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後編
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俺は家に帰ってからも、ずっとあの男の姿と話しが頭から消えなかった。
深夜4時を過ぎる頃、ベッドに入った状態で俺は、カーテンから漏れる街頭の光を見つめながら考えてしまっていた。
あの姿が自身の将来の姿なのか。恐い。あんな姿になりたくない。しかし、何もできない俺には他の選択肢なんてない。誰でもできる、しかし人のやりたがらない様な仕事が俺にはお似合いなんだ。
入社するまでの後一年を、これから俺は鬱になりながら待つのか。
この先俺は辛い思いをしながら働き生き続けるのか?労働をしなければ生きてはいけない。しかし、辛い思いをしてまで生き続ける意味はあるのか。そもそも俺が生まれた意味はなんだ。怖い上司に命令されて、使い捨てられるのが俺の産まれた意味なのか?そんな理由でこの先生きていく意味はあるのか?
入社するまで残り一年、職場を地獄と考えるならまさに余命一年。
考えたくなくても目を閉じれば否応なしに、あのおじさんが目に浮かぶ。すると漠然とした不安と恐怖が襲う。自身が安易に職場(進路)を選んでしまった事に対して、後悔と憤りが時間を追うごとにおおきくなる。一方でこの未来しか自分にはないという仕方なさもある。
外がまだ暗いなか、俺は気づくと外に駆け出していた。部屋のベッドから逃げ出し、無我夢中で外を走った。息が切れ、体中の酸素が不足し、意識が朦朧とした状態がむしろその時は心地良かった。
しばらくそんな状態になりながらも走り続けていると、サッカー場のある河川敷にたどり着いた。そこにあったベンチに腰を下ろし、額の汗を腕で拭いた。
「俺はなにをしているんだ」
今まで何に対しても真面目に取り組んだことは無い。勉強やスポーツは面倒くさいし、芸術には興味がない。趣味と言えるほど長い時間何かに夢中になったことも無いし、長所よりも短所の多い性格。何に興味を持つわけでもなく、何かに不安を抱くこともなく、ただ何も考えずに、日々を生きる事が俺の今までの人生であった。諦めよう、あの姿が俺の将来の姿である事を。きっと考えるだけ無駄なんだ、そう思うと気は少し楽になった。
遠くの方から近づいてくる足音が近くで止まる。
「こんな朝早くから先客がいるとは珍しいな!」
少年のように明るく元気な声で俺に誰かがそう言った。顔をふと上げると、そこにはサッカーボールを持った同い年くらいの男性が立っていた。
「ゴールを独り占めして練習できるのはこの時間しかないもんな。ニシッ」
突然の事に口をあけ思考が停止する。男性を見るに、トレーニングウェアを着てボールを持っている。額に少し汗をかき、こちらを満面の笑みで見つめる。なるほど、この人は俺を勘違いしているんだ。
「違いますよ、自分はサッカーの練習をするためにここに来たわけではないんです。たまたまその時、丁度いいベンチがあったから休憩しているだけで」
「なーんだ、確かにサッカーボール持ってないもんな!ガハハハッ!ならなんのスポーツしてるんだ、おまえ?」
バカみたいにテンションが高い。こんな時間にどこからそんなエネルギーがでているのか不思議だ。
「スポーツは何もやってないですよ」
俺は不愛想に彼に言った。すると彼は目を丸くしながら驚いていた。
「スポーツしてないのにトレーニングしているのか、何でだ?ダイエットか」
「違います、そもそもトレーニングをしているつもりはなかったです」
「そんなに汗をたらしながら、相当走った後に言われてもな」
「いや別に相当走ってないですよ。てか、何ですか急に話しかけてきて」
「いや悪いな、こんな時間に人がいるなんて珍しいからさ。一緒にトレーニングする人がいると思ったら嬉しくてよ。それも同い年くらいだしさ」
少し寂しそうにしながらも、彼は優しい口調で俺に言った。
「それは、期待にそえなくてすみません」
俺は目線を下にそらした。
「いや、俺こそ邪魔したな!ごめん!」
そう言って彼はボールを蹴りながらゴールに向かって行った。
俺はその後すぐに移動しようとも思ったが、睡眠不足と久しぶりの運動に異様に疲れて動けなかった。一生懸命サッカーを練習する彼をボーと眺めていると、気づくと空は薄明になっていた。
しばらく練習していた彼も、休憩のため俺の隣のベンチに腰を下ろした。正直とても気まずい、今になって無理してでも移動しなかった事を後悔している。
「聞いてもいいか?おまえがこんな朝早くからここにいる理由を」
「え?」
「あんな汗だくになりながら走ってここまで来たのに、ここに来てお前は何かしているわけでもないだろ。答えたくないなら無視してくれて構わない」
彼は真剣な表情で、俺を見るわけでもなくただ前を向きながらそう言った。そりゃそうだよな、傍から見たら俺は変人だ。彼の真剣な表情と、その雰囲気に自然と俺の口は動いていた。
「嫌気がさしたんです。自分が何もできない人間だって気づいて。そしたら何も考えたくなくて、何も思い出したくなくて、でも何もしていないとまた考えてしまうから、何かしようと思って、気づいたら家を飛び出していて、息が切れるのも気づかないほど無我夢中で走って、そしたらここにたどり着いていて」
俺は見ず知らずの男性に何を喋っているのか。どうして喋ったのか、それはわからない。けど、誰かに話すだけでここまで落ち着く事ができたのかと少し感動してた。
「なるほど、嫌な事があったのか。何があったのか話すことはできるか?もしかしたら相談に乗れるかもしれないしさ」
「練習を中断してまで聞いてもらう価値はないですよ」
「気にするなよ、そんな事!頼れる時に頼れない人はこれから苦労するぜ。一人で考えたって同じ答えしか出てこないだろうし、話して損はないと思うぜ。気の利いた事が言えるかは別としてな、ニシッ!」
善意しか感じないその笑みを向けられ、頼らないわけにはいかなかった。
俺は自身の将来の事、おじさんの事を話した。大分話していただろうに、彼は俺の話を最後まで真剣に聞いてくれていた。
「なるほどな~将来か。因みに俺の将来の夢はプロのサッカー選手になって世界に俺の名を轟かせたい。その為にまずは高校で成績を作ってスカウトだ」
彼の堂々とした姿と、その自身に満ちた声で俺とは違う生き物なんだと瞬時に理解させる。
「俺の夢を笑わないんだな」
笑える訳がない。大好きな存在があり、自身の可能性を疑わず、目指す道が決まっている。実現してもおかしくないと、彼の風貌から感じてしまうのだ。
「でもな、誰にも言ってないけど正直いつも考えちまうんだ。本当に叶うのかって、このままでいいのかって。周りが将来のために勉強しているなかで、俺はサッカーしかしてない。もしなれなかったらどうしようって。そもそもなれる確率なんてあるのかす、それすら分からない。本気だからこそ自分が一番理解しているんだ、夢までの途方もなく長く細い道と障害物の険しさを。夢を笑われることだって何度もあるし、諦めろと何度も忠告だってうけてる。」
「そうまで思って、どうして夢を目指せるんですか?」
「そりゃ、憧れちまったからだな。一かい夢を見たら、それをなかったことにはできないだろ、想像するだけでワクワクする。俺が、あのスタジアムで点を決めて観客を沸かせる。その瞬間、この世界で俺だけが主人公になれる。」
少年のように彼は目を輝かせながら語る。やはり違うのだと感じた、憧れもする、夢だって見たことはある。しかし、次の瞬間自分には無理なんだって、実現不可能なんだって考える。そうしていつしか夢すら俺は見なくなった。夢を見れる彼に、ただ嫉妬をしてしまう。
「その夢を諦めたくなる瞬間とかなかったのですか?」
俺は嫌味ったらしく言ってしまった。
「まぁ、何度もあったな。」
「あったのにどうして、どうしてまた目指そうと?」
俺は食い気味に聞いてしまった、彼は少し驚いた顔をした。
「そりゃ、夢を諦めて生きるくらいなら俺の生きる意味がなくなる。もし仮に俺しかできない事を俺ができるようになったら、その時俺は俺の産まれた意味を作れる。もし仮に俺が他の誰かができるようなことしかできなかったら、俺が生まれた意味なんてない。そうならない為に一秒でも止まっている時間なんてない。俺の限られた人生の時間を全てサッカーに捧げても届くか分からない世界なんだからってな。時と場合によって考え方も違うが、大抵はこう考えて乗り越えている。」
理由になってない。そんな考えだけで夢のために行動できるものなのか。
「どうしてできると思って行動できるんですか」
俺は下を向きながら強めの口調で言ってしまった。どうしてだろう、この人と話してしまうと冷静さを欠いてしまうのは。
「どうして逆にできないと思って行動しないんだよ。やってできないなら諦めもつくが、やってもないのに諦めがつくかよ」
「今までの経験でわかるでしょう、自分にできる事とできない事くらい」
「いや分からないね、行動してみるまで結果なんて存在しない」
「わかるんですよ、だからこそできないと分かっているのならその行動はしない。するだけ無駄で、期待するだけ虚しいから」
俺がそう言うと流石に彼も怒ってしまったのか、彼は立ち上がった。そもそもなぜ俺はこんなに興奮してしまっているのか。
「おまえ、ここからボールを蹴ってあのゴールに入れる事ができるか?」
彼は目の前に広がるサッカーコートの端にあるゴールを指さして言った。
「そんなのできるわけないじゃないですか。自分は絶対にできるという自慢ですか?」
「いや、俺でもここから絶対入れる自身はない」
自分達の座るベンチからコートまでが15メートルほどあり、ここからゴールまでだとおよそ75メートルも離れていた。
「よし、おまえここからボールを蹴ってあのゴールに入れてみろよ」
彼は自信満々にそう言った。
「絶対入らないから無駄ですよ。ボールが変な方向に飛んで行って、取りに行く時間が無駄になります。」
「ゴールにさえ入れば、そのまま練習できるから無駄じゃないだろ。むしろボールを蹴ってゴールまで運ぶ必要がなくなって効率てきだ」
「入れば、の話ですよね。絶対に入らないから無駄だって話をしていて」
「いいから蹴ってみろよ」
半ば強引に俺は立たされ、足元にボールを置かれた。横で彼は腰に手を当て、自信満々にこちらを向いている。彼は知らないから言えるんだ。俺がどれだけ運動音痴なのかを、きっとボールはへんな方向に飛ぶか、そもそもゴールまで届かないのがおちなんだ。ただこの人の前で俺が恥をかく、嫌だな。
「どんな場所にボールが飛んで行っても、私は取りに行きませんからからね!」
「いいから蹴ってみろよ」
やけくそになりながらも、俺はゴールを目指して思いっきり蹴った。
俺の想像通り、ボールはゴールに届くほどのスピードもなければ方向すらあっていない。ボールはゴールに入ることなく止まった。
「やっぱり、絶対入れるのなんて無理だったんだ」
俺がそっぽをむいた瞬間だ。遠くの方から声がした。
「まだ諦めるは早いだろ!」
声はサッカーコートから聞こえてきた。声の方向には、先ほどまで横にいた彼が俺のボールを追って走っていたのである。
「俺は言ったよな、ゴールに入れてみろって。何も一人の力で入れろという意味では言ってない」
彼は俺の蹴ったボールを勢いよく蹴り、そしてゴールに入れた。
「おまえは想像したか、俺が蹴ってゴールに入れる未来を。できるかできないかなんてさ、きっと環境や運で大きく左右する。だからこそやってみないと分からない。だから俺は行動しないと諦められないって訳、わかったか!」
朝日がちょうど顔を出したその光が彼を包む。俺にはそれが眩しかった。
俺は何でもよかったはず、なのにどうしてこんなにも将来に対して不安を抱き考えてしまうのか。俺には他の選択肢なんてないし、やりたい事だってない、他の可能性なんてないはずなのに。どうして諦められないのか。それはきっと、彼の光に照らされたせいなのだろう。
気温は生暖かく、けれど風は冷たい春独特の気候。俺はその日、幼少期ぶりに夢を見ることができた。
深夜4時を過ぎる頃、ベッドに入った状態で俺は、カーテンから漏れる街頭の光を見つめながら考えてしまっていた。
あの姿が自身の将来の姿なのか。恐い。あんな姿になりたくない。しかし、何もできない俺には他の選択肢なんてない。誰でもできる、しかし人のやりたがらない様な仕事が俺にはお似合いなんだ。
入社するまでの後一年を、これから俺は鬱になりながら待つのか。
この先俺は辛い思いをしながら働き生き続けるのか?労働をしなければ生きてはいけない。しかし、辛い思いをしてまで生き続ける意味はあるのか。そもそも俺が生まれた意味はなんだ。怖い上司に命令されて、使い捨てられるのが俺の産まれた意味なのか?そんな理由でこの先生きていく意味はあるのか?
入社するまで残り一年、職場を地獄と考えるならまさに余命一年。
考えたくなくても目を閉じれば否応なしに、あのおじさんが目に浮かぶ。すると漠然とした不安と恐怖が襲う。自身が安易に職場(進路)を選んでしまった事に対して、後悔と憤りが時間を追うごとにおおきくなる。一方でこの未来しか自分にはないという仕方なさもある。
外がまだ暗いなか、俺は気づくと外に駆け出していた。部屋のベッドから逃げ出し、無我夢中で外を走った。息が切れ、体中の酸素が不足し、意識が朦朧とした状態がむしろその時は心地良かった。
しばらくそんな状態になりながらも走り続けていると、サッカー場のある河川敷にたどり着いた。そこにあったベンチに腰を下ろし、額の汗を腕で拭いた。
「俺はなにをしているんだ」
今まで何に対しても真面目に取り組んだことは無い。勉強やスポーツは面倒くさいし、芸術には興味がない。趣味と言えるほど長い時間何かに夢中になったことも無いし、長所よりも短所の多い性格。何に興味を持つわけでもなく、何かに不安を抱くこともなく、ただ何も考えずに、日々を生きる事が俺の今までの人生であった。諦めよう、あの姿が俺の将来の姿である事を。きっと考えるだけ無駄なんだ、そう思うと気は少し楽になった。
遠くの方から近づいてくる足音が近くで止まる。
「こんな朝早くから先客がいるとは珍しいな!」
少年のように明るく元気な声で俺に誰かがそう言った。顔をふと上げると、そこにはサッカーボールを持った同い年くらいの男性が立っていた。
「ゴールを独り占めして練習できるのはこの時間しかないもんな。ニシッ」
突然の事に口をあけ思考が停止する。男性を見るに、トレーニングウェアを着てボールを持っている。額に少し汗をかき、こちらを満面の笑みで見つめる。なるほど、この人は俺を勘違いしているんだ。
「違いますよ、自分はサッカーの練習をするためにここに来たわけではないんです。たまたまその時、丁度いいベンチがあったから休憩しているだけで」
「なーんだ、確かにサッカーボール持ってないもんな!ガハハハッ!ならなんのスポーツしてるんだ、おまえ?」
バカみたいにテンションが高い。こんな時間にどこからそんなエネルギーがでているのか不思議だ。
「スポーツは何もやってないですよ」
俺は不愛想に彼に言った。すると彼は目を丸くしながら驚いていた。
「スポーツしてないのにトレーニングしているのか、何でだ?ダイエットか」
「違います、そもそもトレーニングをしているつもりはなかったです」
「そんなに汗をたらしながら、相当走った後に言われてもな」
「いや別に相当走ってないですよ。てか、何ですか急に話しかけてきて」
「いや悪いな、こんな時間に人がいるなんて珍しいからさ。一緒にトレーニングする人がいると思ったら嬉しくてよ。それも同い年くらいだしさ」
少し寂しそうにしながらも、彼は優しい口調で俺に言った。
「それは、期待にそえなくてすみません」
俺は目線を下にそらした。
「いや、俺こそ邪魔したな!ごめん!」
そう言って彼はボールを蹴りながらゴールに向かって行った。
俺はその後すぐに移動しようとも思ったが、睡眠不足と久しぶりの運動に異様に疲れて動けなかった。一生懸命サッカーを練習する彼をボーと眺めていると、気づくと空は薄明になっていた。
しばらく練習していた彼も、休憩のため俺の隣のベンチに腰を下ろした。正直とても気まずい、今になって無理してでも移動しなかった事を後悔している。
「聞いてもいいか?おまえがこんな朝早くからここにいる理由を」
「え?」
「あんな汗だくになりながら走ってここまで来たのに、ここに来てお前は何かしているわけでもないだろ。答えたくないなら無視してくれて構わない」
彼は真剣な表情で、俺を見るわけでもなくただ前を向きながらそう言った。そりゃそうだよな、傍から見たら俺は変人だ。彼の真剣な表情と、その雰囲気に自然と俺の口は動いていた。
「嫌気がさしたんです。自分が何もできない人間だって気づいて。そしたら何も考えたくなくて、何も思い出したくなくて、でも何もしていないとまた考えてしまうから、何かしようと思って、気づいたら家を飛び出していて、息が切れるのも気づかないほど無我夢中で走って、そしたらここにたどり着いていて」
俺は見ず知らずの男性に何を喋っているのか。どうして喋ったのか、それはわからない。けど、誰かに話すだけでここまで落ち着く事ができたのかと少し感動してた。
「なるほど、嫌な事があったのか。何があったのか話すことはできるか?もしかしたら相談に乗れるかもしれないしさ」
「練習を中断してまで聞いてもらう価値はないですよ」
「気にするなよ、そんな事!頼れる時に頼れない人はこれから苦労するぜ。一人で考えたって同じ答えしか出てこないだろうし、話して損はないと思うぜ。気の利いた事が言えるかは別としてな、ニシッ!」
善意しか感じないその笑みを向けられ、頼らないわけにはいかなかった。
俺は自身の将来の事、おじさんの事を話した。大分話していただろうに、彼は俺の話を最後まで真剣に聞いてくれていた。
「なるほどな~将来か。因みに俺の将来の夢はプロのサッカー選手になって世界に俺の名を轟かせたい。その為にまずは高校で成績を作ってスカウトだ」
彼の堂々とした姿と、その自身に満ちた声で俺とは違う生き物なんだと瞬時に理解させる。
「俺の夢を笑わないんだな」
笑える訳がない。大好きな存在があり、自身の可能性を疑わず、目指す道が決まっている。実現してもおかしくないと、彼の風貌から感じてしまうのだ。
「でもな、誰にも言ってないけど正直いつも考えちまうんだ。本当に叶うのかって、このままでいいのかって。周りが将来のために勉強しているなかで、俺はサッカーしかしてない。もしなれなかったらどうしようって。そもそもなれる確率なんてあるのかす、それすら分からない。本気だからこそ自分が一番理解しているんだ、夢までの途方もなく長く細い道と障害物の険しさを。夢を笑われることだって何度もあるし、諦めろと何度も忠告だってうけてる。」
「そうまで思って、どうして夢を目指せるんですか?」
「そりゃ、憧れちまったからだな。一かい夢を見たら、それをなかったことにはできないだろ、想像するだけでワクワクする。俺が、あのスタジアムで点を決めて観客を沸かせる。その瞬間、この世界で俺だけが主人公になれる。」
少年のように彼は目を輝かせながら語る。やはり違うのだと感じた、憧れもする、夢だって見たことはある。しかし、次の瞬間自分には無理なんだって、実現不可能なんだって考える。そうしていつしか夢すら俺は見なくなった。夢を見れる彼に、ただ嫉妬をしてしまう。
「その夢を諦めたくなる瞬間とかなかったのですか?」
俺は嫌味ったらしく言ってしまった。
「まぁ、何度もあったな。」
「あったのにどうして、どうしてまた目指そうと?」
俺は食い気味に聞いてしまった、彼は少し驚いた顔をした。
「そりゃ、夢を諦めて生きるくらいなら俺の生きる意味がなくなる。もし仮に俺しかできない事を俺ができるようになったら、その時俺は俺の産まれた意味を作れる。もし仮に俺が他の誰かができるようなことしかできなかったら、俺が生まれた意味なんてない。そうならない為に一秒でも止まっている時間なんてない。俺の限られた人生の時間を全てサッカーに捧げても届くか分からない世界なんだからってな。時と場合によって考え方も違うが、大抵はこう考えて乗り越えている。」
理由になってない。そんな考えだけで夢のために行動できるものなのか。
「どうしてできると思って行動できるんですか」
俺は下を向きながら強めの口調で言ってしまった。どうしてだろう、この人と話してしまうと冷静さを欠いてしまうのは。
「どうして逆にできないと思って行動しないんだよ。やってできないなら諦めもつくが、やってもないのに諦めがつくかよ」
「今までの経験でわかるでしょう、自分にできる事とできない事くらい」
「いや分からないね、行動してみるまで結果なんて存在しない」
「わかるんですよ、だからこそできないと分かっているのならその行動はしない。するだけ無駄で、期待するだけ虚しいから」
俺がそう言うと流石に彼も怒ってしまったのか、彼は立ち上がった。そもそもなぜ俺はこんなに興奮してしまっているのか。
「おまえ、ここからボールを蹴ってあのゴールに入れる事ができるか?」
彼は目の前に広がるサッカーコートの端にあるゴールを指さして言った。
「そんなのできるわけないじゃないですか。自分は絶対にできるという自慢ですか?」
「いや、俺でもここから絶対入れる自身はない」
自分達の座るベンチからコートまでが15メートルほどあり、ここからゴールまでだとおよそ75メートルも離れていた。
「よし、おまえここからボールを蹴ってあのゴールに入れてみろよ」
彼は自信満々にそう言った。
「絶対入らないから無駄ですよ。ボールが変な方向に飛んで行って、取りに行く時間が無駄になります。」
「ゴールにさえ入れば、そのまま練習できるから無駄じゃないだろ。むしろボールを蹴ってゴールまで運ぶ必要がなくなって効率てきだ」
「入れば、の話ですよね。絶対に入らないから無駄だって話をしていて」
「いいから蹴ってみろよ」
半ば強引に俺は立たされ、足元にボールを置かれた。横で彼は腰に手を当て、自信満々にこちらを向いている。彼は知らないから言えるんだ。俺がどれだけ運動音痴なのかを、きっとボールはへんな方向に飛ぶか、そもそもゴールまで届かないのがおちなんだ。ただこの人の前で俺が恥をかく、嫌だな。
「どんな場所にボールが飛んで行っても、私は取りに行きませんからからね!」
「いいから蹴ってみろよ」
やけくそになりながらも、俺はゴールを目指して思いっきり蹴った。
俺の想像通り、ボールはゴールに届くほどのスピードもなければ方向すらあっていない。ボールはゴールに入ることなく止まった。
「やっぱり、絶対入れるのなんて無理だったんだ」
俺がそっぽをむいた瞬間だ。遠くの方から声がした。
「まだ諦めるは早いだろ!」
声はサッカーコートから聞こえてきた。声の方向には、先ほどまで横にいた彼が俺のボールを追って走っていたのである。
「俺は言ったよな、ゴールに入れてみろって。何も一人の力で入れろという意味では言ってない」
彼は俺の蹴ったボールを勢いよく蹴り、そしてゴールに入れた。
「おまえは想像したか、俺が蹴ってゴールに入れる未来を。できるかできないかなんてさ、きっと環境や運で大きく左右する。だからこそやってみないと分からない。だから俺は行動しないと諦められないって訳、わかったか!」
朝日がちょうど顔を出したその光が彼を包む。俺にはそれが眩しかった。
俺は何でもよかったはず、なのにどうしてこんなにも将来に対して不安を抱き考えてしまうのか。俺には他の選択肢なんてないし、やりたい事だってない、他の可能性なんてないはずなのに。どうして諦められないのか。それはきっと、彼の光に照らされたせいなのだろう。
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