顔が醜いから婚約破棄された男爵令嬢は、森で昆虫男爵に出会う。

ありま氷炎

文字の大きさ
39 / 56
第二部

解けない魔法9

しおりを挟む

 一週間後、夜会の日がやってきた。半信半疑のジャスティーナであったが、前日ドレスが届けられた事、早朝薔薇の花束と共に今夜楽しみにしているとカードが届き、やはり今夜は夜会に同伴するのだと実感する。
 しかし花を贈ってくるなど、やはりイーサンらしからぬ行動で、ジャスティーナは思い悩みながら夜会の準備を進めた。

 夕方になりイーサンが選んだドレスを身につける。
 前日すでに一度袖を通していた。最近流行りの背中が大きく開いたもので、色は赤ワインのような真紅。
 美しいジャスティーナに似合わないドレスはないが、戸惑いは隠せない。
 モリーも同様で仕立て屋に、本当にイーサンの選択かと、尋問官のように強く尋ねたくらいだ。
 仕立て屋は少し怯えながらも頷き、ドレスを受け取ったのが昨日だ。
 今日もその仕立て屋は調整をするためホッパー家を訪れていた。モリーから微妙に距離をとりつつ、ジャスティーナの真紅のドレスの最終仕上げを行い、終わるとそそくさと帰ってしまった。

「あら。随分……豪華なドレス」

 ドレスを着込み、髪を結っているとアビゲイルが部屋にやってきて、曖昧な表情を浮かべた。
 豪華といえば聞こえはいいが、正直母も派手だと思っているに違いないと、ジャスティーナは苦笑いする。

「こういったドレスは人を選ぶと言うけれど流石にジャスティーナね。似合ってるわ」

 引きつった笑いを浮かべる彼女にアビゲイルは慰めとも言える言葉をかける。

「ありがとう。お母様」

 その優しさを有り難く思いながら、ジャスティーナはイーサンのことを思っていた。

 ――以前の彼であればこんな流行を追っただけの派手なドレスを贈るなんて考えられないわ。どうしてしまったの?

 沼の魔女の薬の副作用としか思えず、彼女はイーサンが今宵その薬を服用していない事を願った。それは願わぬことだと思いながらも。

 準備が整い、イーサンが迎えに現れた。
 今日のジェストコールも漆黒であったが、襟の部分が小さく、中のジレは前回より地味な灰色であった。
 それでも彼の魅力は抑えられることはなく、貴公子ぶりを発揮していた。

 ――随分、イーサン様の元の顔を見ていないわ。人形のような顔ではなく、自然な笑顔。懐かしい。

 ジャスティーナはそう思ったがそんな気持ちを隠して、微笑む。イーサンはその笑顔に安堵したように、目を細める。
 他の令嬢なら喜ぶはずの魅力的な表情は、ジャスティーナには全然嬉しくない。けれども彼の気分を壊すのも悪いと、気分を変えて彼女はドレスのお礼を述べた。

「流行のドレスを仕立て屋に頼んだんだ。とても似合っているよ。俺のためだけの真紅の薔薇だ。とても綺麗だ」

 その浮いた台詞にジャスティーナが驚くが、同時に何かが落ちた音がした。
 その方向を見ると、抱えたお盆を落としたモリーがいた。唖然としている。

 ――わかるわ。こんな台詞を彼が言うなんて信じられない。やはり薬のせいなの?

「さあ、夜会に行こう。遅れてしまう」

 しかし当の本人は彼女たちの動揺がわからないようで、ジャスティーナに手を差し出しエスコート役を務めた。



 夜会の主役はイーサン・デイビスであった。
 実際は主催であるハンズ伯爵なのだが、昆虫男爵として知られているイーサンが現れ、その容貌を晒したことで話題を浚う。
 昆虫男爵は、噂の醜い容貌ではなく、美青年だったのだと、女性は恋愛対象として、男性は興味本意で彼に群がったのだ。
 それは一週間前の歌劇場の社交の場の再現で、ジャスティーナは溜息を漏らす。

 ――面白くないわ

 イーサンにひっきりなしに声がかかる。
 それも女性からだ。
 観劇の帰りに確か、彼は誘いに乗らないと言っていたのに、今日は女性に誘われるまま、踊りに出かけていた。
 本当に、イーサンなのかと疑うしかない。
 残されたジャスティーナは、一度婚約破棄されたとはいえ美人であるのは変わりない。
 一人の彼女を狙ってダンスの誘いはあるのだが、その誘いに乗るのはイーサンに対抗するようで、がんとして誘いを断り、壁際の彫像と化していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私を婚約破棄した国王が処刑されたら、新しい国王の妃になれですって? 喜んで…と言うとでも?

あんど もあ
ファンタジー
幼い頃から王子の婚約者だったアイリスは、他の女性を好きになった王子によって冤罪をかけられて、田舎で平民として生きる事に。 面倒な貴族社会から解放されて、田舎暮らしを満喫しているアイリス。 一方、貴族たちの信頼を失った王子は、国王に即位すると隣国に戦争を仕掛けて敗北。処刑される。 隣国は、アイリスを新しい国王の妃にと言い出すが、それには思惑があって…。

婚約破棄で異世界転生を100倍楽しむ方法 ‐漫画喫茶は教育機関ではありません‐

ふわふわ
恋愛
王太子エランから、 「君は優秀すぎて可愛げがない」 ――そう告げられ、あっさり婚約破棄された公爵令嬢アルフェッタ。 だが彼女は動揺しなかった。 なぜなら、その瞬間に前世の記憶を取り戻したからだ。 (これが噂の異世界転生・婚約破棄イベント……!) (体験できる人は少ないんだし、全力で楽しんだほうが得ですわよね?) 復讐? ざまぁ? そんなテンプレは後回し。 自由になったアルフェッタが始めたのは、 公爵邸ライフを百倍楽しむこと―― そして、なぜか異世界マンガ喫茶。 文字が読めなくても楽しめる本。 売らない、複製しない、教えない。 料金は「気兼ねなく使ってもらうため」だけ。 それは教育でも改革でもなく、 ただの趣味の延長だったはずなのに―― 気づけば、世界の空気が少しずつ変わっていく。 ざまぁを忘れた公爵令嬢が、 幸運も不幸もひっくるめて味わい尽くす、 “楽しむこと”がすべての異世界転生スローライフ譚。 ※漫画喫茶は教育機関ではありません。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

婚約破棄されたので隣国で働きます ~追放侯爵令嬢、才覚だけで王妃候補に成り上がる~

鷹 綾
恋愛
内容紹介 王宮改革は、英雄の一声では成し遂げられない。 王太子に招かれ、王宮顧問として改革に携わることになった ルビー・エルヴェール。 彼女が選んだ道は、力で押し切る改革でも、敵を断罪する粛清でもなかった。 評価制度の刷新、情報公開、説明責任、緊急時の判断、責任の分配―― 一つひとつの制度は正しくても、人の恐れや保身が、改革を歪めていく。 噂に揺れ、信頼が試され、 「正しさ」と「速さ」、 「個人の覚悟」と「組織の持続性」が、幾度も衝突する。 それでもルビーは、問い続ける。 ――制度は、誰のためにあるのか。 ――信頼とは、守るものか、耐えるものか。 ――改革者は、いつ去るべきなのか。 やがて彼女は、自らが築いた制度が 自分なしでも動き始めたことを確かめ、静かに王宮を去る。 残されたのは、名前の残らない改革。 英雄のいない成功。 だが確かに「生き続ける仕組み」。 これは、 誰かが称えられるための物語ではない。 考えることを許し、責任を分かち合う―― その文化を残すための、40話の改革譚。 静かで、重く、そして誠実な “大人のための王宮改革ファンタジー”。

処理中です...