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しおりを挟むトップ7の会議を終えてすぐのことだった。
演習に向かおうとしていた焔は、苛立った顔のエレナに呼び出された。
エレナに連れてこられたのは診療所の隠された地下室。
重たい扉をくぐると、アダムが拘束されていたベッドはもぬけの殻になっていた。
「やられたね…。ジャックくんの仕業かな?」
「…彼はトップ7の会議に出席していた。彼が会議の妨害をしていたことを考えると、実行したのは他の人物ね。」
「ふぅん。やっぱりアレと手を結んだのかな。」
「おそらくそうね。ここにアダム・ウォードがいることを知っているのは私と貴方とアンジェラだけ。情報が漏れるとしたらアレの能力以外にないわ。」
「邪魔だなぁ。やっぱり殺しておくべきだったんじゃないかい?」
「アンジェラに止められてるんでしょ?」
「そうだけど…。やっぱり面白くないじゃないか。」
「私はジャックとアレのことなんてどうでもいいけど、貴重な被検体を逃がしたのは許せないわね。」
エレナは苛立ちを隠せない様子で爪を噛む。
彼女は根っからの研究者だ。
知的好奇心を満たす被検体への執着は人一倍強いことを焔は知っていた。
「…いいこと思いついた。ちょっと出かけてくるよ。」
「貴方のイイコトは大概よくないことなのよね。なにするつもり?」
「ちょっと可愛い子に会いに行ってくるよ。」
「…私も同行するわ。」
嫌な予感がする。そんな顔でエレナは焔の後に続いた。
焔はいつも通り外向けの朗らかな笑みを浮かべる。
こういう顔をしている時の彼は、大抵何か悪い事を考えているのだ。
人目を気にして、密会は焔の自宅で行われた。
呼び出されたのは、No.7のベル・リンガル。
焔はわざと神妙な面持ちで彼女に語りかける。
「ベルくん。君に残念な知らせがあるんだ。」
「残念な知らせ…?」
「君のお兄さんのことなんだけどね。」
「お兄ちゃんに何かあったんですか。」
兄という言葉に、ベルは血相を変える。
彼女は昔から兄にひどく執着している。
唯一の肉親なのだから、無理もないだろう。
「うん。実はね、君のお兄さんは悪魔に操られているんだ。」
「悪魔…?」
困惑するベルを尻目に、エレナはただ黙って二人の話を聞いていた。
焔は諭すようにゆっくりと畳み掛ける。
「悪魔は君のお兄さんの命を握っているんだ。許せないよね?お兄さんを守りたいよね?」
「もちろんです。お兄ちゃんのためなら私何だってします!」
「じゃあその悪魔を倒そう。悪魔を倒せば、君のお兄さんは悪魔の支配から解放される。自由になれんだ。」
こうきたか。
エレナは目の前で繰り広げられる物語に心底辟易した。
「その悪魔の名はラウム。悪魔は狡猾な生き物だ。姿を自在に変えることができる。君の大切な人の姿で君を惑わすかもしれない。でも躊躇ってはいけないよ。中身は悪魔なんだから。」
「大切な人の姿…?」
「そう。例えば君の今のお姉さんとか、ね。」
「スノウの姿に…?」
「悪魔は卑怯だからね。そうやってこちらを油断させるのさ。君は賢い子だから惑わされないよね?」
「…はい。でも、悪魔ってどうやって倒せばいいんですか?人間と同じように頭や心臓を撃ち抜けばいいんでしょうか?」
「彼女の身体のどこかにシジルという紋章がある。そこを狙うんだ。シジルが破壊されればジャックくんはその悪魔の支配から解放される。できるね?君は誇り高い戦士なんだから。」
「やってみます。お兄ちゃんは私が守らなきゃだから。」
「いい子だ。ジャックくんは兄思いの妹をもって幸せだね。」
小さな子にでもするように焔はベルの頭を撫でる。
彼女は納得し、覚悟を決めて帰っていった。
焔は本当に狡猾な男だとエレナは思う。
「貴方、本当にえげつないことを考えるわね。」
「僕が直接動けば早いんだけどね。それじゃあ意味がないから。」
「実の妹にジャックの親友であるアダム・ウォードを殺させ、次はかつての恋人との契約を強制的に破棄させる。これであの子は一生ジャックから恨まれることになるわね。」
「アレは強制的にジャックくんと契約破棄されて、ベルくんは一生ジャックくんに許されない。まあ彼女が失敗したとしても、アレがベルくんを傷つけ、ベルくんが実の妹だと明かせばそれはそれで面白い展開になるだろうね。そしてジャックくんは孤立する。うん、これが1番効率がいいよね。あの3人に手を組まれるのが最も厄介だ。」
「最悪な三つ巴じゃない。」
「ベルくんは全部ジャックくんのためだと思っている。本人はいいことをしているつもりなんだからいいじゃないか。真実なんて知らなくていいんだよ。彼女はもうアダムくんを手にかけているのだからね。」
「貴方が敵じゃなくてよかったと心底思うわ。」
ふふ、と焔は不敵な笑みを浮かべる。
「でもまあ、あの子はよくやってるよ。素直で単純でいい子だ。いい年だしイロも使えたらもう少し利用価値も上がるんだけどね。」
「貴方、これ以上あの子に変なこと教えないでよ。」
「イロの使い方は僕よりアンジェラの方がわかってるだろう?さすがに僕だってそこまではしないよ。」
「…どうだか。」
「僕に少女愛好の趣味はないよ。アンジェラが15歳くらいの見た目になってしまった時は、さすがに抱けなかったしね。幼すぎるのは好みじゃないさ。」
「身内のそういう話は聞きたくないんだけど。」
エレナは眉間にシワを寄せる。
焔は気にすることなく煙草に火をつけた。
「さあ、彼はどう動くかな。」
ーーーーーー
ここ最近スノウの様子がおかしい。
仕事を理由に、家に帰ってこない日が増えた。
毎朝鏡の前で入念にメイクをしている姿を見ると、彼氏でもできたのかと思ったが、そうじゃないと本人は言う。
今回はもう3日も家に帰ってきていない。
何か私に隠し事をしている。
私とスノウは確かに仲が良く、本当の姉妹のようだが何でも話せる間柄ではない。
私もスノウに言えない秘密があるし、きっとスノウにも私に言えない秘密がある。
前任の王、アダムを殺した日。
私は普段通り家に帰ってスノウと夕食を囲んだ。
私がアダムを殺したことは話題にもならなかった。
スノウはそのことを知っているのか。
知らないのかもしれない。
けれど彼女の裏の顔、No.6の能力のことを考えると、きっと知っているのだろう。
その上で、スノウは知らないフリをした。
今日焔に呼び出されて聞いた話は、信じられないものだった。
兄が悪魔に操られている。悪魔はスノウの姿で私を惑わす。
私は兄を助けたい。兄のためだったらなんでもやる覚悟だ。
悪魔を倒すことに、迷いも躊躇いもない。
けれど、今スノウが家に帰ってきたとして、それがスノウなのか悪魔なのか判断がつかない。
悪魔は狡猾な生き物だと焔は言った。
もし、スノウと悪魔が入れ替わってるとしたら?
ここ数日様子がおかしかったことにも説明がつく。
私が慕って姉だと思い込んでいるのが、実は悪魔なのかもしれない。
じゃあスノウはどこに?スノウも悪魔に操られているのだとしたら?
疑心暗鬼。一つ疑えば、全て疑わしく思える。
私は強くなければならない。
大好きな兄を守るために。大切なスノウを守るために。
強さは冷酷さだと焔は言った。
迷ってはいけない。躊躇ってはいけない。
大切なものを守る。そのためには犠牲は致し方ない。
もし今スノウの姿をした悪魔が目の前に現れたら、私は迷わず引き金を引けるのか。
答えはYES。私は迷わない。
少しでも怪しい素振りを見せたら、即引き金を引く。
守られてばかりの弱い女になんてなりたくない。
私は自分の大切なものは自分で守るのだ。
その決意を胸に、ベルは入念に銃の手入れをした。
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