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ハラハラ生活
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そう遠くない未来……。
街はいつもの通り閑散としている。
街どころじゃない。世界中が人と接することを避け始めた。人と適切な距離をとり続けることが世界平和につながるんだとか何とか。しかし、その結果としてライフラインは滞り、食糧はたまにくる支給品のみとなった。
贅沢は禁止だ。妬み嫉みは争いの元だからだ。その他、今までハラスメントとみなされなかったものは、世界平和の名の下に次々と乱立されていった。
そういうわけで、俺はアパートの部屋でいつも通りにひっそりとうずくまっていた。テレビなぞつけられない。隣室に聞かれれば「騒音ハラスメント」や「電波ハラスメント」につながるからだ。またうっかり立ちあがろうものなら、「空気振動ハラスメント」にもなってしまう。慎重に動かなければ。
今何時だろうか。
俺は部屋の時計を見上げる。
時計は正午を指していた。
まずい!
このままでは腹の虫が鳴って「騒音ハラスメント」になってしまうではないか!
俺は急いで部屋に食べ物がないか目で探す。
幸い、マルチビタミンのサプリメントが残っていた。助かった。これで飢えはなんとかなる。
足音が鳴らないよう、俺は這いながらそのサプリメントの下に向かう。
何とか辿り着けた俺は、サプリメントを10錠ほど飲み、またうずくまった。
とりあえずこれで腹は満たした。あとは物音がしないように今日一日やり過ごすだけだ。
と、何やら外が騒がしい。
なんて非常識なんだ。こんなご時世に騒ぐなんて!
…いや。こんなご時世に騒げる人種は限られている。
「警察」だ。
誰かが警察を呼んだのだ。
俺が通報されたのか?馬鹿な。ありとあらゆるハラスメントに気を配っているのだ。そんなはずがない。しかし、もしかしたら……。
などという俺の不安をよそに、警察らしき足音は俺の部屋を通り過ぎて、2つ右隣の部屋に止まった。
「開けなさい!警察です!あなたをハラスメントの現行犯で逮捕します!」
どうやら通報されたのは別のやつらしい。俺は内心ほっとする。
しばらくすると男の荒々しい声が聞こえてくる。
「ふざけるな!ハラスメントだと!俺はただ腹が減ったから飯を作っていただけだ!それの何が悪いんだ!」
「隣の方から肉を炒めた音と匂いがすると苦情が来ているんです。『ノイズハラスメント』と『スメルハラスメント』、さらにさきほど我々に暴言を吐きましたね?これもハラスメントに含めて合計3つのハラスメント罪です。」
「なっ…!」
「では我々と拘置所へ向かいましょう。ハラスメントは無教養が招くものです。たくさんお勉強をして、その頭を矯正しなければ。」
そうして男の抵抗する声と共に、警察は立ち去っていった。
馬鹿なやつだ。
今の世の中、まともに料理をしようものならハラスメントのオンパレードだというのに。調理器具や材料を用意したりする「音」。調理の際に発生する「匂い」。それらは全てハラスメントの対象内だ。
別に飯くらい、などという人もいるだろうが、理屈などどうでもいい。受けた人間がそれをハラスメントと感じればハラスメントなのだ。通報されたものは拘置所に連行され、「教育」を施される。今や一億を超えたハラスメントの種類を全て頭に叩き込まれ、それをまた一から紙に書き写す。それが完璧に終わるまで出てこれないという、生き地獄だ。
逆に通報したものはハラスメントを防いだ者として表彰され、金一封が送られる。だからこそ、より一層みながハラスメントに敏感になるのだ。いかに自分がハラスメントを行わず、相手のハラスメントを拾い上げるか。そこに皆執着していた。
いわば現代は箝口令の敷かれた戦時下のような状態となっていた。
全く笑えない話だ。
(手料理、食べたかったろうな。まともな飯を食ったのはいつが最後だったろう。)
このところは音が鳴らなくて済むサプリメントで食事を誤魔化して生活している。自分だけではない。おそらくほとんどの人がそうしているだろう。仕方がない。これも身を守るためなのだ。
そんな中で肉を焼くなんて、あの男は何を考えているのか。そんな我慢の末、腹の空いた鼻腔に焼いた肉の香ばしい匂いが漂えばどうなるか。すぐに嫉妬と憎悪の対象になるに決まっているじゃないか。
当然の結果だ。馬鹿なのはあの男なんだ。
(……ふう……。)
一騒動も終わり、手持ち無沙汰になってしまった。いつものように読書をして夕方まで過ごすか。
私はとある中国の古典を手に取り、読み始めた。
古典はいい。特に今も多くの人に読み続けられている古典は。それは大昔から現代までに通じる一つの「真実」を述べているということ。間違いだらけの世の中で、これは間違いなく正しいということに触れられるのだ。
俺はページをめくる。
するとさっそくその古典は「真実」を述べてくれた。
「過ぎたるものは猶及ばざるが如し」
まさにいまの社会に言ってやりたい言葉だ。
街はいつもの通り閑散としている。
街どころじゃない。世界中が人と接することを避け始めた。人と適切な距離をとり続けることが世界平和につながるんだとか何とか。しかし、その結果としてライフラインは滞り、食糧はたまにくる支給品のみとなった。
贅沢は禁止だ。妬み嫉みは争いの元だからだ。その他、今までハラスメントとみなされなかったものは、世界平和の名の下に次々と乱立されていった。
そういうわけで、俺はアパートの部屋でいつも通りにひっそりとうずくまっていた。テレビなぞつけられない。隣室に聞かれれば「騒音ハラスメント」や「電波ハラスメント」につながるからだ。またうっかり立ちあがろうものなら、「空気振動ハラスメント」にもなってしまう。慎重に動かなければ。
今何時だろうか。
俺は部屋の時計を見上げる。
時計は正午を指していた。
まずい!
このままでは腹の虫が鳴って「騒音ハラスメント」になってしまうではないか!
俺は急いで部屋に食べ物がないか目で探す。
幸い、マルチビタミンのサプリメントが残っていた。助かった。これで飢えはなんとかなる。
足音が鳴らないよう、俺は這いながらそのサプリメントの下に向かう。
何とか辿り着けた俺は、サプリメントを10錠ほど飲み、またうずくまった。
とりあえずこれで腹は満たした。あとは物音がしないように今日一日やり過ごすだけだ。
と、何やら外が騒がしい。
なんて非常識なんだ。こんなご時世に騒ぐなんて!
…いや。こんなご時世に騒げる人種は限られている。
「警察」だ。
誰かが警察を呼んだのだ。
俺が通報されたのか?馬鹿な。ありとあらゆるハラスメントに気を配っているのだ。そんなはずがない。しかし、もしかしたら……。
などという俺の不安をよそに、警察らしき足音は俺の部屋を通り過ぎて、2つ右隣の部屋に止まった。
「開けなさい!警察です!あなたをハラスメントの現行犯で逮捕します!」
どうやら通報されたのは別のやつらしい。俺は内心ほっとする。
しばらくすると男の荒々しい声が聞こえてくる。
「ふざけるな!ハラスメントだと!俺はただ腹が減ったから飯を作っていただけだ!それの何が悪いんだ!」
「隣の方から肉を炒めた音と匂いがすると苦情が来ているんです。『ノイズハラスメント』と『スメルハラスメント』、さらにさきほど我々に暴言を吐きましたね?これもハラスメントに含めて合計3つのハラスメント罪です。」
「なっ…!」
「では我々と拘置所へ向かいましょう。ハラスメントは無教養が招くものです。たくさんお勉強をして、その頭を矯正しなければ。」
そうして男の抵抗する声と共に、警察は立ち去っていった。
馬鹿なやつだ。
今の世の中、まともに料理をしようものならハラスメントのオンパレードだというのに。調理器具や材料を用意したりする「音」。調理の際に発生する「匂い」。それらは全てハラスメントの対象内だ。
別に飯くらい、などという人もいるだろうが、理屈などどうでもいい。受けた人間がそれをハラスメントと感じればハラスメントなのだ。通報されたものは拘置所に連行され、「教育」を施される。今や一億を超えたハラスメントの種類を全て頭に叩き込まれ、それをまた一から紙に書き写す。それが完璧に終わるまで出てこれないという、生き地獄だ。
逆に通報したものはハラスメントを防いだ者として表彰され、金一封が送られる。だからこそ、より一層みながハラスメントに敏感になるのだ。いかに自分がハラスメントを行わず、相手のハラスメントを拾い上げるか。そこに皆執着していた。
いわば現代は箝口令の敷かれた戦時下のような状態となっていた。
全く笑えない話だ。
(手料理、食べたかったろうな。まともな飯を食ったのはいつが最後だったろう。)
このところは音が鳴らなくて済むサプリメントで食事を誤魔化して生活している。自分だけではない。おそらくほとんどの人がそうしているだろう。仕方がない。これも身を守るためなのだ。
そんな中で肉を焼くなんて、あの男は何を考えているのか。そんな我慢の末、腹の空いた鼻腔に焼いた肉の香ばしい匂いが漂えばどうなるか。すぐに嫉妬と憎悪の対象になるに決まっているじゃないか。
当然の結果だ。馬鹿なのはあの男なんだ。
(……ふう……。)
一騒動も終わり、手持ち無沙汰になってしまった。いつものように読書をして夕方まで過ごすか。
私はとある中国の古典を手に取り、読み始めた。
古典はいい。特に今も多くの人に読み続けられている古典は。それは大昔から現代までに通じる一つの「真実」を述べているということ。間違いだらけの世の中で、これは間違いなく正しいということに触れられるのだ。
俺はページをめくる。
するとさっそくその古典は「真実」を述べてくれた。
「過ぎたるものは猶及ばざるが如し」
まさにいまの社会に言ってやりたい言葉だ。
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