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3章 神隠れ
17 チェスターの兄
しおりを挟む「ジャファード様」
廊下を歩いているとミリアとすれ違う。
「ミリアでしたか。もう聖女様はお休みになられたのですか?」
「えっと、まだだと思うのですが。すみません。あの、聖女エイコー様がもういいからとおっしゃって……」
ミリアは少し後ろめたそうにしていた。
(この侍女は江衣子の味方だ。大方彼女は無理にこの侍女を帰したのだろう)
「私が後は様子をみるから心配ありません。気を付けて」
「……ありがとうございます」
ミリアは少しだけ間を置いて、顔を赤くすると逃げるようにいなくなってしまった。
(何か、変なこと思われているのか?)
ジャファードはミリアの前で、江衣子と抱き合ったり、素で言い合いしていたところを見られていた。
(江衣子から話すことはないからばれていないとして……誤解されている?)
色々考えてしまったが、悩んでいても仕方ないので、ジャファードは江衣子の元へ急いだ。
聖女の部屋は一番奥の部屋になる。
大きな扉に太陽を模した絵が描かれているのが目印で、一礼してから彼は扉を叩く。
何も反応がなく、逆に心配になり部屋に入り込んだ。
(鍵がないっていうのは危険だな。前はそう思わなかったけど、今は神殿内の誰が裏切り者がわからない。誰か信用できるものを守りつけたほうがいいのか。というか、大神殿へ戻る道すがら誰も襲ってこなかった。騎士団の力を恐れてか?それとも別の狙いがあるのか?)
ジャファードは考え事をしながら、部屋の中を進む。
窓から月明かりが入ってきていて、闇に眼が慣れなくても部屋全体を見渡すことができた。
静かな寝息が聞こえてきて、ベッドで熟睡している江衣子を見つける。
(本当、神経図太いよな。この状況下で眠れるなんて)
彼女の近づき、その安らかな寝顔を見る。
(まだ細いな。こっちにきて少し太ると思ったのに)
16歳の江衣子はかなり痩せ気味で、この世界に来て上げ膳据え膳の生活をすれば少し肉が付くと思った。けれども、西の神殿への旅は波乱に満ち溢れていて、食べるどころではなかった。
「明日からしっかり食べろよな」
ジャファードはそう言いながら彼女の頬に触れる。
少しかさついていて、これも旅のせいかと思う。
9年前、彼からすると9年前だ。
鏡の中で江衣子の姿を見て、なんて貧弱な少女だと思った。その目も力がなく、自分の好みとはかけ離れていた。
街で本物の彼女を見つけた。
鏡の中よりも、もっと痩せているようで、俯き加減で歩いていた。
(早く保護して、ルナマイールに連れて帰る)
そう決めて、彼は彼女を追った。
「聖女の務めが終わったら、日本に戻るのか?でも……」
日本での彼女は幸せそうじゃなかった。
(でも3年前、会社で見かけた彼女はとても元気そうだった。きっと、どうにか道を切り開いたのだろう。あの強い生命力に惹かれた。太陽のような……。記憶はなかったのにおかしなものだ)
「……でも覚えていたかもしれないな」
今となってはそう思えることが多々あった。
一度見た彼女を忘れられず、連絡先を聞いてしまった。
その後も、要(かなめ)としても、ジャファードとしても信じられない行動をとった。
「今もそうか……」
彼女のために滝に飛び込んだりと、自分の行動を思い出し、苦笑する。
「……要(かなめ)?」
ふいに江衣子が目を覚ます。
けれども半覚醒とばかり、うつろな視線だ。
「本当、酷い。もうコロッケ作んないから」
「悪い。悪かった」
「なら許す」
夢うつつなのに、会話が成り立ち、彼女はまた寝息を立てて寝てしまった。
「ああ、なんだかなあ」
ジャファードは胸が熱くなり、片手で顔を覆う。
言葉にならない感情が押し寄せてきて、唇を噛んだ。
*
チェスターの家名はアレナスという。
両親が早く亡くなり、長男のケビンが家を継いでいる。
ケビンは王直属の組織に属しているのだが、詳細はチェスターにはわからない。
けれども、彼はケビンがこの件について何か知っていると思っていた。
聖女召喚の話が出て、チェスターに小剣を送ったのはケビンだった。神官になると決めたのは9歳の時なのだが、ケビンは彼に武術を習わせた。
おかげで騎士になるほどではないが、自分の身くらいは守れる術は身に着けた。
(森では多勢に無勢だったから全然役に立たなかったけどな)
無謀な戦いを挑むのは馬鹿だとケビンから小さいときから言われてきていた。
今日戻ることも知らないはずなのに、家に戻ると彼が帰ってくるのを事前に知らせてあるように準備が整えてあった。こういう事はいつもなので驚かず、彼は兄との面談のため、湯あみをしたり軽い食事をとったりと機会を待つ。
執事から呼び出しを受け、執務室に行くと兄が座って待っていた。
「久しぶりだな」
「はい」
兄は探るような眼を向けてくるので苦手であったが、彼は聞かなければならないことがあると、気合を入れる。
「兄貴、」
「兄上だ。チェスター」
「はい。兄上。それで」
「聖女の件だろう。その件で神殿とはすでに話をつけている。チェスター。お前はしばらく屋敷に残れ。神隠れの祈りの儀式が終わったら戻るといい」
「兄貴、いえ、兄上。それはどういうことですか?」
「お前は知らなくていい。安心しろ。聖女が傷つけられることはない」
「兄上!何かが起きるのですか?いったい」
「私たちはこの時を待っていた。向こうも同じだ。お前が動くと失敗する。だから」
「俺は何もしません。だから真相だけでも教えてください」
「……聞けば、神官をやめて私の部下になってもらうぞ。いいのか?」
兄に睨まれ、チェスターは顔を強張らせる。
(神官という職業に憧れていた。けれども本当にそうなのか?ただ、この兄の下で働きたくなかっただけじゃないのか?)
自問自答したが答えはでなかった。
それを否定と受け取り、ケビンは立ち上がった。
「夜も遅い。今日はゆっくりと休むがいい」
「……ありがとうございます」
即答できない自身に対して様々な感情が渦巻く。
けれども彼はおとなしく部屋に戻ることにした。
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