クチナシの薫りは醒めない

ありま氷炎

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一年后

変わるものと変わらぬもの

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「おはようございます」
 俺はぺコリと頭を辰巳先輩、イヤ、係長に頭を下げる。辰巳先輩は今年4月づけで係長に昇格。そして係長だった岸田さんは今や営業販売課の課長だ。
「おはよう」
 いつもながらきりっとしている松元係長補佐が俺に挨拶をする。係長……いや、課長とまだ付き合っているかはわからない。でもなんとなく二人はまだ続いている気がしていた。お似合いの二人だと思う。
「おはようございます」
 俺は頭を下げながら挨拶を返し、自分の席へ向かう。

 1年たって、俺の周りは係長たちの昇進以外にも変化があった。谷口先輩は結婚退職し、新人が入ってきた。大学卒業したてのほやほやの22歳だ。25歳になった俺より3つも下のくせに、どうみても30歳くらいにしかみえない老け顔、いや大人顔だ。しかも肌は地黒らしい褐色。どうみてもチャラ男で、遊び人のように見えるけど、意外に真面目な奴だった。

「実田先輩!おはようございます!」
 その新人、紀原忠史(きはらただし)は俺を見つけると元気よく挨拶する。
「おはよう」
 その元気に生気を奪われるような気がしながらも俺は返事を返した。紀原くんの席は俺の隣だ。秀雄の座っていた席。
 彼が去り、しばらくは直視出来なかった席だが、こうやって元気印のような紀原くんが座るようになり、俺はなんとか隣を見れるようになっていた。
「今日は美術館に行くんでしたよね?」
「うん。約束は11時だ。10時半くらいに出ようか?」
「はい」
 紀原くんはしっかり返事すると自分の仕事に戻った。

 変わらないとな。
 いつまでたっても引きずってるわけにはいかない。
 もう1年。今週末、いい人がと会えれば付き合ったほうがいいかもしれない。

「それではまた宜しくお願いします」
 久々にきた美術館では待たされることはなく、俺は去年のような嫌な思いをせずに済んだ。
 夏の日差しは去年ここに来たよりも厳しくて、俺は額の汗を拭って歩く。
「実田先輩、この辺でランチにしませんか?」
 俺の前を歩いていた紀原くんがふいに立ち止まり、そう尋ねる。彼も暑さでまいってるらしく、首筋を流れる汗をハンカチで拭っていた。
 俺は腕時計を見る。時間は11時50分。ランチをするにはちょうどいい時間だ。
「そうしようか」

 俺達は美術館の駐車場に隣接する喫茶店に入った。そしてテーブルに置かれたメニューを開く。 
 こってりしたものは食べたくないな。
「実田先輩、俺、カツカレーにします」
 カツカレー……、暑いのによく食欲があるよな。
 さすが、紀原くんだ。
 俺はどうしようか?
 あ、スバゲティにしよう。冷菜パスタとかさっぱりしそうだ。
「俺は冷菜パスタにする。何か飲む?」
「えーっと、アイスコーヒー」
「じゃ、俺もアイスコーヒーにしようかな」
 そう決めて俺は店員を呼ぶ。
 
 注文を伝えて、紀原くんと話していたら、なんだか見覚えのある顔が窓の外に見えた。白いシャツに学生ズボン……高校生か。でもなんで見覚えがあるんだ?
「?!」
 ふとその男子高校生が俺を見て、にやっと笑った。
 その笑みで嫌な記憶が蘇る。
『ホモサラリーマン』
 記憶の中でそんな単語が俺の脳裏に響く。
 あいつだ。あの時の高校生。

 窓の奴は俺にあの時と同じように嘲る笑みを浮かべると、小指を立てて女性らしい仕草を見せる。そして中指を立てると俺に背を向けていなくなった。
「?変な高校生ですね?」
 一緒にその様子を見ていた紀原くんがそう言う。しかし、俺は奴の意味することがわかっていた。あの高校生はまだ俺の顔を覚えていて、ホモだと思ってる。
 だからからかうつもりであの仕草をしたのだと。
「実田先輩?」
「?!」
 ふいに俺のすぐ側に紀原くんの顔があって、俺はぎょっと体をのけぞらせる。
「すみません!」 
 俺の驚きがひどかったのか、彼は慌てて謝った。
「ごめん。ちょっとびっくりして」
 全然似てないのに、すぐ近くにあった紀原くんの顔に秀雄(シュウシュン)の顔を重ねてしまった。
 最低だ。
「カツカレーです」
 ちょうどよく店員がそう言って彼の注文したものを持ってきた。俺はほっとして、椅子に座り直す。
「熱いうちに食べた方がいいから。先食べて」
「あ、はい。じゃ、いただきます」
 彼はそう言うとスプーンを取って食べ始める。
 俺は彼の様子に安心すると、窓の外に再び目を向ける。
 晴天だった空に雲が流れてきていた。
「……雨降るかな」
「そうですか?」
 俺の言葉に紀原くんが顔を上げる。

 彼の顔と秀雄(シュウシュン)の顔、まったく異なる。紀原くんは秀雄(シュウシュン)と違って男性的な顔をしてる。
 何を間違ったのか。

 重症だな。

 1年も経つのに。

「申し訳ありません。遅くなりました。冷菜パスタです」
 店員が深々と頭を下げて、やってきた。
「ありがとうございます」
 少し遅れたが、そんな謝まられるほどでもないし。
 飲食店は大変だよな、俺はそんなことを思いながら冷菜パスタに手をつけ始める。

 すると雨がぽつりぽつりと降り始めるのが見えた。
「ああ、雨だ」
「本当だ。雨ですね」
「雨宿りしていくしかないな」
「あ、俺傘ありますよ」
 ……いや、相合傘なんてとんでもない。
「いや、すぐ止むと思うよ。御飯食べ終わったら止んでるはずだ」
 空はまだ明るかった。俺はそう期待して、スパゲティをフォークに絡ませる。
 しかし、俺達が食べ終わっても、雨が止むことはなかった。
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