味の思い出

hyui

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おにぎり

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私を産んだ母親の記憶は無い。名前すらわからない。あるのは火傷でただれた体で私の名前を呼びながら近寄る化物の記憶だけだった。
幼少の頃は父の妹、つまり叔母と祖父母と姉の5人暮らし。
だが姉は私が3歳の頃に事故で亡くなり、優しかった祖父は小学3年の頃に肺ガンで死去。ほぼ毎日のように金のトラブルで祖父母と喧嘩を繰り返していた叔母は結婚を機に家を離れ、そして私をいつも「馬鹿」だの「カス」だのと罵倒し殴りつけていた祖母も病気で亡くなった。

そんな訳で中学2年の頃から私は父親と2人暮らしだった。
男2人なのだから家事も分担しないといけない。私は洗濯物の取り込みと飯炊きと風呂掃除を担当していた。(今振り返るとそれしかやってなかったのかと思うが)

父は基本的に真面目で優しかったが、何かと自分のルールに従わないと気が済まないらしく、時々理不尽な理由で私を叩いた。
別にそれが不幸とは思わないし、思いたくない。
私にとってそれが日常だったし、そんな何もできないクソガキを大学まで送り出して今日まで育ててくれたのだ。感謝している。

とはいえ、父はあまり料理が得意な方ではなく、食事は弁当や簡単にできるもので済ますことが多かった。
私が料理ができれば良かったのだが、下手なことをすれば「余計なことをするな」と言われそうだったので、黙って言われたことだけやっていた。きっとそれで良かったのだ。私が何かやろうとしてよかったことなど無かったのだから。

そんな父が、たまに手料理で「おにぎり」を作ってくれた。
多分、祖母が作っていたのを見よう見まねで作ったんだろう。だがそれは祖母が作っていたものとは程遠い、無骨で、不細工なもので。例えるなら「げんこつ」、「握りこぶし」といった表現がしっくりくるような飯の塊に、味付け海苔をペタペタ貼った、そんな「おにぎり」だった。具材などはなく、わずかに塩の味がするだけ。
そんな「おにぎり」を、私は特に何もツッコまずにむしゃむしゃ食っていた。何も考えず、何も感じずに。ただ出された飯を貪っていた。

当時の私はそんな暮らしに不満を持っていた。
母親はいない。家ではいつも一人きり。親や近所の人は同情こそすれ、私を理解なんてしようとはしなかった。
一向に私のことを理解しようとせず、何かにつけて怒鳴りつけて叩く父に、一時反抗する時期もあった。
寂しい。ただ寂しかった。

しかし大人になって仕事に就き、父の大変さが分かってきた。
仕事の大変さ。働きながら子供の面倒を見なければならない苦労。職場であくせく働きながら何かあれば子供のために時間を作らなければならない。
会社であくせく働いて、家に帰ったら大事なはずの息子からは何も感謝されず、生意気に文句を言う。
父も必死だったのだ。
なんてことだろう。
誰にも理解されないと嘆いた私自身が、父のことを理解しようとしていなかった。

大人になった今、私は改めて父の「おにぎり」を食べたいと思う。
あの無骨で不細工な握り拳みたいな「おにぎり」を。
今なら、きっと今なら言えるだろう。心の底から「ご馳走様」と。
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