございます。日本の中華はちょっと違う味ですが、好きです」

 好きですという言葉がなぜか脳裏に残る。
 それがなんだが彼を意識しているようで俺は心の中で首を横に振る。
 
 そして、再び天津飯に手をつけようとしたら、王さんが玄関の方を見ていた。その表情は驚きと、喜びだった。
「……善樹(シュンシュ)」
 彼が名前をつぶやくのが聞こえ、俺は店に入ってきた数人のサラリーマンを見る。その中に見覚えのある顔があり、俺は頭を殴られたようなショックを受けた。
「秀雄(シュウシュン)……」
 俺達が見つめているのがわかったのか、木縞さんが振り向く。そして王さんを見で驚きの表情を浮かべる。でも嫌な驚きではなく、嬉しそうで、俺はなんだか疎外感を味わう。
「実田さん、ちょっとすみません」
 王さんは食べかけのチャーハンをテーブルに放置したまま、木縞さんの元へ走る。そして彼と一言二言を話し、二人は店の外に出てった。

 なんだ?
 木縞さんも、諦めるって言ってたのに。
 なんで?

 俺は胸やけのような痛みを覚え、苛立ちを募らせる。水を飲み、大好きな天津飯でも食べて気分を落ち着かせようとしたが、無理だった。 
 さっきまでたまらなくおいしく感じたご飯は味気がなく、とろとろした餡かけすら油っぽく感じた。
 しかし、俺は無理やりそれを口に運び、咀嚼する。

「すみません。お待たせしました」
 5分ほどして晴れやかな笑顔で王さんが現れ、その背後で木縞さんが同僚の所へ行くのが見えた。
 
よりを戻したのか?
 俺は機嫌よさそうな王さんを見て、そう思う。
 
「俺、トイレ行ってきます」
 俺は苛立ちを隠せず、そう言うとトイレに走った。
「実田さん」
 トイレに入ろうとする俺の姿を見られ、木縞さんが俺を呼ぶ。俺は心の中で舌打ちをしたが、大事なお客さんだと立ち止まり、彼らの席に近付く。
「木縞さん。こんにちは。お昼ですか?」
「ああ、ここのご飯はおいしいから。見積もりの方がどうだ?進んでいる?」
 余裕たっぷりの様子が見え、俺の苛立ちがピークに達する。しかし、俺は必死にポーカーフェイスを保つ。
 ここで怒りを見せたらおしまいだ。
 男としても、仕事でも。
「はい、来週にはお送りします」
「そうか、それはよかった。待ってる」
「ありがとうございます」
 俺は木縞さんにぺこりと頭を下げるとトイレに向かう。
 そして個室に入ると、ばんとドアを閉めた。
 怒りがこみ上げ、俺は歯を食いしばる。でも同時にそんなことで怒りを感じる俺が、吐き気が出るほど嫌で、俺は便器に座りこむ。
 俺には関係ないこと。怒る理由はない。
 ないんだ!
 そう自分に言い聞かせるが苛立ちは治まることはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...