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第1章
アンソニーの悩み
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競技場から王城へと戻る馬車に、アンソニーとアイルは二人で乗っていた。アイルは最初、アンソニーの足元、床の上に座ろうとしたのだが、アンソニーが無言で向かいの座席を指さしたので恐る恐るそこに座った。座席の上にはふかふかのクッションが置いてあった。第一試験が終わった後にアンソニーが約束してくれた、傷ついたアイルの尻たぶを守るための柔らかいクッションがこれだと、アイルはすぐに気づいた。
「アンソニー様……! ありがとうございます!」
アイルは目をキラキラと輝かせて礼を言った。しかしアンソニーは表情も変えず、黙ったままだった。
アンソニー様、もしかして僕に怒ってらっしゃるのかしら?
アイルのうれしかった気持ちが、一瞬でしぼんでいってしまった。
今日の競技会もアイルとしては一生懸命頑張ったし、観客も最後には喜んでくれていたから、アンソニーもきっと満足してくれたのだとアイルは思っていた。でもきっと、それは大きな勘違いだったのだ。よくよく考えてみれば、数え切れないほど失敗もしたし、ゴールも制限時間ギリギリだったのだから、怒られて当然だ。
アイルは悲しい気持ちになって、下唇をかみしめてうつむいた。
一方、アンソニーは悩んでいた。
今日のアイルは、なかなか頑張ったと思う。第二王子付きの奴隷、リズの自滅に助けられたとはいうものの、何年も調教されてきた他の王子たちとそれなりにいい勝負を繰り広げ、仮にも二位の成績を収めたのだ。しかし、ここで手放しに褒めてよいものだろうか。
アイルは少し、調子に乗るところがある。
前回の忠誠度調査で失態を演じたのも、最初の性的魅力調査での快勝を手放しで褒めすぎたことが原因ではないかとアンソニーは考えていた。
忠誠度調査に行く前のアイルは自信満々だったが、その結果は惨憺たるものだった。逆に今回の競技会がはじまる寸前のアイルはおどおどして、この世の終わりみたいな顔をしていたが、少し励ましてやると途端にやる気を出して、なかなかの結果を収めた。
アイルはアンソニーのことばに一喜一憂しすぎるのだ。それはアイルの可愛いところでもあったが、皇太子選抜試験を勝ち抜くうえではよいことでもない。
今回はあまり褒めすぎない方がいいかもしれない。
馬車は王城に到着した。アンソニーはアイルに一言も声を掛けないまま馬車を降り、そのまま自分の部屋へ向かった。アイルはその後をとことこと、所在なさげについていった。
「アイル」
部屋に着き、服を着替えてからやっとアンソニーはアイルに声を掛けた。
「今日は兄上の奴隷の失敗に助けられたが、あんなに時間がかかっては、本来ならお前が最下位だっただろう。本来あるはずのご褒美エッチも見られなくて観客も落胆させた。お前はもっと努力しないといけない。分かるな?」
「はい……」
アイルは俯いて答えた。
「よし。じゃあ、今日は朝が早かったから、俺はひと眠りする。お前も自由にしていいぞ」
「はい」
そう言って、アンソニーはベッドに入った。アイルはアンソニーが置いてやったふかふかクッションの上に座って、しょんぼり俯いていた。
「アンソニー様……! ありがとうございます!」
アイルは目をキラキラと輝かせて礼を言った。しかしアンソニーは表情も変えず、黙ったままだった。
アンソニー様、もしかして僕に怒ってらっしゃるのかしら?
アイルのうれしかった気持ちが、一瞬でしぼんでいってしまった。
今日の競技会もアイルとしては一生懸命頑張ったし、観客も最後には喜んでくれていたから、アンソニーもきっと満足してくれたのだとアイルは思っていた。でもきっと、それは大きな勘違いだったのだ。よくよく考えてみれば、数え切れないほど失敗もしたし、ゴールも制限時間ギリギリだったのだから、怒られて当然だ。
アイルは悲しい気持ちになって、下唇をかみしめてうつむいた。
一方、アンソニーは悩んでいた。
今日のアイルは、なかなか頑張ったと思う。第二王子付きの奴隷、リズの自滅に助けられたとはいうものの、何年も調教されてきた他の王子たちとそれなりにいい勝負を繰り広げ、仮にも二位の成績を収めたのだ。しかし、ここで手放しに褒めてよいものだろうか。
アイルは少し、調子に乗るところがある。
前回の忠誠度調査で失態を演じたのも、最初の性的魅力調査での快勝を手放しで褒めすぎたことが原因ではないかとアンソニーは考えていた。
忠誠度調査に行く前のアイルは自信満々だったが、その結果は惨憺たるものだった。逆に今回の競技会がはじまる寸前のアイルはおどおどして、この世の終わりみたいな顔をしていたが、少し励ましてやると途端にやる気を出して、なかなかの結果を収めた。
アイルはアンソニーのことばに一喜一憂しすぎるのだ。それはアイルの可愛いところでもあったが、皇太子選抜試験を勝ち抜くうえではよいことでもない。
今回はあまり褒めすぎない方がいいかもしれない。
馬車は王城に到着した。アンソニーはアイルに一言も声を掛けないまま馬車を降り、そのまま自分の部屋へ向かった。アイルはその後をとことこと、所在なさげについていった。
「アイル」
部屋に着き、服を着替えてからやっとアンソニーはアイルに声を掛けた。
「今日は兄上の奴隷の失敗に助けられたが、あんなに時間がかかっては、本来ならお前が最下位だっただろう。本来あるはずのご褒美エッチも見られなくて観客も落胆させた。お前はもっと努力しないといけない。分かるな?」
「はい……」
アイルは俯いて答えた。
「よし。じゃあ、今日は朝が早かったから、俺はひと眠りする。お前も自由にしていいぞ」
「はい」
そう言って、アンソニーはベッドに入った。アイルはアンソニーが置いてやったふかふかクッションの上に座って、しょんぼり俯いていた。
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