元第二王子とヒドインの子は復讐を誓う。

ありま氷炎

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第五章 ざまぁの子は復讐を……。

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 メルヒの駆ける速さは予想以上で、切るような風が頬に当たり、振り落とされないようにセインは彼女の体にしがみつく。
 すると少しだけ震えたような気がして、彼はそんな状況なのに口元が緩んでしまった。

「物を運ぶように持たないでくださいよ。バイゼル」
「暴れるな、落とすぞ」

 頭上からそんなやり取りが浮かび、緊張感が薄れてくる。
 けれども追いかけてくる兵士や騎士たちもいて、状況は厳しい。

 ーー今日しかない。もう後はない。

 殺されてしまった間者の姿が目に浮かぶ。
 酷い殺された方で、少し前に会話を交わしたことを思い出す。
 普通の青年にしか見えなかった間者。
 
 ーー今後失敗したら二度目はない。けど、逃げるなんて選択は絶対にない。

「ごめん。メルヒ」

 少し唸り声が聞こえて、セインは自分がメルヒの黒い毛を引っ張っていたことに気が付く。
 
「止めろ!王のところへ行かせるな!」
「賊だ!魔族だ!」

 怒声の中、メルヒは彼を乗せて階段を登っていった。

「着いた!」

 扉は硬く閉じられ、そこには数人の騎士が壁のように立っている。
 セインはメルヒから降りて、兜を脱いだ。
 騎士たちから半分、驚き、落胆なような声が聞こえる。

「城を追い出されたカイルとミエルの子、セインだ。今日こそ復讐を果たさせてもらう」
「殿下!血迷うのはやめてください」
「止めても無駄だ。反逆者だ!」

 騎士の中には諫める者がいたが、最終的には別の声にかき消された。
 セインが剣を抜き、メルヒが構える。転げるようにラギルがやってきて、ゆっくりとバイゼルがその後から歩いてきた。

「魔族だ!セイン殿下。いや、反逆者セイン!人への裏切りだ」
「裏切り?最初に裏切ったのは人だ。僕は人に裏切られた」

 喚きだす騎士たちに、セインは笑って返した。






 扉の向こうでは怒声が響き渡っている。
 それに反して、謁見の間は静まり返っていた。
 部屋にはただ三人の者がいるだけだった。
 王、王妃、宰相の三人だ。

「見事にフェンデルは囮の役目を果たしましたね」

 顎髭を弄びながら宰相のステファンが沈黙を破った。
 追い込まれているのに彼は落ち着きを払っており、それは王も同様だった。

「セインはフェンデルには気を許しているように見えたからな。当然だ」

 トールは扉へ眼差しを向けており、隣の王妃は両手を組んでその茶色の瞳を不安げに揺らす。

「ジョセフィーヌ。このことは君も予想していたことだろう?なぜ、そう不安そうなのだ?」
「トール様。今こそ、私の考えを話すとき。聞いていただけますか?」
「もちろんだ。我が妻よ」

 王が答えると、ジョセフィーヌは立ち上がり彼の傍に寄り添うように立った。

「……君は……」

 囁くような彼女の語り、それを聞き終わり、トールは息を吞む。
 ステファンはその間口を挟まずただ見守ることに徹している。

「ごめんなさい。トール様。けれども信じて。私は、ジョセフィーヌはあなたを愛していました」
「……君の夫として、人の国の王として、それを受け入れるしかないだろうな。後はステファンか」
「何事でしょうか?」

 宰相ステファンは、王に首を垂れた。

「お前はなぜジョセフィーヌが強力な魔法を使えるのか知っていたのか?」
「歴史を紐解けば……ある推測にあたりました」

 トールは先ほど聞かされたジョセフィーヌの秘密にまだ信じきれない気持ちでいるのだが、ステファンの声には動揺すら感じられなかった。

「人は本来魔法を使えない。けれども、代々、ジョセフィーヌ様のグレン家は強力な魔法使いを輩出してきた。そしてそのほかの魔法使いは、ごく決まった魔法しか使えない。いや、それは本当は魔法とはいえない。グレン家の力を受け継ぐ女性、その者が描く魔法陣によって、人は魔法を使ってきた。そしてその強力な魔法使いはリグレージュ様と関係している」
「……ステファン、そこまで知っていたのですか?」
「推測が大きいですがね。やはりだったのですね」
「ステファン。そこまで知っていてなぜお前は私に話さなかったのだ」
「推測にすぎませんでしたし、王妃殿下が否定してしまえばそれで終わる話ですから」

 宰相はジョセフィーヌに鋭い視線を向けたまま続ける。

「陛下。王妃殿下は他に何を語ったのですか?」
「ステファン」
「おおかた、リグレージュ様のために死ね、とでもいわれましたか?」
「ステファン!」

 トールは唇をゆがめて笑う宰相を叱咤する。けれども彼は口を閉じなかった。

「陛下。だまされてはなりません。このジョセフィーヌ様はリグレージュ様そのものではありません。彼女の願いがリグレージュ様の願いとは限りません。初めからその予定でしたか?ジョセフィーヌ様、あなたはカイル様を愛してやまない。そしてその子、セインにこの国を託したいと思っている」
「やめぬか。ステファン」
「セインにこの国をくれてやるくらいなら、人の国はトール王で終わるべきです」
「何をいうのだ!」
「ステファン。リグレージュ様の願いは平和。子どもたちが争わない世界を作ること。セインとメルヒによって、人と魔の国を治めてほしいと思っております。そのため……」
「陛下を殺すつもりですか?」
「ステファン!」

 今度こそ激昂して臣下の名を呼び、トールは妻であり、王妃であり、リグレージュの一部であるジョセフィーヌを見つめる。

「私は子どもたちの世界を一つにしたいのです。そのために魔王を倒します。彼は世界の統一を邪魔する者。そして……」
「ジョセフィーヌ。最後に一つだけ聞きたい。本当に君は私のことを愛してくれていたか?」
「はい。心の底から」
「嘘が下手くそだな。それども、私はそれを真実と思おう」
「陛下!」
「ステファン、お前には悪いことをした。私はよい王にはなれん」

 トールは剣を鞘から抜くと己の首元に当てた。

「君に私を殺させぬわけにはいかないからな。ジョセフィーヌ。愛している」
「陛下!」

 ステファンが止めようとしたのだが、それは間に合わず、トールは自らの首を掻き切る。

「陛下!!」

 その首から大量の血が噴出して、床を血に染める。
 ジョセフィーヌはゆっくりと倒れるトールの体を抱きしめた。

「ごめんなさい」
「この外道め!貴様は自分の願いのために!」
「ステファン。私は魔王をこの手で葬った後、トール様の後を追います。その後、あなたはセインを支えてくれませんか?」
「そんなこと!」
「す、ステファン……」

 王妃の腕の中でトールが宰相の名を呼ぶ。

「……陛下。なんてことを私に頼むのです。なんてことを」

 王は虚ろな目をしており、それはとうとう光を失う。体中から力が抜け鉛の様な重さになり、王妃はよろけそうになったが堪えた。

「お願い。ステファン」
「……畏まりました。王妃殿下」

 彼は震える手をもう片方の手を掴み、唇をぎゅっと噛んでいた。その唇が血に染まり、その瞳から涙がこぼれる。
 ステファンは王の躯を抱く王妃に首を垂れた。
 


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