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第一章
1-2.「退職金で飲む酒はさぞ旨いであろうな?」
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「つまり私の”治癒師”の才を、勇者様に受け継がせたい、と」
「くく。物分かりいい男は嫌いではないぞ、ハタノよ」
帝国専属の黒馬車に揺られながら、ハタノは雷帝メアリスの事情を理解した。
この世界には”才”と呼ばれる特別な資質が存在する。
体内の魔力を自然現象に変える”魔術師”――火術士、水術士、風術士。
魔力で肉体を強化し戦う”戦士”――騎士、闘士、狩人。
ハタノの持つ”治癒師”もまた、治癒魔法を得意とする才のひとつだ。
当然、この世にはより優れた”才”が存在する。
その一つが”勇者”だ。
物語に登場する英雄ではない。攻防に優れた強力な戦闘能力を持つ、帝国に十数人しか現存しない稀少戦力。
数多の戦闘職の上位互換にして、単騎で一個師団をも屠るとされる力を持つ才、それが”勇者”だ。
そして”才”にはもう一つ、特別な機能がある。
”才”は、子に遺伝するのだ。
「治癒師に説明するまでもないだろうが、”勇者”にも偏りがある。近接戦が得意な勇者、魔術が得意な勇者。そして治癒が得意な勇者」
「次世代の勇者に、私の治癒力を伝えたい、と」
治癒能力が高ければ、単騎での継続戦闘能力が見込める。
長期の国外活動、あるいは暗殺向きの能力だ。
ふ、と笑う雷帝。
理屈としては難しくない。より良き才を生む血筋を選定するという、よくある話だ。
だが……。
「どうして、私なのでしょうか」
ハタノは一級の治癒師だが、一級の中では凡庸だ。
帝都には自分より優れた才をもつ”特級治癒師”など、まだ居そうなものだが……
「本来なら別の治癒師が、勇者の男として宛がわれる予定であった。が、不慮の事故があってな?」
「事故、ですか」
「知りたいか?」
「いえ。聞かない方が身のためかと」
「いい返事だ。それで我が帝国としては他の候補を探したのだが、ロンデ卿は高齢、ミジィーク卿は才が低すぎる。そもそも特級治癒師では血が濃すぎて”勇者”を薄めるやもしれん。そこで調査したところ、幾つかの筋からお前の名が上がった」
「私、ですか」
「ガイレス教授より直々のご指名だ。一級治癒師としての才は十分と聞いているが?」
ああ、とハタノは納得する。
ガイレス教授。
”特級治癒師”の一人にして、帝都中央治癒院の権威の象徴と呼んでも差し支えないだろう。
無論、ハタノとは相性が悪く――
「聞けば貴様、帝都治癒院であまり評判が宜しくないようだな? 先輩方に煙たがられ、患者とのトラブルも絶えないと。だが安心しろ。才の強さに本人の性格は関係ない。お前はただ勇者を抱き、その血を残せ。生まれた子は余らが正しく教育してやる、安心して孕ませるがいい」
雷帝の進言に、ハタノは頷く。
帝国ヴェールにおいて、民の才はそのすべてが国の財産、すなわち皇帝の所有物だ。
その皇帝陛下の腹心にして三柱が一人、雷帝メアリス様の命である以上、断れば自分の命はないだろう。
ハタノは自分の生に執着している訳ではないが、無為に死にたいとも思わない。
……とまあ、話の概要は理解したのだが――
「ところで、雷帝様。私はどこへ連れて行かれるのでしょうか」
気づけば馬車は帝都を抜けていた。外は長閑な田園風景に変わっている。
「お前は勇者の旦那になるのだ。当然、勇者の家に住むべきであろう?」
「しかし、今の職場は……」
「退職金で飲む酒はさぞ旨いであろうな?」
ぼすん、とハタノの膝に袋が乗せられた。
どうやら自分は知らない間に、職場を追放されたらしい。
「理解したなら早速、顔合わせといこうか。お前の妻となる女にして、我が国で最優の勇者にな。その女を抱く、それが貴様の新しい仕事だ」
馬車はさらに速度を上げ、竜の如く疾走する。
振り落とされないよう腰を落としながら、そういえば、相手の名前を聞いていないなと思った。
「雷帝様。勇者様のお名前は……?」
「名か。才には関係ないが、知りたいのは当然か」
いま思い出したかのように、雷帝様は彼女の名を告げた。
「名を、勇者チヒロ。――ああ。お前には、血染めのチヒロ、という二つ名の方が通りが良いか?」
噂に疎いハタノですら、聞いたことがあった。
獲物を抜けば最後、その地にはネズミ一匹残らぬとされ。
魔物はもちろん、人相手であっても悪人とあらば顔色ひとつ変えず肉片まで切り刻み、返り血を浴びてなお笑顔を浮かべる、外法の勇者。
もしかしたら、オーガのように屈強な女性かもしれない。
……ハタノは、奴隷のように扱われるのだろうか。
暴力的な人は苦手だな、と、ハタノは諦めたように笑う。
仕事だと割り切っても、ハタノとて人間だ。
どんなに取り繕っても、嫌なものは、嫌だなと思うのだった。
*
しかし。
そんな先入観は――本人と顔を合わせた途端、さらりと、消えた。
腰元までゆるりと流れる、穢れひとつないゆるやかな銀髪。
背丈はハタノより一回り小さく、けれど宝石のように美しい瞳と、整った顔立ちは美人と呼んで差し支えないだろう。
無表情ではあるが、その表情のなさが彼女らしさを際立たせているようで、ハタノはつい見惚れてしまい――
視線をそのまま胸元に落とし、またも、固まる。
帝都では見慣れない和装――襟元を交錯させ、腰帯で止めた格好は、確か、着物と呼ばれたもの。
懐には、一振りの刀。
(……侍?)
「彼女は東方の国のハーフでな。東方といえば黒髪だが、彼女は珍しい銀髪にして勇者だ」
彼女が、私の妻となる相手。
現実感のなさに固まっていると、彼女がハタノに頭を垂れた。
「初お目にかかります、治癒師ハタノ様。私は、勇者チヒロ=キラサギ。何卒よろしくお願い致します――旦那様」
「……こちらこそ。治癒師のハタノと申します。よろしくお願い致します、チヒロさん」
動揺を飲み込み、ハタノも礼を尽すべく頭を下げる。
……彼女と結婚する。
そして、彼女を抱く。
その実感は、まだ、ハタノにとってあまりに遠いものだった。
「くく。物分かりいい男は嫌いではないぞ、ハタノよ」
帝国専属の黒馬車に揺られながら、ハタノは雷帝メアリスの事情を理解した。
この世界には”才”と呼ばれる特別な資質が存在する。
体内の魔力を自然現象に変える”魔術師”――火術士、水術士、風術士。
魔力で肉体を強化し戦う”戦士”――騎士、闘士、狩人。
ハタノの持つ”治癒師”もまた、治癒魔法を得意とする才のひとつだ。
当然、この世にはより優れた”才”が存在する。
その一つが”勇者”だ。
物語に登場する英雄ではない。攻防に優れた強力な戦闘能力を持つ、帝国に十数人しか現存しない稀少戦力。
数多の戦闘職の上位互換にして、単騎で一個師団をも屠るとされる力を持つ才、それが”勇者”だ。
そして”才”にはもう一つ、特別な機能がある。
”才”は、子に遺伝するのだ。
「治癒師に説明するまでもないだろうが、”勇者”にも偏りがある。近接戦が得意な勇者、魔術が得意な勇者。そして治癒が得意な勇者」
「次世代の勇者に、私の治癒力を伝えたい、と」
治癒能力が高ければ、単騎での継続戦闘能力が見込める。
長期の国外活動、あるいは暗殺向きの能力だ。
ふ、と笑う雷帝。
理屈としては難しくない。より良き才を生む血筋を選定するという、よくある話だ。
だが……。
「どうして、私なのでしょうか」
ハタノは一級の治癒師だが、一級の中では凡庸だ。
帝都には自分より優れた才をもつ”特級治癒師”など、まだ居そうなものだが……
「本来なら別の治癒師が、勇者の男として宛がわれる予定であった。が、不慮の事故があってな?」
「事故、ですか」
「知りたいか?」
「いえ。聞かない方が身のためかと」
「いい返事だ。それで我が帝国としては他の候補を探したのだが、ロンデ卿は高齢、ミジィーク卿は才が低すぎる。そもそも特級治癒師では血が濃すぎて”勇者”を薄めるやもしれん。そこで調査したところ、幾つかの筋からお前の名が上がった」
「私、ですか」
「ガイレス教授より直々のご指名だ。一級治癒師としての才は十分と聞いているが?」
ああ、とハタノは納得する。
ガイレス教授。
”特級治癒師”の一人にして、帝都中央治癒院の権威の象徴と呼んでも差し支えないだろう。
無論、ハタノとは相性が悪く――
「聞けば貴様、帝都治癒院であまり評判が宜しくないようだな? 先輩方に煙たがられ、患者とのトラブルも絶えないと。だが安心しろ。才の強さに本人の性格は関係ない。お前はただ勇者を抱き、その血を残せ。生まれた子は余らが正しく教育してやる、安心して孕ませるがいい」
雷帝の進言に、ハタノは頷く。
帝国ヴェールにおいて、民の才はそのすべてが国の財産、すなわち皇帝の所有物だ。
その皇帝陛下の腹心にして三柱が一人、雷帝メアリス様の命である以上、断れば自分の命はないだろう。
ハタノは自分の生に執着している訳ではないが、無為に死にたいとも思わない。
……とまあ、話の概要は理解したのだが――
「ところで、雷帝様。私はどこへ連れて行かれるのでしょうか」
気づけば馬車は帝都を抜けていた。外は長閑な田園風景に変わっている。
「お前は勇者の旦那になるのだ。当然、勇者の家に住むべきであろう?」
「しかし、今の職場は……」
「退職金で飲む酒はさぞ旨いであろうな?」
ぼすん、とハタノの膝に袋が乗せられた。
どうやら自分は知らない間に、職場を追放されたらしい。
「理解したなら早速、顔合わせといこうか。お前の妻となる女にして、我が国で最優の勇者にな。その女を抱く、それが貴様の新しい仕事だ」
馬車はさらに速度を上げ、竜の如く疾走する。
振り落とされないよう腰を落としながら、そういえば、相手の名前を聞いていないなと思った。
「雷帝様。勇者様のお名前は……?」
「名か。才には関係ないが、知りたいのは当然か」
いま思い出したかのように、雷帝様は彼女の名を告げた。
「名を、勇者チヒロ。――ああ。お前には、血染めのチヒロ、という二つ名の方が通りが良いか?」
噂に疎いハタノですら、聞いたことがあった。
獲物を抜けば最後、その地にはネズミ一匹残らぬとされ。
魔物はもちろん、人相手であっても悪人とあらば顔色ひとつ変えず肉片まで切り刻み、返り血を浴びてなお笑顔を浮かべる、外法の勇者。
もしかしたら、オーガのように屈強な女性かもしれない。
……ハタノは、奴隷のように扱われるのだろうか。
暴力的な人は苦手だな、と、ハタノは諦めたように笑う。
仕事だと割り切っても、ハタノとて人間だ。
どんなに取り繕っても、嫌なものは、嫌だなと思うのだった。
*
しかし。
そんな先入観は――本人と顔を合わせた途端、さらりと、消えた。
腰元までゆるりと流れる、穢れひとつないゆるやかな銀髪。
背丈はハタノより一回り小さく、けれど宝石のように美しい瞳と、整った顔立ちは美人と呼んで差し支えないだろう。
無表情ではあるが、その表情のなさが彼女らしさを際立たせているようで、ハタノはつい見惚れてしまい――
視線をそのまま胸元に落とし、またも、固まる。
帝都では見慣れない和装――襟元を交錯させ、腰帯で止めた格好は、確か、着物と呼ばれたもの。
懐には、一振りの刀。
(……侍?)
「彼女は東方の国のハーフでな。東方といえば黒髪だが、彼女は珍しい銀髪にして勇者だ」
彼女が、私の妻となる相手。
現実感のなさに固まっていると、彼女がハタノに頭を垂れた。
「初お目にかかります、治癒師ハタノ様。私は、勇者チヒロ=キラサギ。何卒よろしくお願い致します――旦那様」
「……こちらこそ。治癒師のハタノと申します。よろしくお願い致します、チヒロさん」
動揺を飲み込み、ハタノも礼を尽すべく頭を下げる。
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