破滅の足音

hyui

文字の大きさ
上 下
8 / 36

好き嫌い

しおりを挟む
太郎君はお肉が大好き。だけど野菜は大嫌い。
「だってまずいんだもん!」
もう8歳になる我が子のワガママを、お母さんはなんとかしようとしていた。
「太郎?野菜もしっかり食べないと大きくなれないわよ?」
「そんなことないもん!大きくなってるよ!ほら!」
太郎君はでっぷりと太った腹をお母さんに見せた。
「太郎…。そんなおデブじゃ女の子にモテないわよ?」
「それもうそだね!隣の花子ちゃんが僕のこと好きだって言ってたもん!」
「あら、本当?」
「うん!子豚みたいで美味しそうって!食べちゃいたいって!」
花子ちゃんのコメントにお母さんは苦笑いした。
「太郎…。多分それはちょっと違う意味だと思うな。」
「とにかく野菜なんて食べない!絶対食べないもん!」
意固地な太郎君に、お母さんは頭を抱えた。



10年後、太郎君は大学に入学した。
きている服がパッツパツになるほどに彼は太っていた。
「よお!太郎!お前も同じ大学だったんだな!」
高校時代の友人、アキラが声をかけてきた。アキラは挨拶代わりに太郎の腹をつまむ。
「アキラ、お前も一緒か!嬉しいな~。」
「俺もだよ!しかし、相変わらずデブだな、お前は~。」
「いいだろ?別に。おかげで冬は寒くなくて済むぜ。」
「でも夏は暑いだろ?」
「それを言うなよ。」
くだらないトークで盛り上がる二人。受験の時以来の再会だ。
「しかし、いい加減痩せねえとな。野菜もいい加減食ったらどうだ?」
「嫌だよ。まずいもん。」
「まずくねぇって。野菜も味わって食えばなかなかいけるぜ?」
「とにかく嫌なもんは嫌。今まで肉ばかりの生活で困ったことないし。」
「サイズの合う服選びには困るだろ?」
「…確かに。」
「なあ、せっかくこれから夢のキャンパスライフが始まるんだ。そんな図体じゃ、ナンパもできないぜ?」
「いいんだよ。俺には一人当てがあるから。」
「花子か?やめとけよ…。あいつ絶対やばいって。」
「なんで?」
「なんでって…。あいつがお前を見る目、なんか違うんだよ。人、っていうより家畜を見てるみたいな…。」
「そんなことないよ。じゃあ、おれはこっちの方だから。」
「あ、ああ。」
キャンパスの中へと向かう旧友の後ろ姿を、アキラは不安げに見送っていた。
「大丈夫なのか?あいつ…。」


それからさらに10年後。
太郎君は28歳。同年代はとっくに就職し、結婚もしていく中、太郎君は無職の独り身だった。
理由は単純。動けなかったからだ。物理的に。
頑として野菜を食べず、肉を食べ続ける彼の体は、最早一人では起き上がれないほどの巨漢になっていた。
「太郎…。」
「ああ、母さん。」
「どうしても野菜を食べないつもり?」
「何度も言ってるだろ?野菜は絶対食べないって。」
「でも、今の状態を見てみなさい!もう一人でベッドから降りることもできないじゃない!」
「でも…母さんがいるだろ?」
「母さんだって、いつまでもいるわけじゃない。いなくなった時どうするの?」
「…。」
「これは、あなたのために言ってるの。ダイエットしなさい。」
「わかったよ…。努力するよ…。」

翌日、母親はいつまでも来なかった。不思議に思った太郎君は、母親を必死に呼んだ。
「母さん!何寝てるの!起きてよう!俺、動けないよ!」
「…母さんならいないわよ。」
返事をしたのは母親じゃない女の声だった。
「だ、誰?」
「あら、忘れたの?私よ。」
そう答えると、女が部屋に入ってきた。全身に返り血を浴び、手に持っている肉切り包丁からは血が滴っていた。
「は、花子さん…?」
「そう、私よ。」
「どうしてここに…?母さんは?…!母さんをどおした!?」
「殺したわ。目障りだったんですもの。」
花子さんは血まみれの肉切り包丁を恍惚とした表情で眺めた。
「あなたを痩せさせようだなんて。とんでもない女だわ…。」
「な、なんてことを…!どうして…!」
「どうして?子供の頃から私言ってたじゃない。食べたいくらいに大好き、って…。」
「ま、まさか…。」
「そうよ。あなたの肉。食べさせて。」
肉切り包丁を振りかざしながら近づく花子さん。太郎君はジタバタと手足を動かすが、彼に逃げる手立てなどなかった。
「ずっと我慢してたんだから、いいでしょう?私もお肉大好きなの…。大丈夫。かけらも残さず食べてあげるから。」
花子さんの肉切り包丁が、太郎君の喉元に振り下ろされた。



好き嫌いも程々に……。
しおりを挟む

処理中です...