味の思い出

hyui

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玉子焼き

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私が物心ついた頃、すでに母はいなかった。
何故いないのか。いつから居ないのか。
ずっと分からなかった。

ただ幼いながらも、自分の家は他とは違うということは感じていた。
あそこの男の子の家には、お父さんとお母さんがいる。
私にはいない。
このドラマの主人公には当たり前のように両親がいる。
私にはいない。
いつしか、母親がいないということが私のコンプレックスになっていた。

そんな私にも母親が出来たことがある。
小学生6年の頃、父親が再婚した。
私が初めて「お母さん」と呼んだ女性だった。彼女は連れ子を連れていたが、血の繋がらない私に対しても平等に優しく、時には厳しく接してくれた。
とても暖かい人だった。
そして連れ子として連れられてきた女の子。年下なので妹ということになるのだが、これがまたわがままで泣き虫で、よくケンカもしたものだが、初めてできた妹ということもあり、とても可愛らしかった。
今思い返して、子供の頃幸せだった頃はいつかと問われたら、間違いなくその時代を答えるだろう。それくらい、あの頃の私は満たされていた。

「お母さん」は料理も美味しかった。(時折オリジナル料理と称して訳の分からないものが食卓に並んだこともあったが)。特に玉子焼きは絶品で、私はその玉子焼きが好きで好きでたまらなかった。
口に入れた途端に、噛まずにとろけてしまうほどフワフワでトロトロで、さらにたまらなく甘い。玉子焼きはシンプルな料理で、好みが様々に分かれるだろうが、私はこれ以上の卵焼きを食べたことがない。
お弁当にもし入っていたら間違いなく喜んだし、クラスメイトがオカズを交換してその玉子焼きを食べた時、その美味さに仰天する顔を見るのも好きだった。
当時の私にとって、「お母さん」の玉子焼きは、もはや我が家の誇りだったのだ。死ぬ前に何が食いたいかを問われたら、絶対にその玉子焼きを注文するだろう。それくらい、その玉子焼きは特別だった。

だがそんな時期も束の間であった。
中学に入って間もなく、両親は離婚した。
原因は祖母との関係の不和であった。
知らぬ間に離婚の話はトントンと進み、「お母さん」と呼んでいた人も、「妹」と呼んでいた女の子もいなくなった。
ワイワイとにぎやかだった声も消え、暖かかった家の空気もどんどんと冷えていった。

「大人は勝手だ。」
当時の私はそう思った。
大人は自分達で勝手に物事を決めて、自分達の都合で好き勝手する。
子供の意見なんか聞いちゃくれない。
そんなものは二の次なんだ。
「大人はズルい。卑怯だ。」
そう思っていた。

そんな当時の私を、今この場を借りて説教しようと思う。
と。

お前は見ていたじゃないか。
祖母が「お母さん」をなじる現場を。
啜り泣いていた「お母さん」の背中を。
一度でもあの人をかばったか?
一度でも慰めの言葉をかけたか?

お前は感じていたじゃないか。
「お母さん」が、「妹」がいなくなるなんて嫌だ、と。
ずっと一緒でいたい、と。
どうして声を上げなかったんだ?
どうして泣き叫ばなかったんだ?

分かってる。
お前は怖かったんだ。
「お母さん」や「妹」がいなくなることよりも、父と祖母に叩かれることの方が怖かったんだ。
自分が傷つけられるのが怖かったんだ。

もう一度言う。




どれだけ悔やんでも、あの日々は帰ってこない。
あんなに大好きだった「お母さん」と「妹」にも、もう会えないだろう。
そしてあの「玉子焼き」。あれから沢山の玉子焼きを食べ比べてきた。
だが、あの時の「玉子焼き」を超える味には、今日に至るまで未だ巡り会えていない。
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