クチナシの薫りは醒めない

ありま氷炎

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第十三天 离别―別れ(秀雄視点)

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「いただきます」
 高木(ガオ・ム)は弁当箱の蓋を開けると、食べ始める。私は彼と一緒に会社の休憩室にいた。見積書を作っていたらいつの間に正午を過ぎていて、彼は私を昼食に誘った。誘うと言っても、一緒に食べているのはコンビニエンスストアーのお弁当だ。
 彼は大概こうやって外で昼食を調達し、社内で食べているらしい。
「王さん、中国に帰るのは嬉しいですか?」
「はい」
 ふいに聞かれた質問に面喰ったが私は頷く。
「そうですか……。さびしくはないのですか?」
 さびしい……錫元(シ・ユエン)から勇(ヨン)とのことを聞いているのか。
 でも彼に本当の気持などいう義理はない。
「いいえ。私は日本よりもやはり中国があっているようなので」
 私は淡々とそう答え、弁当箱の焼き魚に箸を当てる。
「……可哀そうなことをしますね」
 そんな私に彼がぽつりとつぶやく。 
 私は聞こえない振りをする。

 彼はなぜ、そんなことを思うのだろうか?
 彼にとって勇(ヨン)は邪魔者にしかならないだろうに。

「あなたは多分気づいていると思うのですが、僕はあなた同様ゲイです。ノンケの子と付き合ったこともあります。結局別れましたけど、自分から別れを切り出し事はないです」

 何を言っているのだろう?
 何を知っているのだろう?
 
 勇(ヨン)の様子からそう想像できたのか?確かに今日の彼の様子は異常だった。でもそれを勝手にそう決めつけるなんて。

「あなたには関係ないことです。人のことに構っている余裕があったら、錫元さんに縄をつけておいてください。実田さんはゲイではありませんから」
「……わかっています。冷たい人だ。本当に」
 彼はそう言うとマグカップに入れた温かいお茶を飲む。
 
 彼には関係ないことだ。
 私が決めたこと、私は勇(ヨン)の幸せを最優先にした。
 これは正しい決断だ。

 誰かに何かを言われる筋合いはない。

「時間ですね。行きましょうか」
 私は食べかけの弁当に蓋を閉める。
 残すなんて最悪だ。でも食欲なんてなかった。

 
 午後から見積書を再確認して、高木(ガオ・ム)と一緒に係長の席に行く。彼は5分ほどぱらぱらと書類を捲っていたが、にこりと笑うと高木(ガオ・ム)に見積書を返した。
「さすが高木だ。問題ない。王も見積もりの仕方のいい勉強になっただろう。中国ではちょっとやり方が違うだろうが、基本は同じだからだな」
「はい」
 中国……結局コネと金が全て言うのだが、係長の手前とりあえず頷いておく。
 ゲイの者は案外少ない、だから枕営業などはする必要はないのだが、金は要求される。賄賂なんて当然だ。
 政府の役人たちに金をばらまけば仕事は確実に取れる。

 正規なやり方など、日系企業間のみで成功するだろう。

「よっし、これで終わり。まだ3時か。今からどうしようか」
 高木(ガオ・ム)がメールで見積書を送り、途方にくれたようにつぶやく。
 今日の歓迎会は6時からだ。あと3時間はある。私に教えることなどないのだろう、彼は何を教えたらいいかと、ぱらぱらとファイルを捲っている。
「王、最後の挨拶巡りに行くから着いて来い」
 ふいにいつもの調子で呼ばれ、私は顔を上げる。隣の高木(ガオ・ム)は安堵した顔をしており、私もこれ以上彼と一緒にいたくなったので、席を立つと係長の席に向かう。
 勇(ヨン)はまだ外回りから帰ってきてないらしい、椅子は机の下にきちんと入れられ、主のいない机はさびしく思えた。

 初日、勇(ヨン)に案内された各部署へ係長と共に回る。係長の背中が彼の背中の重なり、そんな感傷的な自分が嫌だった。
 いつから好きになっていたんだろう。
 そんなことわからない。
 気がつけば彼が愛しく、その手に抱かれたいと思うようになっていた。

「王、大丈夫か?」
 残りは生産開発係というところで、係長が立ち止まり私を見る。
「大丈夫です」
「そうか。ならいいが。俺は別に偏見なんか持っていないからな。人の嗜好はそれぞれだし。ただ、後悔しないようにした方がいいと思うぞ」
「………」
 彼の言葉に私は口を噤んでしまう。
 後悔……。
 後悔なんてするわけない。
 彼とこのまま付き合い、彼を変えてしまうほうが後悔するに決まっている。

 だから、私はこの道を選んだ。
 後悔なんか……するわけがない。


「色々ご迷惑をかけました」
「ああ、こちらこそ色々すまなかった。錫元くん、君もこっちに来なさい」
 生産開発課の横広がりの課長が後ろを振り返り、席に座っている錫元(シ・ユエン)を呼ぶ。彼はすっと立ち上がると歩いてきた。背の高い彼が立ち上がるとそれだけで注目の的になる。容姿もそれなりに整っているからなおさらだ。
「王さん。色々ありましたが中国でも頑張ってください。また日本に戻ってきたらあの店で飲みましょう」
「はい。そうですね」
 含み笑いを浮かべる男に、私はやはりこの男が嫌いだと思いながらも返事を返す。
「王さん、中国に行った時はぜひ案内を頼むよ。君みたいな人が中国にいると思うと安心だよ」
 課長はがははと笑って、私の肩を叩く。
「ありがとうございます。中国に来られた際はぜひ案内させてください」
 巨体から繰り出された張り手に痛みを覚えながらも私は笑顔を作った。

 この男に悪気はない。
 思えばこの会社は副社長と錫元(シ・ユエン)以外に嫌な男はいなかった。
 この2週間、楽しんだと言えば楽しめた研修だったかもしれない。

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