妻が聖女だと思い出した夫の神官は、何もなかったことにして異世界へ聖女を連れ戻すことにした。

ありま氷炎

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3章 神隠れ

16 秘密を話してみたが……。

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「よく無事にお戻りくださいました」

 大神官はにこやかに江衣子一行を迎えてくれた。
 その笑顔に苛立ちを覚えたが、襲ったのは西の神殿長であって大神官は関係ない。なので彼女は怒りを抑えて挨拶を交わした。
 経典を大神官に渡して、修行という名の暗記作業は明日から始まることになった。
 西の神殿で事件があったせいで、少しばかり予定が遅くなってしまったが、あと2週間ほどもあり、江衣子は経典の暗唱についてあまり心配してなかった。
 安心する理由は期間以外にも経典が思ったほど厚みもなく、日本語書かれていたせいもあった。

(日本語で、しかも読み仮名つき。腑に落ちないことが多いけど。この経典を暗記して当日暗唱すれば、私の役目を終わるもの。聖女としてしっかり頑張らきゃ)

 何よりも一番大切なことは経典の暗唱と言い聞かせ、江衣子は案内された聖女の部屋に戻った。

「ミリア。疲れてるでしょ?もう休んでいいから。私もすぐに寝るわ」

 夕食を取り、湯あみを終わらせた江衣子はミリアに早く休んでもらおうと声をかける。色々言っていた彼女だが、江衣子が最後聖女命令と強く言って、今日は帰ってもらった。

(本当、侍女の仕事ってタフだわ。仕える人が夜型だったら地獄ね。色々考えると疲れる。聖女の仕事が終わったら、日本に帰って人生のやり直し。私はやり直したいのかな?このままここに残ったら駄目なのかな?衛生面がちょっと嫌だけど、あとは……。でもずっと聖女でいられるわけないからなあ。私ができることなんて……。侍女、侍女の仕事教えてもらおうかな。大変そうだけど)

 そんなこと考えながら江衣子はベッドに横になる。

(ジャファードは神官として頑張っていくつもりなんだろうなあ。私はやっぱり帰るしかないのかな。何か私でも出来そうな仕事がこの国でないか聞いてみよう)

 そう決めると幾分心が軽くなる。
 目を閉じると自然と睡魔がやってきて、彼女は眠りに落ちていた。



「さあて、真相を話してもらおうかな」

 旅の疲れを癒すこともなく、チェスターは部屋に訪ねてきた。

「色々していたら何か誤魔化されそうだったからな。真相を話してくれたら、部屋を出て行く」

 脅しとしか思えない台詞に、ジャファードは眉を潜める。

「脅しじゃないぞ。約束だろう?」

(確かに……。チェスターなら話してもいいかな。軽そうに見えてそうでもなかったし、一応友達だもんな)

 ジャファードは覚悟を決めると話し始めた。
 誰にも話さないようにと釘を刺して。

「まさか、9年も異世界で生活していたなんて……」

 結婚よりも何よりもチェスターを驚かせたのはその点だったらしい。

「どうやら、前と雰囲気が違うと思った。前はとがっていた感じだったけど、かなり雰囲気柔らかくなったもんな」

(そういうものか?)

 ジャファードは自身の変化など実感していなかったので、そう言われてもあまりピンとこない。ただ、要(かなめ)と自分が違う人間のような気がしていたのは確かだった。

「なんで隠すんだ?別にいいんじゃないか?聖女、まあ、体は清らかに戻ったんだし。100年前の聖女だって結局この地に残って結婚したんだろう?」

 チェスターはジャファードの行動がわからないとばかり首を捻っている。

「私は神官です。それがまさか……」
「確かになあ。でもほら、前の聖女も神官と……。あ?そういえば迎えにいった神官と結局結婚していたよな?運命って奴じゃないのか?」
「運命……」

 チェスターに言われると何か、運命という言葉が軽いものに聞こえてしまうが、確かに隠すようなことじゃなかったかもしれない。
 けれども、ジャファードは江衣子に人生のやり直しの機会があるなら、やり直してほしかった。彼女は苦労していたのだから。

「うーん。聖女様もお前のこと絶対にまだ好きだろう?その結婚してたってことだけを隠して、付き合っちゃえばいいんじゃ?まあ、やることは儀式の後でお願いしたいが……」
「な、なにを!」
「まったく、精神年齢は俺よりずっと高くなっちゃってるくせに、初心みたいにして。え?まさか、白い結婚だったのか?」
「そんなことはないですけど」
「じゃあ、いいじゃん。あと付き合ってるという設定のほうが、守りやすいと思うぞ」

 チェスターは急に声を落としてジャファードの肩を叩く。

「なーんか。きな臭いんだよなあ。だから、今日もう実家に戻ることにした。兄貴にいろいろ聞いたら帰ってくるつもりだ。それまで、聖女様のこと頼むな」 
「ええ」
 
 チェスターは神官にしては運動神経がよく、剣も使えそうなタイプだった。あの時もチェスターが来てくれなければジャファードは殺されていた。彼の勘はかなり当たるようだ。
 そこまで考えて、ジャファードはあることに気が付く。

「チェスター様。あの時は助けていただいてありがとうございました。あなたが来なければ私は殺されていたでしょう」
「ああ。あの事か。俺たち友達だろう。いいっこなし。あと様つけも、丁寧語もなしな。友達だから」
「……はい」
「じゃあ、俺は行ってくる。お前も身辺には気をつけろよ。大神殿の中とは言え、襲われた時の状況を考えると安全とは言えないからな」

 ジャファードは頷き、チェスターは手を振ると部屋を出て行く。
 
「付き合ったことにして身を守るか……」

 江衣子がまだ彼のことを好きなことはわかっていて、彼自身も同じ気持ちだ。しかし、彼女の新しい人生の邪魔はしたくなかった。

「とりあえず、付き合う設定は云々で、ちょっと様子を見に行くか」

 彼はとりあえず着替えだけをすませると、聖女の部屋に向かった。

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