その正体

烏屋鳥丸

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1 プロローグ

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ーーー恋に落ちるのは一瞬だった。



ここサヴァリアはギルドが統める国。
世襲の王族が統めるのではなく、強い者、すなわちギルドの長が王になる統治国家だ。
剣士や騎士、銃士に魔術士や治癒術士なども所属する大規模ギルド。
王がNo.1として君臨し、さらにNo.2からNo.7の精鋭達が看板となる戦闘集団。
人々はこの7人をトップ7と呼び崇めていた。

四方を森で囲まれ一年中鬱蒼とした曇り空に覆われる大都市。
外の世界とほとんど交流がない島国。
それが俺の生きている世界だ。
外の世界のことは本の中でしか知らない。
閉鎖された箱庭のような世界で、俺は生きていた。

平和でぬるま湯のような退屈な日常。
街の外は魔物で溢れかえっているらしいが俺はその魔物とやらを見たことがない。
優秀なギルドの戦士たちが毎日街の周りを見回り、時には森へ入り魔物を討伐することでこの国の平和は保たれている。
俺達が平和に暮らせるのはギルドのおかげ。
ギルドの戦士たちは街の人々から崇められ慕われる存在だった。

「ノエル!ここにいたのか。」

本を読む手を止め、意味もなく空を見上げる背中に大きな声がかけられる。
せっかく静かな場所を探して目立たない木陰に隠れていたのに。

「なんだ、アダムか。」

彼はアダム・ウォード。
寝癖がついたままボサボサの紅蓮の髪に力強い金の瞳。
好奇心旺盛でやんちゃに飛びまわりあちこち擦りむいて絆創膏だらけの膝小僧が季節外れの短パンから覗く。
性格や嗜好は正反対ではあるが、歳が同じこともありノエルにとってアダムは良き理解者だった。

「シスターが探してたぜ。1人でばっかいないでたまには他の子と遊んだらどうだって。」

「今本読んでるから無理~。」

「そうやって本ばかりにかじりついて…って、なんだ、文字ばっかりで退屈そうな本だな。」

アダムは開いたページを見つめて首を傾げる。
絵本や漫画じゃない活字の羅列はどうやら彼には難しいらしい。

「そ~でもないよ。面白い。」

「君は頭がいいものな。俺にはちんぷんかんぷんだ。」

俺とアダムは物心つく前時から孤児院で暮らしていた。
十数年ここで一瞬に育ち、親友であり相棒だ。
俺の両親は街を襲ってきた魔物に殺されたらしい。
ここにいる孤児たちはほとんどみんなそうだ。
アダムだって幼い頃に同じ理由で両親を亡くしている。

だから俺は両親の愛情なんて知らないし、家族というものもよくわからない。
けれど優しいシスターに親友のアダム、様々な年齢の兄弟分たちに囲まれてこの孤児院での生活には何不自由していない。
親を殺された敵とか、魔物に対する憎しみとか、そんな感情なんて持ち合わせてはいなかった。

「あ、そうだ!」

思い出したようにアダムは口を開く。

「もうすぐギルドの凱旋パレードがあるんだ!見に行こうぜ!」

「えー俺パース。興味なーい。」

「そんなこと言わずに!ほら!行くぞ!」

ノエルは強引に腕を引かれる。

「わっ。」

体格はさほど変わらないにも関わらずアダムは力が強い。
体が傾き、読んでいた本が膝に落ちる。

「もー。お前ほんと乱暴なんだから。」

やれやれ、というようにノエルは落ちた本を拾って立ち上がる。
アダムは一度言ったら聞かない頑固なところがある。
抵抗しても無駄なことを知っているノエルは彼に連れられるがまま、孤児院を出て街へと向かった。

アダムはギルドに憧れている。
大きくなったらギルドに入ってゆくゆくはこの国のトップになるのだとアダムは毎日のように目を輝かせて語っていた。
俺はというと、争いは好まない。
戦いだ、勝ちだ、負けだ、と派手に立ち回るよりも、静かな場所で本を読んでいる方が好きな、どちらかと言うと内気な子供だった。
アダムはそんな大人しい俺の手を引いていつも外の世界へと連れ出してくれた。
孤児院と本の中、そしてアダムが見せる景色だけが俺の中の世界だった。

街道には人が溢れていた。
偉大な戦士たちの姿を一目見ようと街中から人が押し寄せているらしい。
人混みを気にせずアダムは歩みを進める。
繋いだ手を離したらはぐれてしまいそうな人の波に、ノエルはついていくのに必死だった。

「すごい人だな…。戦士なんて街のあちこちで見かけるのに何が珍しいんだか。」

「知らないのか?この間トップ7が数年ぶりに入れ替わったんだ!今日はその新しいトップ7のお披露目なんだぜ!」

入れ替わりがあるのか。知らなかった。
当然か。戦うということは命を奪い合うこと。
いくら強い戦士であっても万が一ということもあるだろう。
やだな、野蛮で物騒だ。自分とは住む世界が違う。
そうノエルは思った。

しばらくして歓声が上がる。
凱旋パレードが始まったようだ。
ファンファーレが鳴り響き、先頭の戦士が堂々とした出で立ちで旗を振る。
街で見かけたことのある戦士達が歩いてくる。
まずは一兵卒からお披露目か。
若い男が多い。どの戦士も貫禄のある出で立ちをしていた。

「来たぞ!トップ7だ!」

アダムの声が響くと共に歓声が大きくなる。
トップ7。この国の精鋭たちだ。
ここにいる人々は今日彼らを見るために集まっている。

とても戦闘するとは思えない大胆に胸元が大きく開いたシャツにミニスカートでハイヒールを履いた女。
どこか遠くの外国の人間だろうか、この国の人間には珍しい小柄だが体躯のいい厳格な顔をした壮年の男。
退屈そうな眼差しで沿道の人々には目もくれずポケットに手を突っ込みながら歩く猫背でやる気のなさそうな細身の若い男。
様々な戦士達が目の前を通り過ぎる。
さすがトップ7というだけあって他の戦士達とは違う雰囲気を感じた。

6人を見送り、次は王かと待ち構えていると、小柄な女性の姿が見えた。
細い腕に大きな瞳。白いドレスを着た凛とした佇まいの美しい女性。
靡いた金色の髪が光に反射してまるで翼が生えているように錯覚した。

(…天使みたい。)

その美しさは、本の中で見た神話に出てくる天使を彷彿とさせた。
彼女は沿道の人々に手を振り、ゆっくりと歩を進める。

(こっち、見てくれないかな)

その願いが届いたのか、次の瞬間目が合った。
深い海のような青い瞳が弧を描き優しく微笑む。
それは一瞬であり、ノエルにとっては永遠のように感じた。
時が止まるというのは、こういうことなのだろうか。

彼女から目が離せなかった。
彼女が目の前を通り過ぎても、その後ろ姿を目で追ってしまう。
一際大きい歓声と共に次に現れた王のことなど、視界にすら入らなかった。

全ての戦士達が通り過ぎ、沿道の人々もまばらになり始めた頃、ノエルはやっと我に返った。

「…なぁ、あの人誰?最後の女の人!」

「しらないのか?彼女は新しい女王。名前は確か…アンジェラ、だったか?」

「アンジェラさん…。」

天使のような姿で天使の名を持つ女性。
ノエルはその天使の名を刻みつけるように大事に復唱する。

「決めた!」

もっと彼女の事が知りたい。
もっと彼女に近付きたい。
ならば自分にできることはただ一つ。

「アダム…俺も戦士になる!ギルドに入る!そして…」

ーーーそう、俺はこの時初めての恋をしたんだ。



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