顔が醜いから婚約破棄された男爵令嬢は、森で昆虫男爵に出会う。

ありま氷炎

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第一部

心強い味方

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「おお、愛しい人よ!君に呪いがかけられて、この僕がどんなに心配したか!」 
 
 朝の遅い時間に、ルーベル公爵は子息シュリンプを連れてホッパー男爵家を訪れた。 
 ジャスティーナはすぐにシュリンプと二人で庭に散歩にいくように言われ、仕方なく彼女は彼を連れて中庭に出る。 
 シュリンプは金髪に近い明るい茶髪の巻き毛で、瞳は新緑、彫りの深い顔立ちの、整った顔の美青年だった。背も高い上に、物腰も柔らかく、多くの女性を魅了してきた公爵令息。 
 そんな彼が選んだのは、貴族の中でも身分が低い、男爵令嬢のジャスティーナだった。 
 
 彼は大仰に手を振り、如何に己が彼女のことを心配していたのかを語る。   
 その声は耳に心地よいが、彼女はもう少し低いほうが聞きやすいし落ち着くと、彼の声を聞きながら、イーサンのことを思った。 
 シュリンプのように話しすぎず、大げさな動作もしない。 
 静かに語りかけ、時折黒い瞳でじっと見つめられる。  
 その度に、彼女は胸を躍らせ、恥ずかしくなって目を伏せた。 
 
 シュリンプはただ、彼女の姿を讃え、自身の横に立つのは彼女しかありえないと語り続けた。 
 愛の言葉、彼にとってはそうだったかもしれない。だが、ジャスティーナの心に響くことなかった。ただぼんやりと流れていく言葉でしかない。 
 その態度はシュリンプにも見てわかったようで、ふいに手を掴まれた。 
 
「君は変わった。何かあったのかい?この僕に君が変わった理由を聞かせてくれ。それとも、何か興味がある者ができたのか」 
  
 イーサンの元にいたことは、彼は知らないはずだった。 
 しかし掴まれた手に入る力は増していき、彼女はついに悲鳴を上げた。 
 けれども、その声を聞いて来る者も誰もいなかった。 
 ジャスティーナは怖くなって逃げ出そうとするが、シュリンプが引き寄せた。 
 
「どうせ、君は僕の妻になるしかない。その前に確認したほうがいいのかな」 
 
 耳元で囁かれたが、それは彼女にとって甘い囁きではなく、気持ち悪い感覚しかもたらさない。 
 息がかかり、身をよじったジャスティーナにシュリンプは何を思ったのか、唇を重ねようとする。 
 
「シュリンプ様」 
 
 冷水を浴びせるような冷たい声がかかり、彼は動きを止めた。 
 力が緩み、彼女は一気に逃げ出す。 
 
 そして、ジャスティーナは目を疑う。 
 声をかけてきたのは、モリーだった。  
 イーサンの屋敷にいた時のような地味なワンピースではなく、ホッパー家の使用人の制服を着ていた。帽子もかぶっておらず、赤い髪をひとつにまとめた上、丸めていた。 
 
「……何か用かな?」 
 
 邪魔をされたシュリンプは苛立ちを隠さず、モリーに聞く。 
 
「お茶のご用意ができました。すでにルーベル公爵様と旦那様はお二人をお待ちしております」 
「そうか。ジャスティーナ。今日は君のために珍しい菓子を持ってきたんだ」 
 
 モリーへの態度とは一変して、彼はにこやかな笑顔を浮かべる。 
 先ほどの行為と、その笑顔。その違いが恐怖心を煽った。 
 
「シュリンプ様。ジャスティーナ様は少し休まれてから、戻ります。どうぞ、先に行ってくださいませ」 
 
 それは使用人の言いぐさではなかったが、彼女の手前、しかも顔を青白くさせ、小刻みに震えているジャスティーナの姿を見て、シュリンプは使用人への怒りをかみ殺したようだ。 
 
「先に行っている。落ち着いてからおいで」 
 
 優しくて甘い口調。 
 彼女には、もうそうは思えなかったが、静かに頷く。 
 それを見て少しは満足したようで、シュリンプは彼女に背を向け、屋内へ戻った。 
 
「ジャスティーナ様、いえジャス様。大丈夫ですか?」 
「モリー!やはりモリーなのね!」 
 
 声が届かない距離まで彼の姿が離れ、モリーはやっと彼女に話しかけた。とたんに安心感が一気にやってきて、ジャスティーナは泣きそうになった。 
 
「ジャス様。泣かないでください。せっかくホッパー家に入れたのに、追い出されてしまいます」 
「あ、そう、そうよね。どうして、ここで働いているの?」 
  
 ジャスティーナは必死に涙を堪え、自身の疑問をぶつける。 
 
「えーとですね。ちょっとした細工をしてもらったのです。私は今は、ホッパー家のモリーですので、よろしくお願いします」 
 
 理由について明白な返答はなかったが、モリーが側にいる、それだけ嬉しかったので、彼女はそれ以上聞かなかった。けれども、イーサンの方が心配になる。 
 あの屋敷の使用人はたった四人、それが今は三人だけ。仕事が回せるかと、それだけは気になって聞いてしまった。 
 
「大丈夫ですよ。どうせ旦那様しかいないんです。しかも、あの旦那様は!」 
 
 怒りだしそうなモリーだったが、すぐに冷静に戻る。 
 
「ジャス様。私のことはただの一人の使用人として接してくださいませ。変な疑問を持たれるのはまずいですから。私からちょくちょくお時間を見て、ジャス様のところへ行きますね。このモリーが来たから、もう大丈夫です!」 
 
 背後を気にしながらも、彼女は拳で胸を叩く。 
 その姿はイーサンの屋敷にいた時と一緒で、ジャスティーナは孤独なホッパー家で唯一の味方を得たと嬉しくなった。 
  
  
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