19 / 32
聖なる夜に…
しおりを挟む
…冬の夜は辛い。体が凍てつく。
俺は街の片隅で、ひっそりと身体を震わせていた。
いつから、こんな体たらくになってしまったのか…。
一昔前、俺は社長だった。といっても、ベンチャー企業の、だが。
小さいながらも、それなりに儲かっていた。多分、そこいらの会社員よりも金は持っていたはずだ。
だが…、不況の波と時代の流れについていけず、会社は倒産。多額の借金を抱える羽目になった。
今ではもう帰る家も、頼るあてもない。俺はいわゆるホームレスに成り下がっていた。
…今、街はカップルや家族連れで賑わっている。サンタやトナカイの格好をした店員が必死にそいつらを呼び込んでいる。
…そうか。いつの間にか12月になっていたのか。
宿無しになってから、もう今が何月で何曜日なのかも分からなくなってしまった。
だが、もうそれすらどうでもいい。私にはこの一年を越すこともどうやら難しいようだ。…もう、目が霞んできた…。
と、体に冷たい感触が触れた。
見上げると曇天から雪がこぼれている。
…ああ、ホワイトクリスマスだな。
街を歩くカップルたちは騒いでいる。ただ雪が降ったというだけでこの騒ぎだ。
ホワイトクリスマスは奇跡の象徴のような、そんな扱いらしい。
奇跡か…。俺には今、一番縁遠い言葉だな。
何せ、もうくたばる寸前のホームレスだ。こんな男を救うことがあればまさしく奇跡だが、こんな男の命など誰も救うまい。
ああ、瞼が落ちる…。願わくば、もう一度あいつらに出会いたかった…。
「森江さん?森江さんじゃないですか!?」
聞き覚えのある声がした…。この声は…!
「…あ…逢沢か…?」
「お久しぶりです!どうしたんですか?こんなところで。」
「…成れの果てだよ。今は事業に失敗して家族からも逃げて、行き場をなくした哀れな男さ。」
「そんな…。森江さんらしくないですよ!事業の立ち上げに誘ってくれたの、森江さんじゃないですか!あの時みたいにまた、誘ってくださいよ!」
…そうだった。俺は彼をビジネスパートナーとして誘ったんだ。元会社の同僚でこいつとはウマがあった。こいつとなら、うまくやれそうな気がしてたんだ。それなのに…。
「…逢沢。すまなかった。俺はお前を見捨ててしまった…。」
「見捨てたって、何がです?」
「お前が会社の経営を何とかしようとしていたのに、俺は会社をお前に押し付け、逃げ出したんだ…。」
「……。」
「すまなかった。本当にすまなかった…!」
「森江さん、頭を上げてください。会社は無くなっちゃいましたけど、僕らふたりでやればきっとまた盛り返せますよ。僕ら最強コンビじゃないですか!」
「逢沢…。」
涙で目の前がボヤける。ぐしぐしと、俺は服の袖で涙を拭いた。
「…そうだな。また俺たちふたりで…。」そう言って目をもう一度開けると、さっきまでいたはずの逢沢がいなかった。
……?幻でも見たんだろうか。
もしこれが神の気まぐれなら粋なことをするもんだ。おかげで会いたかったやつの一人に会えた。
できればもう一人…いや二人か、あいつらにも会いたいもんだなあ…
「あなた?」「パパ!パパだ!」
虚空を見つめているとまた声をかけられた。この声は…!
「良子!良子か!?ああ、卓も…」
…なんて事だ…!別れたはずの良子と息子の卓があの日と変わらぬ姿で目の前に立っている。懐かしい…。
「…今、どうしてるんだ?」
「あなたの方こそ。そんな格好でどうしたのよ。」
「…見ればわかるだろう?ホームレスだよ。」
「あら、そう。」
…やっぱり怒ってるんだろうか。10年前、俺と良子は離婚した。借金を家に残したまま。その後は連絡もとってなかった…。あのあとどうなったのか、知る由はなかった。
「…俺が、憎いか?」
「憎い?何を勘違いしてんのよ。私は怒ってはいても、憎んでなんかいないわ。」
「…でも、怒っているんだな。」
「当たり前よ。何の相談もなしに勝手に飛び出して行っちゃって。一人で全部抱え込んで…!どれだけ心配したか…!」
「良子…。」
「卓もパパと遊びたいって聞かなかったのよ。」
「卓…。」
またしても、涙。今日はなんて日だ…。
「すまなかった!良子、卓。心配かけて…!」
「もういいわよ。こうして会えたんだから。さあ、久しぶりに会えた事だし、どこかに食べにでも行きましょう。」
「え、いや、しかし…。」
「格好が気になるって?いいじゃない。あなたはあなたよ。」
「良子…。」
「パパ!ごはんが終わったらキャッチボールやろ!僕、遠くまで投げれるようになったんだよ!」
「ああ、いっぱい遊ぼう。今までできなかった分、うんと、うんとな…!」
雪の降る寒空の下、俺は家族3人と再会ができた。金がなくなっても、俺には大事な絆が残っていたんだ…!今は、今だけはこの聖夜に感謝できる。
メリー…クリスマス…。
深夜を巡回中の二人の警官が、雪に埋もれているホームレスを発見した。
「…こりゃあ、もう手遅れだな。可哀想に…。」
「いや、そりゃどうですかねぇ。」
「? どういう意味だ?」
「だってこのホームレス、こんな穏やかな顔で死んでるんですよ。何があったか知らないけど、いいことあったんじゃないですか?」
「…きっと、幸せな夢を見て死んだんだろう。この日はそんなことがあっても不思議じゃない。何たってクリスマスだからな。」
俺は街の片隅で、ひっそりと身体を震わせていた。
いつから、こんな体たらくになってしまったのか…。
一昔前、俺は社長だった。といっても、ベンチャー企業の、だが。
小さいながらも、それなりに儲かっていた。多分、そこいらの会社員よりも金は持っていたはずだ。
だが…、不況の波と時代の流れについていけず、会社は倒産。多額の借金を抱える羽目になった。
今ではもう帰る家も、頼るあてもない。俺はいわゆるホームレスに成り下がっていた。
…今、街はカップルや家族連れで賑わっている。サンタやトナカイの格好をした店員が必死にそいつらを呼び込んでいる。
…そうか。いつの間にか12月になっていたのか。
宿無しになってから、もう今が何月で何曜日なのかも分からなくなってしまった。
だが、もうそれすらどうでもいい。私にはこの一年を越すこともどうやら難しいようだ。…もう、目が霞んできた…。
と、体に冷たい感触が触れた。
見上げると曇天から雪がこぼれている。
…ああ、ホワイトクリスマスだな。
街を歩くカップルたちは騒いでいる。ただ雪が降ったというだけでこの騒ぎだ。
ホワイトクリスマスは奇跡の象徴のような、そんな扱いらしい。
奇跡か…。俺には今、一番縁遠い言葉だな。
何せ、もうくたばる寸前のホームレスだ。こんな男を救うことがあればまさしく奇跡だが、こんな男の命など誰も救うまい。
ああ、瞼が落ちる…。願わくば、もう一度あいつらに出会いたかった…。
「森江さん?森江さんじゃないですか!?」
聞き覚えのある声がした…。この声は…!
「…あ…逢沢か…?」
「お久しぶりです!どうしたんですか?こんなところで。」
「…成れの果てだよ。今は事業に失敗して家族からも逃げて、行き場をなくした哀れな男さ。」
「そんな…。森江さんらしくないですよ!事業の立ち上げに誘ってくれたの、森江さんじゃないですか!あの時みたいにまた、誘ってくださいよ!」
…そうだった。俺は彼をビジネスパートナーとして誘ったんだ。元会社の同僚でこいつとはウマがあった。こいつとなら、うまくやれそうな気がしてたんだ。それなのに…。
「…逢沢。すまなかった。俺はお前を見捨ててしまった…。」
「見捨てたって、何がです?」
「お前が会社の経営を何とかしようとしていたのに、俺は会社をお前に押し付け、逃げ出したんだ…。」
「……。」
「すまなかった。本当にすまなかった…!」
「森江さん、頭を上げてください。会社は無くなっちゃいましたけど、僕らふたりでやればきっとまた盛り返せますよ。僕ら最強コンビじゃないですか!」
「逢沢…。」
涙で目の前がボヤける。ぐしぐしと、俺は服の袖で涙を拭いた。
「…そうだな。また俺たちふたりで…。」そう言って目をもう一度開けると、さっきまでいたはずの逢沢がいなかった。
……?幻でも見たんだろうか。
もしこれが神の気まぐれなら粋なことをするもんだ。おかげで会いたかったやつの一人に会えた。
できればもう一人…いや二人か、あいつらにも会いたいもんだなあ…
「あなた?」「パパ!パパだ!」
虚空を見つめているとまた声をかけられた。この声は…!
「良子!良子か!?ああ、卓も…」
…なんて事だ…!別れたはずの良子と息子の卓があの日と変わらぬ姿で目の前に立っている。懐かしい…。
「…今、どうしてるんだ?」
「あなたの方こそ。そんな格好でどうしたのよ。」
「…見ればわかるだろう?ホームレスだよ。」
「あら、そう。」
…やっぱり怒ってるんだろうか。10年前、俺と良子は離婚した。借金を家に残したまま。その後は連絡もとってなかった…。あのあとどうなったのか、知る由はなかった。
「…俺が、憎いか?」
「憎い?何を勘違いしてんのよ。私は怒ってはいても、憎んでなんかいないわ。」
「…でも、怒っているんだな。」
「当たり前よ。何の相談もなしに勝手に飛び出して行っちゃって。一人で全部抱え込んで…!どれだけ心配したか…!」
「良子…。」
「卓もパパと遊びたいって聞かなかったのよ。」
「卓…。」
またしても、涙。今日はなんて日だ…。
「すまなかった!良子、卓。心配かけて…!」
「もういいわよ。こうして会えたんだから。さあ、久しぶりに会えた事だし、どこかに食べにでも行きましょう。」
「え、いや、しかし…。」
「格好が気になるって?いいじゃない。あなたはあなたよ。」
「良子…。」
「パパ!ごはんが終わったらキャッチボールやろ!僕、遠くまで投げれるようになったんだよ!」
「ああ、いっぱい遊ぼう。今までできなかった分、うんと、うんとな…!」
雪の降る寒空の下、俺は家族3人と再会ができた。金がなくなっても、俺には大事な絆が残っていたんだ…!今は、今だけはこの聖夜に感謝できる。
メリー…クリスマス…。
深夜を巡回中の二人の警官が、雪に埋もれているホームレスを発見した。
「…こりゃあ、もう手遅れだな。可哀想に…。」
「いや、そりゃどうですかねぇ。」
「? どういう意味だ?」
「だってこのホームレス、こんな穏やかな顔で死んでるんですよ。何があったか知らないけど、いいことあったんじゃないですか?」
「…きっと、幸せな夢を見て死んだんだろう。この日はそんなことがあっても不思議じゃない。何たってクリスマスだからな。」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる