監獄の部屋

hyui

文字の大きさ
1 / 32

監獄のへや

しおりを挟む
はしがない会社員。某S社で働いている。だが、会社員といってもやることは雑用ばかりだ。今だってコピーした書類を第2会議室に運んでる最中だ。
(…いつまでこんなことやってるんだろう)
自分で嫌になる。毎日朝7:00に起き、身支度をし、8:00には出社。あとはいつもお決まりのルーティンワーク。なんども同じことの繰り返し。変化のない同じことの連続…。でもそれに慣れてしまっている自分。変わろうとしない自分…。変わりたいとまでは言わない。ただ何か刺激が欲しい…。

ああ…今はそれよりもこの資料を第2会議室に運ばなければ。
この廊下の先の…この扉だ!
「失礼します。」
ノックをして中に入る…。
「やあ、はじめまして。ごきげんよう…。」
…あれ?聞き慣れない声だ。顔をあげると、そこには見慣れない初老の男性がソファに座っていた。
「あの…どちら様ですか?」
「私かい?私はこの部屋の住人だよ。」
「いや、そうじゃなくて…。ここはS社のビル内のはずなのに、どうしてここにその…。」
「部外者がいるのかと?」
「ええ…。」
しかもこの部屋。会社の一室ではない。男の座っているソファも然り、その他にも本棚、
キッチン、ベッドなど…。まるでここに生活しているかのようだ。
「きちんと説明いただかないと、場合によっては警備員を呼びますよ。」
「これはどうも…あなたは勘違いをされているようだ。よろしい。説明させていただきましょう。」

初老の男はソファに座ったまま、コーヒーを啜った、。
「まずここはS社ではありません。ここはどこでもない。いわば異次元の部屋。」
「なんだって!?」
異次元だと。そんな馬鹿な話があるか。
「冗談じゃない。俺はこれから大事な書類を届けないといけないんだ。悪いが失礼するよ。」
俺は振り返り、元来た扉を開けた。だが…。

「やあ。こんにちは。」
さっきの男だ。まったく同じ部屋に入っている。
「ど、どういうことだ…。」
「だから言ったでしょう。異次元だと。」
「嘘だ!俺は信じないぞ!」

それからその部屋にある、ありとあらゆる出口から出てみた。だが結果は同じ。全てこの部屋に出て来てしまった。
「そ、そんな馬鹿な…。」
「諦めなさい。私も色んな方法を試したが、結局出られなかった。」
「嘘だ…。嘘だ…!」
ついさっきまで、いつも通り会社で働いていたんだ。定時になったら上がり、家に帰り飯わを食って風呂に入って寝る。そしていつもの朝を迎える…はずだった。それがいきなり、こんな形で奪われるなんて…!

「そう落ち込まないで。ここでの生活も悪くない。物は常に揃っているし、なぜか腹も減らないんだ。」
男が慰める。だが今はどんな言葉も気休めにもなりそうにない。
「…なあ。あんたはどれくらいの間、ここにいるんだ?」
何の気なしに聞いてみた。さっきの言葉が気にかかったんだ。
「あんた、色んな方法を試したと言ったな。ということはあんたもここに迷い込んできたクチじゃないのか?」
「ええ、そうですよ。私も元々はただの会社員でした。それが突然この部屋に迷い込んでしまったのです。ここに来てから随分になりますが、住めば都といいますか、なかなか快適に暮らしていますよ。」
「どのくらい住んでるんだ?」
「さあ…?何せここには時計がないものでね。」
そういえばそうだ。色んな家具は置いているが、時計だけはない。
「そうだ。携帯…。」
携帯のカレンダーから、住んだ期間が割り出せるんじゃないか?
「あ、あれ…?」
取り出した携帯のカレンダーを見て愕然とした。

【2672年48月52日31時79分】

「な、なんだ、これ…。無茶苦茶だ。」
「やはり、そうなりましたか。ここにはね、時間という概念がないんですよ。」
なんて事だ…。出口もない。時間の経過もない。これはつまり…この部屋で永遠に生きろということか。
冗談じゃない。こんなところで閉じ込められるのはゴメンだ。何とか…何とか出る方法があるはずだ。

そうだ…。俺に一つ仮説が浮かんだ。時間の経過がない、つまりこの部屋のものが何も変化しないのならば、この部屋のものを壊してしまえば、何かしら変化はあるんじゃないか?住人がいなくなればこの部屋自体がなくなるんじゃないか?

無茶苦茶な仮説だ。そんなことは分かっている。だがやってみるしかない。この仮説にしがみつきたい。

「どうしました?気分でも悪いのですか?」
この野郎…。さっきから紳士面でベラベラさ喋りやがって…。不意に目の前の男に殺意が湧いて来た。

気が付けば俺はテーブルの上の灰皿を手に持っていた。その灰皿で男の頭を思いっきり殴った。

一発、二発、三発と…。
一発殴るごとにぐちゃりと嫌な感覚が手に伝わる。ガラス製の透明な灰皿は真っ赤に染まってしまった。

男はしばらくよろよろと立っていたが、やがて耐えきれず、倒れ込んだ。
「…やはり、こう…なりましたか…。」
「…あ?」
血だらけの男が何か言っている。
「私もね…殺したんですよ…。ここの前の住人をね…。あなたと同じく、ここから抜け出したい一心で…。でも出られなかった…。」
「…ふん。最後の負け惜しみか…。悪いが俺はどんなことをやってでも出てやるぞ。」
「いいや…。あなたは出られない…。ここから抜け出るには、こうやって誰かに殺されるしかない…。前の住人もそう言っていた。きっとその前も…、その前の前も…。」
男はた血だらけになりながらも優しげに語っていた。何かから解放される事に安堵したかのように、…。
「おめでとう…。あなたも我々の仲間入りだ…。」
それがその男の最後の言葉だった。男のあ遺体はまるで吸い込まれるように消えていった。

程なくして、男の言っていた意味がわかった。あんなに自由に開いていた扉がびくともしないのだ。もうこの部屋から出る事も叶わない。

あのいつもの風景が今になって恋しくなった。働く場があり、帰る家がある。気晴らしに仲間と飲みに行ったり、旅行に行ったり…。それももう出来ない。
確かに俺は日常の変化を望んだ。だが、もうこれ以上、何も変化はしない。いつまでも、何も変わらないこの部屋で、誰かに殺されるのを待つ。それだけが今の望みだなんて…なんとも皮肉な話じゃないか。

きっといつか、誰かがあの扉を開けて入って来る日が来るだろう。その時は俺もこう言ってやる。
憐れみと期待を込めて…。

「やあ。はじめまして。ごきげんよう…。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...