余命一年

ざわ

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 前編 

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「まぁ、そんな緊張しなくていいからさ。素直に答えてよ」
 大男は評価シートを挟んだバインダ―を左手に持ち、右手でボールペンを回しながらそう言った。
「わかりました」
俺は気怠そうに面接を始める大男に、呟くようにそう言った。
「まず初めに、粉川くんはどうして我が社、漆黒建設に就職しようとおもったんだい」
正直に親父の知人から向いていると声を掛けられたからと言っていいものなのか、そもそもこの会社が建築系であることしか俺は知らない。
「私は、、、」
俺は模範とされる回答を事前に考え、それを述べて言った。

数分後
 「じゃあ、最後に伝えておきたいことや質問はある?」
 「いえ、ありません」
「なら面接はこれ以上!お疲れ様、気をつけて帰れよ」
そう言いながら大男は部屋を出て行った。
面接では知人から聞いていた事しか聞かれなかった。そのため、事前に用意していた回答しか答えずに済んだ。
俺が帰りの支度をしていると、
「言い忘れてた、書類とかは二週間以内に送るから忘れずに提出してくれよ」
先程面接をしていた大男が部屋の扉から顔をだしながら言った。
「なんの書類ですか?」
「なんのって、内定受諾所だよ。再発行するの面倒くさいから気を付けてくれよ」
後日、書類は自宅に郵送された。

多くの生徒が順々に、タイミングよく改札に交通系ICをかざしながら駅のホームに向かう。そのリズミカルな音の中に違う音が混ざった。
ペンポーン
それと同時にリズミカルであった音は止まり、後ろから異様な圧を感じ始める。
「すいません」
俺、粉川康太朗は身を縮めるように何度も頭を下げながらその場を去る。
「どうして入れないんだ?いつもは定期ですんなり入れるのに」
自身の定期を確認すると、期間が3月31日までと記載されており現在は4月6日でああった。
「定期の更新するの忘れてた...」
どうやら交通系ICの残高でギリギリ登校できていたらしい。
「仕方ない切符を買って帰るか」
財布の中には10円ガムの当たり券と5円が入っていた。
「歩いて帰るか」
ここから自宅まで7.1キロ、徒歩Ⅰ時間半の旅が始まった。

しばらく歩いていると小さな公園があった。今日は始業式だけだったので、学校も早く終わっている。
「平日のこの時間から公園のブランコに乗るって、背徳感あっていいかもな」
自身のカバンを膝に乗せブランコに乗る。
「いつぶりだろうブランコに乗るなんて、子供の頃はブランコを見るだけでテンションが上がれたっけな」
しばらく俺はブランコに揺られながら、何も考えずにボーとしていた。すると、ボロボロでとても汚れた作業着を着た一人の男性が、今にも倒れそうな状態で公園に入ってきた。男は公園の水飲み場を見つけるや否やそこに駆け寄り、顔を濡らす勢いで飲み始めた。
「凄いな、戦いの後みたいだ」
だいぶ水を飲んだその男と、俺は目が合ってしまった。
「気まず、平日にブランコになんて乗るんじゃなかった。サボってるとでも思われてそうだな」
男は下に目線をそらした。少し気まずそうな顔を浮かべながら、頭の後ろをポリポリかきながら後溜息を吐いた。そしてノソノソと歩きながらこちらに近づき、俺の座るブランコの隣に座ったのである。
なんで座るんだ?俺が学校をサボってここにいると勘違いして、さては説教でも始めるのか?こんな時間に制服を着て、一人で公園のブランコに乗っているのは確かにおかしい。
しかし男は何も喋らなかった。それどころか酷く疲れている様子であり、今にも崩れてしまいそうに見えた。俺はその姿に恐怖を感じた、人は何をすればここまで疲労するのか。その男の疲労感は、体だけでなく心まで疲労しているように感じた。
「君は、高校生かな?」
かすれた声で、男は下を向きながら俺に言った。
「はい、」
「何年生かな?」
「3年です」
「そっか、じゃあ最後の年だね」
男の声から、優しさと哀愁が伝わってくる。
「こんな知らない人に聞かれても困るかもしれないけど、君の進路は決まっているのかい?」
深いった質問を突然したことに驚きつつも、素直に答えた。
「一様、建築業界の内定をもらっています」
男は少し目を開きながらこちらを向いた。そしてまた下を向いて言った。
「どうして建築業界に就職する道を選んだのかな?ごめんね、さっきから図々しく聞いてしまって」
「いえ、構いませんよ。建築業界に就職したのは、ただ親父の知人から声を掛けられたからです。何かしたいことも無かったので」
「そう、なんだ。教えてくれてありがとう。」
それ以上男は何も質問してこなかった。次は俺がこの人に質問する番だ、先ほどから図々しくも聞いてきたのだから、少しくらい無礼な質問をしても構わないだろう。
「おじさんは、どうしてそこまで疲れているんですか?」
「おじさんって、僕と君はそんなに歳は離れてないよ」
「ホントですか?」
「僕はまだ20歳だからね」
「え?冗談ですよね…」
どうやら冗談ではないらしい、それほどまでに窶れて分からなくなってしまっている。
「仕事がね、辛いんだよね」
男は魂の抜けるような声でそう言った。
「どんなお仕事を?」
「君の将来と同じ建設業だよ。どうだい、驚いたかい?」
「何となく恰好でそうなんじゃないかって予想はしていました」
男はかるく笑った。
「でも建築業界にも沢山あるからね、君と同じ業務ではないと思うよ。朝5時半に起きて7時から出社、帰れるのは23時頃。それでもって休みが月に一度あれば良い方だから、こうやってサボってでもいないと僕は続けられなくてね」
「どうしてそこまで辛いのに辞めないんですか?」
言った後で、流石に失礼な事を言ったのだと気づいた。
「辞めたくても辞められないのが本音かな、転職する時にどうして退職したのか聞かれるし、あまり早くに辞めてしまうとそれだけで悪印象を持たれてしまうからね。だからこそ、進路にしても就職にしてもきちんと考えた方がいいよ。僕みたいになってしまうからね。そろそろ僕は戻るよ、サボっているのがバレたら怒られるからね。ありがとう、話に付き合ってくれて。大分元気になれたよ」
「いえ、むしろこちらこそ失礼な事を度々言ってしまいすみません。話せて参考になりました」
男は軽くこちらに手を振った後、足早に公園を去っていった。
俺は気づいてしまった、男の作業着に漆黒建設のロゴがプリントされていたことに。
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