味の思い出

hyui

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クレープ

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祖母は厳しい人だった。
まあ厳しいというか気難しいというか気性が荒いというか…。とにかく上機嫌なときはあまり見かけなかった。
祖父が死んでからは輪をかけて気難しくなり、よく私を叩いたり「バカ」「アホ」「マヌケ」とセット言葉で罵倒してきた。
とはいえ元気な頃は家の家事をほとんど担当していて、母のいなかった私には母がわりのような人だった。
特に料理は様々なものが作れ、作れないものは無いんじゃないかというくらい色んなものを食べさせてもらった。

ある日のことだった。
祖母が珍しく上機嫌で、
「クレープ作ったろか。」
と言ってきた。

クレープ……!


ああ、なんと都会的でハイカラな(ハイカラなんて今は言わないだろうか)響きだろうか。
ど田舎で育った私にとって、それはどこにも売ってない憧れのお菓子だった。
「うん!食べる!」
二つ返事である。断る理由などない。

程なくしてキッチンから卵と砂糖の混じったような甘い香りが漂ってきた。
私は「まだかまだか」とテレビを見ながらワクワクして待っていた。


「はい。できたよー。」
そう言って祖母が皿に「クレープ」を持ってやってきた。

これが「クレープ」……!

正確にいえば「クレープ」ではなく「クレープ生地」だったのだが、幼く純粋だった私は、文句も言わずにその皿に乗せられた「」をむしゃむしゃ頬張った。
うまい。
あつあつでふわっとして、程よく甘い。
滅多にありつけないご馳走を、私はあっという間に平らげてしまった。

それからしばらく、祖母はおやつの時間になると私に「クレープ」を作ってくれた。祖母の作る「クレープ」を私はすっかり気に入り、おかわりもねだる程だった。
まあそれでも日が変われば、また鬼のようになって私を痛めつけてくるのだが。



そんな祖母だったが、私が中学1年になる頃に自転車から落下してしまうという事故を起こしてしまった。
幸い命に別状は無かったのだが、それ以降腰を痛めてしまい、自宅で毎日腰を温めなければならなくなった。温める担当は私だ。
数分間、手持ちのヒーターでゆっくりと背中から腰を温める。それを日に2~3度やった。まあ言われればやるのが義務だったし、断ったら絶対後が面倒になるので、半ば強制的にやらされたようなもんだ。(私以外の家族で祖母を温めるところは見たことがない。)
ともあれ、さすがに祖母も限界が来てしまったのか、時折弱気な発言を繰り返すようになった。
ある日祖母が一人でいるときに、友人だろうか、誰かに電話をかけて、
「孫が身体をあっためてくれる。その孫の顔が可愛いてなあ……。」
と涙ながらに話しているのを私は見てしまった。そんなことなど、絶対言わない人だったのに。


祖母が病気で入院したのはそれからすぐ後だった。どうやら自転車の事故で痛めた箇所から発病したらしい。
私を毎日のように罵り、虐めていた祖母は、幾つものカテーテルに繋がなければならないほど、あっという間に衰弱してしまった。
祖母が亡くなる前夜、病室に親類が集まっていた。みんなが泣きながら口々にその思いを祖母にしゃべっていた。
私にも何か喋るように促されたので、私は一言、
「おばあちゃん。」
と、いつものように呼びかけた。

返事は、無かった。

絶句、というのはあの時のことを言うのだろう。いつもなら当たり前のように返ってくるはずの返事が、無かったのだ。
その時、私は祖母の死期がきた、という事を実感せずにはいられなかった。
その日の夜、祖母は息を引き取った。



それから私は父と2人暮らしになり、大学を出た後無事に就職した。
学生時代と違い、金銭面で余裕ができた私は、ふと「クレープ」が食べたくなった。忙しい毎日の中、なんとなく童心に帰りたくなったのだ。
注文したクレープをひと口食べた瞬間、私の脳裏に祖母のことがよぎった。
(そういえばあの頃、よくばあちゃんに「クレープ」作ってもらったよなあ。馬鹿だよな。生クリームも具材も載ってなけりゃ、そんなのクレープなんかじゃないのに。きっと誰かから作り方教わって、誰かに食べてもらいたかったんだろうなぁ。)
そこまで考えたら、自然と涙が込み上げてきた。端から見れば奇妙な光景に見えただろう。いい年した大人がクレープ片手に泣いているのだ。事情を知らなきゃ変人もいいところだ。それでもしばらく涙が止まらなかった。

(また食いたいなぁ。ばあちゃんの「クレープ」……。)

それからしばらく、私はクレープ屋には寄っていない。
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