クチナシの薫りは醒めない

ありま氷炎

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第六天 覚悟を決める時?(勇視点)

苛立つ気持ち

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「大丈夫ですか?」
「はい」 
  心配そうにそう聞く王さんに俺はかろうじてそう答える。会社に戻る車の中、俺は何を話していいかわからず、口を噤む。すると王さんも俺の苛立ちを感じているのか、何も話そうともせず、俺達は無言のまま、会社に戻った。

 会社に戻ったのは午後2時で、王さんはいつもの通り係長の横で翻訳作業に取り掛かる。俺は他のお客さんのデータを整理して、次のアポの計画を練ろうとする。しかし、頭に入ってくるはずがなく、俺は無駄に時間を過ごした。
 午後5時きっかり、社内電話が鳴る。取るとそれは錫元(すずもと)さんで俺は彼に言われるまま、生産係に向かった。
「あれ、実田くん。どうしたんだい?機嫌悪そうだけど」
 錫元さんはニヤニヤ笑いながら俺に聞く。
 うるさいな、この人はまったく。
「別になんでもありません。コストの方は……」
「できてる。ほら。これだ。後でメールでも送っておくから」
「ありがとうございます」
 コストが書かれた少し厚手の資料を渡され、俺は怒りを忘れ、ぺこりと頭を下げる。
「いやいや、些細なお礼だから。さーて、夕食行こうか?」
 椅子に座ったまま、見上げられ俺はどきっとする。王さん同様、視線がなんだか色気がある。
 いや、そんなこと思ってる場合じゃないから。
 こいつはホモ。油断大敵!
「王さんは来るの?まあ、来るよね。ロビーで6時半に待ち合わせでいい?店は私が選ぶから」
 自分のペースで物を決める錫元さんはそう言い、二コリを笑う。その笑顔がかなり怪しげで俺はぞぞっと寒気を覚える。
「楽しみだな。じゃ、また」
 彼は表情を凍りつかせる俺に構わず、手を振ると視線をパソコンに戻す。選択肢がない俺は溜息を小さくつくと、部署に戻った。


「お帰り~」
 部署に戻ると松元主任が待ち構えていた。辰巳先輩も俺を待っていたみたいで戻ってきた俺に笑いかける。
「さあ、見せて」
 主任は俺が持っている書類を広げ、丹念に見始めた。辰巳先輩も俺の側にくると、主任が読んだものを次々と確認していく。二人は10分ほど無言で書類を読んでいたが、読み終わった後、息をついた。
「すごいわね。これだけの作業よく二日でできたわよね。さすが錫元さん。あと、実田くんの功績よね」
「そうだね。実田くん。どんな魔法を使ったんだい?あの錫元さんが真面目に仕事をするなんて珍しいんだけど」
 あの錫元さん?めずらしい。
 やっぱりちょっと変わってるんだ。
 辰巳先輩がそう言うから、よっぽど変わり者なんだろうな。
「魔法、あえていうなら少し犠牲を払った感じです」
「犠牲?」
 俺の言葉に二人が首を傾げる。
「いや、なんでもないです。これをベースに、俺月曜日に見積もり作るので、確認していただいてもいいですか?」
「もちろん」
 二人は口を揃えるとそう答えた。
 
「じゃ、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
 午後6時近く、そう声をかけながら、みんな次々と退社していく。
 残ったのは俺と松元主任、王さん、係長だ。

 どうしようか。
 俺一人で行く?
 そうだよな。王さんは行く義理なんてないだろうし。
 もしかしたら今日は木縞さんとデートかもしれないし。
 
「王、帰っていいぞ」
 俺がもんもんとそんなことを考えていると係長の声がした。
「ありがとうございます」
 王さんがそう答えるのがわかり、俺は妙な喜びを覚える。でも彼が俺と一緒に来てくれるなんて、決まってないのに。
 すねた俺がそう心の中でぼやいているとすぐ近くで気配がした。それは王さんで腰をかがめ俺に囁く。
「実田さん、今日の夕食は何時ですか?」
彼の美しい顔がすぐ側にあり、俺はどきまぎする。
「6時半です」
「6時半?もう6時半ですよ。さあ、行きましょう」
 王さんは腕時計を確認し、そう笑いかける。
 それはやっぱり綺麗な笑顔で俺はなんだか空しい気持ちを覚えながら、頷いた。
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