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第一部
終演の時
しおりを挟む「よくいらした」
ホッパー男爵家とは段違いな大きさ、美しい調度品が並ぶルーベル公爵邸。
玄関先で出迎えられることもなく、執事によって広間に案内される。
円卓の周りを囲むように、ルーベル公爵夫妻、子息が座っていたが、ホッパー男爵とジャスティーナが到着しても、椅子を進めるだけで、立ち上がることはない。
いつものことなので、ジャスティーナは勧められるまま、椅子に座る。けれども求めた人物がそこにはおらず、落胆を隠せなかった。
「沼の魔女は直に来るはずだ」
そんな彼女に気がつき、公爵自らが説明する。隣に座る公爵夫人はシュリンプの女性版という容貌で、彼女を冷めた目で見ていた。
母から長い間、冷たい態度で接されているジャスティーナにとって、そのような態度は日常のことで、彼女は公爵にお礼を言ってから、夫人には微笑みを向ける。すると夫人は目を逸らし、使用人を呼びつけた。
お茶会が始まり、しばらくしてからシュリンプに部屋に来ないかと誘われる。公爵とホッパー男爵は少しばかり下卑た笑いを、夫人ははしたないとばかり、目を伏せる。
ジャスティーナは吐き気を覚えながらも、悠然と笑みを返した。
「お庭を見せていただけないかしら」
「庭、そう。庭ね」
シュリンプは失望したように小さく息を吐いたが、ジャスティーナを中庭に案内する。距離を詰めてくる彼からさりげなく逃げながら、彼女は庭の花々について質問していく。大概はわからないことばかり、彼は苛立ちを高めていった。
――どうしよう。これでは、昨日と一緒だわ。どうせ助けてくれる人はいない。昨日はモリーに助けてもらったけど。どうして沼の魔女はまだ来ないの。こんな私をせせら笑ってるの?最初の取引に乗らなかったから?
ジャスティーナが危機感を覚え、悲鳴を上げそうになったころ、しゃがれた声がした。
「あらあら、お盛んだね」
台詞は下卑たもの、だけど彼女はその声に心底安堵する。
「イザベラ様」
しかし、シュリンプは不満げに沼の魔女の名を呼んだ。
「沼の魔女。私はあなたが嫌いよ。その顔はとても醜いわ」
「ジャスティーナ!?」
挨拶もなしに、突如攻撃的にイザベラに話しかけたジャスティーナに、シュリンプが慌てる。それを内心笑いながら、彼女は計画を実行する。
イザベラは驚いた顔を見せた後、ジャスティーナの瞳の中に覚悟を見出し、その取引に乗ることにした。
「シュリンプ。あなたも言っていたじゃない。醜いって」
「そんな、僕はそんなこと言っていない」
「おや、坊や。そんなことを影で言っていたの?これはお仕置きしなきゃだめね」
「沼の魔女。婚約者であるシュリンプの罰は私が受けます。どうか私に罰を」
「あら、いい覚悟だわ。いい婚約者じゃないの、シュリンプ。それでは、ご希望通り呪いをかけてあげるわ」
「ジャスティーナ!イザベラ様!」
止めたいのだろうが、呪いの余波を受けるのを恐れるシュリンプは離れたところで声を荒げるだけだ。
「さあ、ジャスティーナ。覚悟はいい?」
「ええ」
騒いでも来ない様にと使用人達に伝えていたのが仇になり、誰も駆けつけてくるものがいなかった。
イザベラは杖を振りかざし、ジャスティーナは目を閉じる。
ふとよぎった顔は、イーサンだ。
「イーサン様……」
光が放たれたのがわかった。
けれどもそれはジャスティーナを包むことなく、遮られる。
暖かい腕に抱きしめられ、彼女は目を開けた。
「イーサン様!」
そこにいて、自分を抱きしめているのはイーサンだった。
「お、お前は!」
魔法が発動し、シュリンプは愕然とした。
しかし彼は微動だにせずただそこに突っ立っていた。
突然影が乱入し、ジャスティーナを呪いから守るように抱きしめたのを視界にとらえ、彼は我に返る。
「あらら。魔力を無駄にしちゃったね。これは代償をいただくよ。昆虫男爵」
「ああ、屋敷にある魔法具をいくつか提供する。これは森の魔女から許可をもらっている」
「ああ、それはありがたい」
シュリンプの存在を無視して、イーサンと沼の魔女は会話を続ける。
腕に抱かれたままのジャスティーナは状況が把握できず、目を瞬かせるしかない。
「シュリンプよ。邪魔はしないほうが身のためよ。私は忠告したからね」
魚のように口を開いたり、閉じたりしているルーベル公爵子息に声をかけ、沼の魔女は手を振ると何事もなかったように、中庭を出て行く。
「あの、イーサン様?」
「ああ、すまない。慌てていたから」
まだジャスティーナをまだ抱きしめていることに気がつき、イーサンは彼女から手を離した。
すると、シュリンプがジャスティーナの腕を掴み、引き寄せた。
「お前は何だ?人間か?ああ、あの醜い昆虫男爵だな。なぜこの屋敷にいるんだ。しかも僕の婚約者に馴れ馴れしく」
「誰の婚約者だ?ジャスティーナを離せ。シュリンプ様」
辛うじてその名に敬称をつけながらも、イーサンは声を荒げて、彼を睨んだ。
異形の者に殺気が篭った目で見られ、シュリンプは怯えて力が弱める。その隙に側に控えていたニコラスがすぐにジャスティーナを救出した。
「な、なんだ!この男は!マイク!マイクはいないのか!」
イーサン、ニコラス、ジャスティーナに囲まれ、戦況不利とでも思ったのかシュリンプは執事の名を呼んだ。
彼はすぐに現れたが、申し訳なさそうな顔をしていた。
「こいつらをつまみだせ!」
「シュリンプ様。それがでして」
執事は煮え切れない態度で口ごもり、なぜかハンカチで額の汗を拭いている。
「それがでして?どういうことだ!」
「シュリンプ!もういい。やめなさい」
執事を怒鳴りつけた彼を、それを上回る声で叱り付けたのは、その父のルーベル公爵だった。後ろには公爵夫人、腰を落とし家来のようにホッパー男爵が続き、驚いた顔のアビゲイルと微笑を浮かべたモリーが立っていた。
「どういうこと?」
「めでたし、めでたし、ですよ。ジャスティーナ様」
状況がわからず、思わずつぶやいた彼女に、ニコラスは意地の悪い笑みを見せた。
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