彼氏なんてありえない

ありま氷炎

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大晦日の夜

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「ついたぜ」

 俺は旅館の駐車場に車を停めた。去年と同じ。ここの旅館に泊まって時間が来たら歩いて初日の出が見える場所に行くつもりだった。だが、去年は勇と一緒に馬鹿みたいに飲みすぎて眠ってしまい、初日の出などとうに登ってから目覚めた。
 今年は皆に誘いをかけたが、大樹しか空いていなかった。だからあいつと二人分予約したのに!
 あの野郎!
 怒りがまたこみ上げてきて俺はこぶしを握る。

「灘さん?」

 すると忠史が訝しげに俺を呼ぶ。

 ああ、今忠史と一緒にいるんだった。こいつは関係ない。
 初日の出参観に付き合ってもらって、感謝しなければ。

「降りようぜ。この旅館の温泉気持ちいいんだ。温泉終わったら、酒とうまい飯。朝まで飲んで、初日の出~!」

 俺は久々に温泉に入れる喜びで、大樹への怒りを忘れる。そして忠史を誘うまでに感じていた不安など、まったく頭の中から消えていた。だからあいつが困ったような顔をしていたなんて気が付きもしなかった。


「えっと、俺……後から入ります」

 旅館に入り、部屋で浴衣に着替え始めた俺から顔をそらして、忠史はそう言った。
 えっと、まさか……意識されてる?
 俺は急に恥ずかしくなって、慌てて浴衣を羽織り、帯を締めた。

「あ、じゃあ。俺、先に行くわ」

 そしてよそよそしく、部屋を出て行く。

 友達だよな。
 俺はあいつを友達と思ってる。
 だけど、忠史は……。
 いや、ゲイだから、きっと男の裸とか見るのが恥ずかしいんだ。
 でもそうだったら、裸を見てムラムラしたりするのか?
 
 ……その感覚と同じってことか?
 いや、でも、俺と忠史は友達だ。
 勇と同じで清き友情で結ばれてるはずだ。
 しかも奴は綺麗か可愛い顔が好みといっていた。

 俺は不細工には入らないと思うが、けしてハンサムとか、きれいとか、可愛いとかそう言う部類に入る顔じゃない。
 だから、大丈夫。
 俺だって、王さんにふらっときたけど、王さんが女性みたいに綺麗だったからだ。
 俺はノーマル。女の子が好きなんだから。

 でも気をつけたほうがいいのか?俺?

 なんだか、温泉につかりながらゲイという存在について考え込んでしまい、風呂場を出たときは長湯のためか、ふらふらしていた。

「灘さん!」

 そう呼びかけれたのか先か、倒れこんだのが先はわからないが、俺は気がつくと奴の腕の中にいた。

「忠史!」

 飛び上がりそうになり、俺は体を起こす。

「大丈夫ですか?」

 奴はそんな俺をただ心配そうに見ている。

「ああ、大丈夫。お前の今から温泉?よかったぞ。ゆっくり浸かってこいよ」

 忠史は浴衣姿になっていた。俺があまりにも遅いから痺れを切らして来たに違いなかった。気がつけば廊下の窓から見える空が夕暮れ時だ。

「部屋まで送りましょうか?」
「あ、大丈夫。俺一人で戻れるから」

 俺は奴に手を振って、一人で歩き出す。ぐらりと眩暈がしたが、堪え、一歩一歩歩いていく。
 忠史の視線を背中に感じたが、追いかけてくることはなかった。
部屋に辿り着き、畳にごろんと横になる。
 ひやりと冷たい感触が気持ちよかった。

「……変じゃなかったよな」

 俺まで意識してるってなったら、もうまずい。
 いや、奴が意識してるって決め付けたわけじゃないけど。

 やっぱり、誘うべきじゃなかったかもしれない。

 俺はくしゅんとくしゃみをして寒気を感じるまで、そうやって畳の上で横になっていた。

 でも俺の不安は、旅館自慢の懐石料理と日本酒が運ばれてきて吹き飛んだ。忠史も別に俺に遠慮するわけでもなく、友達として普通に接し、料理を食べながら酒を飲む。

 1時間もすると酔いがいい感じで回ってきて、幸せな気分になった。

「忠史、今日は本当ありがとう。友達にドタキャンされてどうしようかと思ってたけど。本当来てもらってうれしい」

 俺は向かいに座る奴の肩をばんばん叩く。

「俺も誘ってもらってよかったです。あのクリスマスから連絡がなかったから、怒らせたかもしれないって心配だったんです」
「あ、悪かったな。ごめん」

 自分勝手に勘違いして、連絡をとってなかった。俺は本当に申し訳ない気分になる。 
 こんないいやつなのに、俺は。
 まったく。

「忠史、飲め。今日は一緒に朝まで飲もうぜ」

 俺はとっくりを掴むと、奴のおちょこに注ぐ。

 それからまったく記憶がなかった。

 目を覚ますと、部屋は真暗で俺は布団の上で寝かされていた。隣にも同じように布団が敷かれていたが、忠史はいなかった。腕時計を見ると時間は11時。
 
 まだ今年か。
 俺はそのことにほっとする。

 忠史はどこにいったんだろう?

 布団から出ると寒さを感じ、壁に掛けていたコートを羽織る。襖を開け、隣の部屋に入ると窓際に影が見えた。

「……起きたんですね」

 その影は忠史で、俺はその陰を帯びた顔にどきっとする。

「俺……酔いつぶれて寝たんだ?」
「はい。だから、布団を敷いて寝かせました。気分がどうですか?」
「あ、うん。悪酔いはしてないみたいだ。ありがとう」
「よかったです」

 忠史はそう言うと再び窓のほうに目を向ける。

「何か見えるのか?」
「いや、別に」

 それでも彼が食入るように見ているので、俺は気になって忠史の横に並んで外を眺める。
 ぼんやりとした明かりに照らされ、庭の様子が映し出される。でも美しいとか、そういうものでもなかった。

「……忠史は庭が好きなのか?」
「え、まあ」

 彼はあいまいに笑う。
 庭か、俺はまったく興味ないけど。

「そうだ。忠史。庭なんか見てないで、初詣に行かないか?もうすぐ年が明ける。初日の出と思ってたけど、まだ時間がありすぎるし、どうだ?」

 目がなんだか覚めていた俺は、初日の出まで一眠りする気も起こらなかった。去年、嫌今年か。寝坊した俺と勇はとりあえず近所の神社に初詣に行った。だから道はだいたい覚えていた。

「……初詣。いいですけど」
「じゃ決まりな」

 なぜか乗り気じゃない忠史に強引にそう言って、俺は部屋に戻って着替え始めた。少しして、忠史が来て着替え始める。一瞬部屋の外に出ようかと思ったが、それじゃおかしいと思い、背だけ彼に向けて着替えが終わるのを待った。

「灘さん、行きましょう」

 ダウンジャケットを着た忠史が俺に声をかけ、俺達は一緒に部屋を出た。


 少し歩いて。俺は心底後悔した。
 去年確かに初詣に行ったが、日が昇ってからだった。
 だから、今みたいに暗いとさっぱり道がわからなかった。

「忠史、ごめん。迷った」

 10分後、俺は素直にそう白状し、俺より3つ年下の奴はため息をついた。吐く息も白い。温度は結構下がり、俺は腕をさする。するとふわっと首元が温かくなった。

「マフラー貸しますよ。俺はかなり暖かいので」
「悪いな。ありがとう」

 俺はありがたくマフラーを借りて、首にしっかり巻きつける。それだけでもかなり違う。 

「人影が見えないな。どうしようか」

 あたりをぐるりと見渡しても、人の影は見えない。しかし、大晦日の夜。民家の人はすべて起きているようで、家の明かりはちらほら確認できる。

「こんな時間に人の家に勝手に訪ねるのは不審者だよな」

 俺は民家しか見えなくなった通りをぐるりと見渡した。

「灘さん!あれ」

 ふいに忠史が指を指した方向に、ぼんやりと鳥居らしきものがあった。

「神社だ!」 

 俺は嬉しくなって駆け出す。すると彼も俺の後を追いかけてきた。
 息を切らせて、鳥居のある場所に辿り着く。
 確かにそれは鳥居で、奥に神社があった。しかし、田舎の神社なのか、しんと静まり返ってる。

「まじで?開いてない?」
「そうみたいですね」

 大晦日の夜に開いていない神社があるなんて、聞いたことがなかった。しかし、真暗で人の気配がまったくない。

「……忠史。ごめん。まじでごめん」

 俺の思いつきで言ってしまったが、結局時間だけを食ってしまい、意味がなかった。
 でも彼は笑っただけで、怒ってる様子はなかった。

「謝らなくてもいいですよ。部屋でじっとしてても眠れなかったですから」
「……そうか。よかった」

 俺はほっとして、歩き始める。

「あ!」

 旅館までの帰り道を歩いていると、突然忠史が声をあげた。

「明けましておめでとうございます。」

 にっこり笑ってそう言われ、俺は腕時計を見る。すると年はすっかり明け、12時半になっていた。

「ああ、もう。カウントダウンまでできなかった。本当にごめん。忠史。とりあえず明けましておめでとう」
「はい。今年もよろしくお願いします」
「うん。俺も今年もよろしくお願いします」

 道のど真ん中、俺達以外は誰も歩いていないのだが、俺と忠史はお辞儀をし合う。
それがなんだかこっけいに思えて俺達は笑い出した。

 そうしてお腹がいたくなるまで笑い、旅館に戻る。

「灘さん、飲みなおしませんか?」

 部屋についたら忠史がそう誘う。
 どうやら、料理は下げてもらっていたが、お酒は手元に残していたらしい。テーブルにおちょこととっくりが置いてあった。

「冷えてるよなー」
「はい。でもこれはこれで美味しいと思いますよ」
「……そうだな」

 眠気はまったくなかった。初日の出まではまだ時間がたっぷりありそうだった。

 俺は忠史に誘われるまま、その向かいに座りおちょこに酒を注いでもらう。

「灘さん、俺。灘さんと知り合えてよかったです」
「?」

 突然そう言われ、俺は口に運びかけておちょこを止める。

「別に深い意味はないです!飲んでください」
「ああ、そうか。あ、俺もお前と知り合えてよかった。本当いつもありがとう」

 俺は極度のさびしがりやだ。彼女ともそんなんでいつも別れを切り出されてる。だから去年は忠史によく飲みにつきあってもらった。こいつはいい聞き役で、よく笑い俺の話にも付き合ってくれた。

「乾杯しましょう。灘さん」
「うん。乾杯!」

 俺と忠史はお互いのおちょこをかつんと当て、中身を飲み干す。新年のお酒は冷えていたが、心に浸みるいい味だった。とっくりの酒を飲み干し、室内の冷蔵庫の中のビールを取り出す。
 結局。俺は酔いつぶれるまで飲んでしまい、目覚めたときはすでに朝日がすっかり昇っていた時刻だった。
 忠史はなぜか先に起きており、初日の出を見たかとたずねると、幸せにそうに笑った。彼曰く、俺も見たらしいがまったく記憶がなく、来年こそは見てやると宣言した。すると、隣にいた忠史が来年の一緒に見てもいいですかと聞いてきた。

「いいけど。彼女、いや彼氏ができたら無理しなくてもいいからな」
「……大丈夫です。絶対にできてないですから」

 忠史はやけに自信たっぷりにそう言う。

 新年はこうして明けたのだが、俺にとってこの新年が新しい人生の始まりになるとはこの時は予想すらしていなかった。

 
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