顔が醜いから婚約破棄された男爵令嬢は、森で昆虫男爵に出会う。

ありま氷炎

文字の大きさ
44 / 56
第三部

絵師アレン

しおりを挟む
「あら、あの馬車」 

 デイビス家の屋敷が近づき、ジャスティーナが声を上げた。 
 屋敷の前に、黒色の馬車が停まっていた。黒色の馬車は一般的であるが、そこに王家の紋章を確認できる。ジャスティーナは不安を覚えたのかイーサンの背中にますます寄り添い、その胸のやわらかな感触が背中を彼を試すように刺激する。 
 惚けそうになったが、彼は彼女を安心させるためにしっかりと返す。 

「心配することはなにもない」 

 イーサンの覚えている記憶の中で、王家の馬車が屋敷を一度だけ訪れたことがある。それは父の葬儀のときで、彼自身は馬車から降りてきた人物が王だと気がつかなかったが、使用人達に言われ、慌てて頭を下げたのを覚えている。 
 彼の昆虫顔をみても、驚くことはなく、むしろ好意的な笑みを浮かべられた。 それから十三年後、直接王にあったのは、四ヶ月前だ。 
 ジャスティーナとシュリンプの婚約破棄の書状を手にするためだった。 
 ーー何か困ったことがあれば、いつでも相談に乗る。 
 幼いときにかけられた言葉はすっかり忘れていたが、彼は思い出して、王を訪ねた。 
 非公式に面談は行われ、イーサンが魔法具の魔力の供給源であることもちらつかせ、婚約破棄の書状を緊急に作ってもらった。 
 王は楽しそうに笑っており、また何かあったら王宮においで、とかなり友好的送り出された。 
 そんなこともあり、イーサンは王家の馬車に驚くこともなく、馬を馬小屋に連れていく。 
 ニコラスが屋敷から慌てて出てきた。 

「お早いお帰りで。でもちょうどよかったです」 

 彼は少し焦っている様子で、まずはジャスティーナを馬から降ろす。イーサンが馬から降りると、ニコラスは馬を小屋の一角につなぎながら、慌てている理由を告げる。 

「王宮から、絵師と名乗られる方が来られております」 
「絵師と名乗られるか……」 

 おそらく絵師を名乗る身分の高い人物なのだろう。 
 イーサンはニコラスの言葉をそう読む。 

「ニコラス。ジャスティーナのドレスが汚れてしまったので着替えを。私はそのまま客人に会う」 
「かしこまりました」 

 彼女は横で二人のやりとりをただ聞いているだけだったが、ニコラスが側に来て状況に気がつく。 

「イーサン。一人で大丈夫?」 
「もちろんだ。ジャスティーナは部屋でゆっくりしていてくれ。あとで軽食も運ばせる」 
「食事はいいわ。イーサン様と後で一緒に食べたいから」 
「そう……か」 

 ジャスティーナの笑みとその言葉はイーサンをあっけなく動揺させる。だが彼は口元を緩めるだけに必死におさめ、応接間に急いだ。 

「ああ、よかった。戻ってきたのか。せっかくきたのに空振りかと思ったよ」 
「へ、」 

 部屋に入ると、すぐに声がかけられ、イーサンは目の前の人物に対して言葉を失った。 
 ハンクは壁の側で青白い顔をしており、護衛と思われる二人の男は無表情で立っている。 
 何やら胃が痛くなりそうな状況で、彼はピクニックを切り上げてきた本当によかったと思う。 
 ジャスティーナに感謝したいくらいの気持ちになりながら、彼は首を垂れた。 

「礼は必要ないよ。ここにいるのは、単なる絵師のアレンだから」 

 アレンは着崩れした茶色のジュストコールをまとっており、椅子にこしかけたまま、イーサンを見上げる。 
 その表情、仕草どう見ても高位の者なのだが、とりあえずイーサンは彼の望むまま、絵師アレンとして話すことにした。 

「アレン様。本日はどういったご用件でしょうか?」 

 イーサンの質問は単刀直入であり、「王」に対してはあり得ないものだ。壁と同化しそうな二人の男達から殺気のようなものを感じて、イーサンは息を飲む。 
 ーー王として接した方が無難だな。 

「今日はな。絵を描きにきた」 
「は?」 

 しかし、アレンの返答によりイーサンの考えは霧散した。 
 不躾に返して後悔したが、二人の男が動くより先にアレンが手の平を合わせ音を立てるのが先だった。 

「君達。今日は、絵師のアレンとしてここにきている。その言葉、しっかり覚えておきなさい」  

 部屋の空気を支配するような圧迫感のある声でアレンが命じ、二人の男は深々を頭をさげると、壁にとけこむように静かになった。 

「邪魔したね。本当融通がきかない者ばっかりで困ったよ。さて、これでもう邪魔はしてこない。君の肖像画を描きたいんだ。協力してくれ」 

 「はい」以外の答えはないのだろう。 
 訳がわからないが、イーサンは承諾するしかなかった。 

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

婚約破棄で異世界転生を100倍楽しむ方法 ‐漫画喫茶は教育機関ではありません‐

ふわふわ
恋愛
王太子エランから、 「君は優秀すぎて可愛げがない」 ――そう告げられ、あっさり婚約破棄された公爵令嬢アルフェッタ。 だが彼女は動揺しなかった。 なぜなら、その瞬間に前世の記憶を取り戻したからだ。 (これが噂の異世界転生・婚約破棄イベント……!) (体験できる人は少ないんだし、全力で楽しんだほうが得ですわよね?) 復讐? ざまぁ? そんなテンプレは後回し。 自由になったアルフェッタが始めたのは、 公爵邸ライフを百倍楽しむこと―― そして、なぜか異世界マンガ喫茶。 文字が読めなくても楽しめる本。 売らない、複製しない、教えない。 料金は「気兼ねなく使ってもらうため」だけ。 それは教育でも改革でもなく、 ただの趣味の延長だったはずなのに―― 気づけば、世界の空気が少しずつ変わっていく。 ざまぁを忘れた公爵令嬢が、 幸運も不幸もひっくるめて味わい尽くす、 “楽しむこと”がすべての異世界転生スローライフ譚。 ※漫画喫茶は教育機関ではありません。

私を婚約破棄した国王が処刑されたら、新しい国王の妃になれですって? 喜んで…と言うとでも?

あんど もあ
ファンタジー
幼い頃から王子の婚約者だったアイリスは、他の女性を好きになった王子によって冤罪をかけられて、田舎で平民として生きる事に。 面倒な貴族社会から解放されて、田舎暮らしを満喫しているアイリス。 一方、貴族たちの信頼を失った王子は、国王に即位すると隣国に戦争を仕掛けて敗北。処刑される。 隣国は、アイリスを新しい国王の妃にと言い出すが、それには思惑があって…。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...