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第一章 王の生まれ変わり
20 ユウタ
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タリダスは部屋に戻ると、ベッドに身を投げた。
両手で目を覆う。
涙など出るはずがない。
しかし、いろいろな感情が混ざり合い、彼を混乱に陥れていた。
タリダスを襲った元副団長のあの男が、アルローと関係があった。その上、一度アルローを殺そうとしたにも拘らず、あの男を赦している。
だから、彼は騎士団内で悪習を続け、タリダスを襲うまでになった。
アルローが、男を見逃したから。
「アルロー様は、まだあの男のことが」
そう思うと怒りで体が震えてくる。
あの男の息子ケイスへの態度は優しい。
それはあの男への好意がなせるものではないのか。
「アルロー様」
退団に追い込まれそうな彼を救ってくれ、優しくしてくれたのはアルローだった。
しかし真相を知り、タリダスは怒りと悲しみで胸が苦しくなる。
「ユータ様」
ふいに、彼が保護した少年の顔を思い出す。
すると胸の痛みが和らいだ。
アルローであるが、アルローではないユウタの存在、その微笑みは彼に安らぎを与える。
「あなたに会いたい」
そんな弱音を吐いた自身に驚き、タリダスは息を止めた。
「最低だな。私は」
自分の身も守れないか弱き少年のユウタに助けを求めようとしている自身を、彼は自嘲する。
☆
タリダスが部屋を去り、アルローは力なく椅子に座り込む。
軽蔑されるのは覚悟の上だった。
怒りをぶつけらるのも。
しかし、タリダスの表情に浮かんだのは悲しみだった。
胸を抉るような表情を思い出し、アルローは頭を抱える。
「……タリダス。すまない」
王族を傷つけた罪は死罪だ。アルローはウィルを退団さえさせなかった。彼に騎士でいた欲しかったからだ。
自身の望みがタリダスを不幸に陥れた。それはウィルに対してもかもしれない。
ウィルは死を望んでいた。
『アルロー様』
脳裏に声が響く。
「ユウタか」
『はい。時間をくださってありがとうございます。僕、もう大丈夫です』
「本当か?」
アルローが目を閉じると、微笑んでいるユウタが見えた。
『今度は、あなたが休んでください。タリダスに嫌われてしまったかもしれない。だけど、僕は彼に恩を返したい。日本から連れ出してくれたこと、優しくしてくれたこと。僕は嬉しかったから』
「ユウタ、本当にいいのか?お前はこれから苦労するぞ。私の記憶を全て見たのだろう?」
『はい。僕はタリダスに恩を返したい。そして僕に優しくしてくれた人たちを守りたい。あなたは僕ですよね。だからきっと僕もできます』
「急に強くなりおって」
『タリダスの悲しい顔を見たら、どうにかしたくなりました。タリダスの笑顔がまた見たいです』
「タリダスが笑顔か。私でも見たのは数えるほどしかないんだがな」
ユウタは答えなかった。
「タリダスを頼む。そして私の罪を許してくれ」
『僕にはあなたを許すことができません。だけど、僕はあなたです。僕はあなたの罪を背負っていきます』
「すまない」
アルローは謝罪の言葉を述べた後、意識を手放した。ユウタの上半身ががくりと前屈みになる。
しばらくして、ユウタの体がゆっくりと動いた。
上体を起こし、周りを見渡す。
「元に戻った」
ユウタは体の感覚を確かめるように、両手を握ったり開けたりと繰り返す。その後に立ち上がり、歩く。
扉の前まで来て、彼は止まった。
「タリダスに会いたい」
踵を返し、アルローに挨拶することもなくタリダスは退出した。こんなこと初めてだった。
「それでも、僕は彼に会いたい」
ユウタは勇気を振り絞ると、初めて自分の意志で部屋の外に出た。
「ユータ様」
部屋の扉を開けた彼をめざとく見つけたのは、侍女長のマルサだった。
「どうしたのですか?」
「あの、タリダスの部屋に行きたいんだ」
「まあ、旦那様の部屋。旦那様をお呼びしましょう」
「いや、僕が行きたいんだ。迷惑かな」
「迷惑など。そんなことはありません。ついていらしてください」
正直タリダスの部屋がどこか知らなかったので、マルサの案内がユウタにとって渡りに船だった。
「ありがとう」
「お礼なんて必要ないですから。足元に気をつけてくださいませ」
「はい」
マルサの案内で、すぐにタリダスの部屋に到着することができた。
「旦那様。はいってもよろしいでしょうか?ユータ様が来られてます」
「ユータ様だと。何を言って」
扉の向こう側から苛立ちを込めたタリダスの声が返ってくる。
一瞬だけ来たことを後悔したが、ユウタは勇気を振り絞った。
「あの、タリダス。話がしたいんだ。入れてくれないかな?」
「ユータ様?!」
驚いた声がして、扉が勢いよく開かれた。
「旦那様。私は言いましたよ。ユータ様だと」
「すまない。悪かった。ユータ様のことは任せてくれ」
「お願いします」
マルサはタリダスに礼を取ると、ユウタに笑いかけ、元来た道を戻り始める。
「あの、タリダス」
「ユータ様、ですよね。どうぞ、入ってください。中で話をしましょう」
「う、ん。ありがとう」
怒っていたはずのタリダスは、その怒りはどこに行ったのか、以前の優しいタリダスのままユウタに接する。
それを不思議に思いながらも、ユウタはタリダスの部屋に入った。
「どうぞ、おかけください。お茶をもってこさせましょう」
「必要ないよ。迷惑かけるつもりできたわけじゃないんだ」
「ユータ様。私は迷惑などと思ったことはないですよ」
「う、うん。それならいいんだけど」
勧められた椅子に座り、タリダスを見る。
「どうしましたか?」
「久々にタリダスを見た」
「そうですね。私も久々にユータ様を見ました」
「え?でもタリダスは毎日僕の体を使っているアルロー様に会っていたよね?」
「あちらは、アルロー様です。ユータ様とは違います」
「同じ顔、体だよ」
「知ってます。でも私にとってアルロー様とユータ様は違うのです」
タリダスはそう言い切り、少し驚いたような顔をしていた。
言われたユウタの驚きはそれ以上だった。タリダスはずっとユウタとアルローを同一視していたからだ。
「ユータ様に再びお会いできて嬉しいです」
「アルロー様には休憩が必要だから、僕が出てきたんだ」
ユウタが答えると、タリダスは少し複雑な顔をした。
「ユウタ様は再びいなくなるのですか?」
「ううん。僕はいなくならないよ。この体は僕のだし。ただアルロー様には時間が必要だ。タリダスにもだよ」
「私も、ですか?」
「そう。僕はタリダスの助けになりたいんだ。僕は、僕の前世はアルロー様だから。償いをしたい」
「償いなど必要ありません」
「でも、僕は」
「あなたがこうして戻ってきてくれた。それだけで私は嬉しいのです」
「そ、そうなんだ」
彼の真剣な眼差しに、ユウタはそう答えるしかできなかった。
両手で目を覆う。
涙など出るはずがない。
しかし、いろいろな感情が混ざり合い、彼を混乱に陥れていた。
タリダスを襲った元副団長のあの男が、アルローと関係があった。その上、一度アルローを殺そうとしたにも拘らず、あの男を赦している。
だから、彼は騎士団内で悪習を続け、タリダスを襲うまでになった。
アルローが、男を見逃したから。
「アルロー様は、まだあの男のことが」
そう思うと怒りで体が震えてくる。
あの男の息子ケイスへの態度は優しい。
それはあの男への好意がなせるものではないのか。
「アルロー様」
退団に追い込まれそうな彼を救ってくれ、優しくしてくれたのはアルローだった。
しかし真相を知り、タリダスは怒りと悲しみで胸が苦しくなる。
「ユータ様」
ふいに、彼が保護した少年の顔を思い出す。
すると胸の痛みが和らいだ。
アルローであるが、アルローではないユウタの存在、その微笑みは彼に安らぎを与える。
「あなたに会いたい」
そんな弱音を吐いた自身に驚き、タリダスは息を止めた。
「最低だな。私は」
自分の身も守れないか弱き少年のユウタに助けを求めようとしている自身を、彼は自嘲する。
☆
タリダスが部屋を去り、アルローは力なく椅子に座り込む。
軽蔑されるのは覚悟の上だった。
怒りをぶつけらるのも。
しかし、タリダスの表情に浮かんだのは悲しみだった。
胸を抉るような表情を思い出し、アルローは頭を抱える。
「……タリダス。すまない」
王族を傷つけた罪は死罪だ。アルローはウィルを退団さえさせなかった。彼に騎士でいた欲しかったからだ。
自身の望みがタリダスを不幸に陥れた。それはウィルに対してもかもしれない。
ウィルは死を望んでいた。
『アルロー様』
脳裏に声が響く。
「ユウタか」
『はい。時間をくださってありがとうございます。僕、もう大丈夫です』
「本当か?」
アルローが目を閉じると、微笑んでいるユウタが見えた。
『今度は、あなたが休んでください。タリダスに嫌われてしまったかもしれない。だけど、僕は彼に恩を返したい。日本から連れ出してくれたこと、優しくしてくれたこと。僕は嬉しかったから』
「ユウタ、本当にいいのか?お前はこれから苦労するぞ。私の記憶を全て見たのだろう?」
『はい。僕はタリダスに恩を返したい。そして僕に優しくしてくれた人たちを守りたい。あなたは僕ですよね。だからきっと僕もできます』
「急に強くなりおって」
『タリダスの悲しい顔を見たら、どうにかしたくなりました。タリダスの笑顔がまた見たいです』
「タリダスが笑顔か。私でも見たのは数えるほどしかないんだがな」
ユウタは答えなかった。
「タリダスを頼む。そして私の罪を許してくれ」
『僕にはあなたを許すことができません。だけど、僕はあなたです。僕はあなたの罪を背負っていきます』
「すまない」
アルローは謝罪の言葉を述べた後、意識を手放した。ユウタの上半身ががくりと前屈みになる。
しばらくして、ユウタの体がゆっくりと動いた。
上体を起こし、周りを見渡す。
「元に戻った」
ユウタは体の感覚を確かめるように、両手を握ったり開けたりと繰り返す。その後に立ち上がり、歩く。
扉の前まで来て、彼は止まった。
「タリダスに会いたい」
踵を返し、アルローに挨拶することもなくタリダスは退出した。こんなこと初めてだった。
「それでも、僕は彼に会いたい」
ユウタは勇気を振り絞ると、初めて自分の意志で部屋の外に出た。
「ユータ様」
部屋の扉を開けた彼をめざとく見つけたのは、侍女長のマルサだった。
「どうしたのですか?」
「あの、タリダスの部屋に行きたいんだ」
「まあ、旦那様の部屋。旦那様をお呼びしましょう」
「いや、僕が行きたいんだ。迷惑かな」
「迷惑など。そんなことはありません。ついていらしてください」
正直タリダスの部屋がどこか知らなかったので、マルサの案内がユウタにとって渡りに船だった。
「ありがとう」
「お礼なんて必要ないですから。足元に気をつけてくださいませ」
「はい」
マルサの案内で、すぐにタリダスの部屋に到着することができた。
「旦那様。はいってもよろしいでしょうか?ユータ様が来られてます」
「ユータ様だと。何を言って」
扉の向こう側から苛立ちを込めたタリダスの声が返ってくる。
一瞬だけ来たことを後悔したが、ユウタは勇気を振り絞った。
「あの、タリダス。話がしたいんだ。入れてくれないかな?」
「ユータ様?!」
驚いた声がして、扉が勢いよく開かれた。
「旦那様。私は言いましたよ。ユータ様だと」
「すまない。悪かった。ユータ様のことは任せてくれ」
「お願いします」
マルサはタリダスに礼を取ると、ユウタに笑いかけ、元来た道を戻り始める。
「あの、タリダス」
「ユータ様、ですよね。どうぞ、入ってください。中で話をしましょう」
「う、ん。ありがとう」
怒っていたはずのタリダスは、その怒りはどこに行ったのか、以前の優しいタリダスのままユウタに接する。
それを不思議に思いながらも、ユウタはタリダスの部屋に入った。
「どうぞ、おかけください。お茶をもってこさせましょう」
「必要ないよ。迷惑かけるつもりできたわけじゃないんだ」
「ユータ様。私は迷惑などと思ったことはないですよ」
「う、うん。それならいいんだけど」
勧められた椅子に座り、タリダスを見る。
「どうしましたか?」
「久々にタリダスを見た」
「そうですね。私も久々にユータ様を見ました」
「え?でもタリダスは毎日僕の体を使っているアルロー様に会っていたよね?」
「あちらは、アルロー様です。ユータ様とは違います」
「同じ顔、体だよ」
「知ってます。でも私にとってアルロー様とユータ様は違うのです」
タリダスはそう言い切り、少し驚いたような顔をしていた。
言われたユウタの驚きはそれ以上だった。タリダスはずっとユウタとアルローを同一視していたからだ。
「ユータ様に再びお会いできて嬉しいです」
「アルロー様には休憩が必要だから、僕が出てきたんだ」
ユウタが答えると、タリダスは少し複雑な顔をした。
「ユウタ様は再びいなくなるのですか?」
「ううん。僕はいなくならないよ。この体は僕のだし。ただアルロー様には時間が必要だ。タリダスにもだよ」
「私も、ですか?」
「そう。僕はタリダスの助けになりたいんだ。僕は、僕の前世はアルロー様だから。償いをしたい」
「償いなど必要ありません」
「でも、僕は」
「あなたがこうして戻ってきてくれた。それだけで私は嬉しいのです」
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