皇太子殿下の愛奴隷【完結】

野咲

文字の大きさ
36 / 94
第1章

アンソニーの悩み

しおりを挟む
 競技場から王城へと戻る馬車に、アンソニーとアイルは二人で乗っていた。アイルは最初、アンソニーの足元、床の上に座ろうとしたのだが、アンソニーが無言で向かいの座席を指さしたので恐る恐るそこに座った。座席の上にはふかふかのクッションが置いてあった。第一試験が終わった後にアンソニーが約束してくれた、傷ついたアイルの尻たぶを守るための柔らかいクッションがこれだと、アイルはすぐに気づいた。
「アンソニー様……! ありがとうございます!」
 アイルは目をキラキラと輝かせて礼を言った。しかしアンソニーは表情も変えず、黙ったままだった。
 アンソニー様、もしかして僕に怒ってらっしゃるのかしら?
 アイルのうれしかった気持ちが、一瞬でしぼんでいってしまった。

 今日の競技会もアイルとしては一生懸命頑張ったし、観客も最後には喜んでくれていたから、アンソニーもきっと満足してくれたのだとアイルは思っていた。でもきっと、それは大きな勘違いだったのだ。よくよく考えてみれば、数え切れないほど失敗もしたし、ゴールも制限時間ギリギリだったのだから、怒られて当然だ。
 アイルは悲しい気持ちになって、下唇をかみしめてうつむいた。


 一方、アンソニーは悩んでいた。
 今日のアイルは、なかなか頑張ったと思う。第二王子付きの奴隷、リズの自滅に助けられたとはいうものの、何年も調教されてきた他の王子たちとそれなりにいい勝負を繰り広げ、仮にも二位の成績を収めたのだ。しかし、ここで手放しに褒めてよいものだろうか。
 アイルは少し、調子に乗るところがある。

 前回の忠誠度調査で失態を演じたのも、最初の性的魅力調査での快勝を手放しで褒めすぎたことが原因ではないかとアンソニーは考えていた。
 忠誠度調査に行く前のアイルは自信満々だったが、その結果は惨憺たるものだった。逆に今回の競技会がはじまる寸前のアイルはおどおどして、この世の終わりみたいな顔をしていたが、少し励ましてやると途端にやる気を出して、なかなかの結果を収めた。
 アイルはアンソニーのことばに一喜一憂しすぎるのだ。それはアイルの可愛いところでもあったが、皇太子選抜試験を勝ち抜くうえではよいことでもない。
 今回はあまり褒めすぎない方がいいかもしれない。

 馬車は王城に到着した。アンソニーはアイルに一言も声を掛けないまま馬車を降り、そのまま自分の部屋へ向かった。アイルはその後をとことこと、所在なさげについていった。




「アイル」
 部屋に着き、服を着替えてからやっとアンソニーはアイルに声を掛けた。
「今日は兄上の奴隷の失敗に助けられたが、あんなに時間がかかっては、本来ならお前が最下位だっただろう。本来あるはずのご褒美エッチも見られなくて観客も落胆させた。お前はもっと努力しないといけない。分かるな?」
「はい……」
 アイルは俯いて答えた。
「よし。じゃあ、今日は朝が早かったから、俺はひと眠りする。お前も自由にしていいぞ」
「はい」
 そう言って、アンソニーはベッドに入った。アイルはアンソニーが置いてやったふかふかクッションの上に座って、しょんぼり俯いていた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。

かとらり。
BL
 セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。  オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。  それは……重度の被虐趣味だ。  虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。  だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?  そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。  ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…

ふたなり治験棟 企画12月31公開

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

処理中です...