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37 ルイス
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「アダム…?どうして…。」
ノエルは目の前の光景が信じられなかった。
アダムは確かに死んだ。目の前で殺されたはずだ。
頭を撃ち抜かれて、派手に執務室の床に倒れて、血がたくさん噴き出して、死んだのだ。
アダムが事切れた瞬間を、自分は確かに確認している。
なのに、なぜ。
「説明は後だ。今やるべきことは敵の侵略を止めることだろう。」
アダムは以前と変わらず、力強い瞳でノエルを見つめる。
本当にアダムなのか。信じられない。
死んだはずのアダムが生き返った。
あまりに非現実的な出来事に、ノエルは呆然と立ち尽くすしか出来なかった。
それは周りにいた戦士達も同様のようで、ざわめきが広がる。
なんで、どうして、死んだはずの王が、どういうことなんだ、そんな動揺の声が口々に囁かれる。
「お前達!何を立ち尽くしている!」
よく通る声でアダムが叫ぶ。
「お前達のやるべきことは何だ!国民の安全を守ることだろう!お前達は何のために戦士になったんだ!大事な人を守るためだろう!ならば今がその時だ!戦えるものは武器を持て!」
その声に、ガラリと場の雰囲気が変わる。
先程まで戸惑っていた戦士達はアダムの声に顔つきを変え、背筋を伸ばした。
いつだってそうだ。アダムのその一声は戦況を変える。
彼は根っからの王様だ。
昔からアダムは人を惹きつける圧倒的なカリスマ性があった。
「負傷した者は無理せず引け!戦う自信の無い者は国民の避難誘導を!自分の今できることを全力で果たせ!」
アダムに当てられた戦士達の声が響く。
武器を持ち構える者、負傷者の救助に当たるもの、投げ遅れた民間人への避難誘導をする者。
統制が取れず、混乱するばかりの先ほどとは打って変わって戦士達の士気が上がった。
「本当にアダムなのか…?」
「君には俺が幽霊や幻に見えるか?」
力強い瞳、よく通る声、人を動かすカリスマ性。
目の前の男は、親友であるアダムに間違いなかった。
「見えない…。」
「そうだろう?ならばお前もいつまでも腑抜けた顔をしてるんじゃない。お前だって、守りたい者がいるから戦士になったんだろう?」
守りたい者。
それはアンジェラだ。
彼女を守るために自分は王となり、この身を捧げてきたんだ。
敵の目的は彼女だ。彼女を奪われるわけにはいかない。
何が何でも、自分が守らなければ。
ノエルの瞳に強い意志が宿る。
「そうだ、俺は守るためにここにいるんだ。」
その言葉に、アダムは満足気に瞳を緩めた。
「状況を確認しよう。相手は1人。それも子供だ。しかし、かなりの怪力だな。さすが吸血鬼といったところか。」
「どうしてアイツが吸血鬼だと?」
「…とある情報筋からちょっと、な。ちなみにこの国に入り込んだ吸血鬼は3人。南に1人、城の方に1人向かったようだ。」
「それってマズいんじゃ…!」
「大丈夫だ。南にはジャックとリリー…いや、ベルが。城の方は焔さんが対処している。俺達の仕事は、目の前のコイツを確実に倒すことだ。」
「ジャックが…?だって、ジャックは裏切ったんじゃ…。」
「君の方にはどういう風に伝わっているのかはわからないが、ジャックは俺を助けてくれたぜ。」
その言葉にノエルは困惑した。
ジャックはアンジェラを陥れようとしているのだと、焔は言った。
先日のトップ7の定例会議の場でも、ジャックはいつもと様子が違った。
だからこそ、この騒ぎの首謀者としてノエルは1番にジャックを疑った。
けれど、アダムの話ではまるで逆じゃないか。
アダムが嘘をついているようには見えない。
そもそもアダムは嘘を吐くのが苦手だし、わざわざ嘘を吐くような奴でもない。
踊らされているのは、自分の方なのか。
「まあ詳しいことは全部終わってからきちんと話す。今は目の前の敵を倒すことに専念しよう。」
「お話は終わりましたか…?じゃあそろそろ…死んでもらいますね…!」
吸血鬼の少年はいつの間にか落ちた斧を拾い、二人に向き直る。
そして、力強い腕でその2本の斧を緩慢に振り回す。
先ほどの戦いでも感じたが、彼はそれほど素早いわけではない。
アダムは大剣で易々とその斧を受け止める。
「力は強いがノロマだな。」
アダムの言う通りだ。避けようと思えば避けられる。
ならば一気に攻めるのみだ。
ノエルは少年の背後に回り込み、その背を切り裂いた。
「わっ…!」
思い切り剣を振り降ろしたつもりだったが、手応えはあまり感じられなかった。
浅かったか。
吸血鬼の少年は蹲り、声を上げる。
その背からは血ではなく煙のようなものが立ち上った。
「後ろからなんて…酷いじゃないですか…。」
少年はゆるゆると立ち上がる。
「あーあ…。この服、気に入ってたのに…。」
まるで痛みなどないかのように、少年は裂かれた服を気にした。
「効いてない…!?」
「吸血鬼は再生能力が高いらしい。普通の武器ではすぐ再生されてしまうようだ。」
「じゃあどうすればいい?」
「銀の武器じゃないと致命傷を与えられないと聞いたな。俺が銀のダガーを持っている。普通の武器でも再生はされるがダメージは与えられるから、弱らせてから俺が確実に奴の心臓を狙う。」
「わかった。」
ノエルは再び少年と向き合う。
双剣士のノエルは素早さが取り柄だった。
アダムのように一太刀が重いわけではないが、スピードと手数には自信がある。
アダムの言葉を借りれば、相手はノロマだ。
あの斧にさえ気をつけていればいい。
ノエルは持ち前の素早さで再び少年の背後に回る。
二本の剣でその無防備な背中を切り裂いた。
「わっ!…また後ろから…。」
しかし、先程と同じく手応えがあまりない。
背から煙のようなものが出ているが、浅い。
どうやらこの吸血鬼の少年は皮膚が異常なほど硬いのだ。
「ダメだ。全然刃が通らねえ!」
「他の部位はどうだ?」
「やってみる!」
素早く移動し側面に回る。
肩に剣を振り降ろすが、背と同様に手応えを感じられない。
そのまま腕、足と連続で切りつける。
「もー…。そういうの…やめてくださいよ…。」
しかし、てんでダメだった。
吸血鬼の少年はまるで少し小突かれたような反応しか見せない。
「クッソ!どこもかしこも硬くてダメだ!全然効いてねえ!」
「ふむ…。」
アダムは少年を見据えて考える。
「ならアプローチを変えよう。とりあえず、俺が斧を落とす。武器さえ取り上げれば後はどうとでもなる。」
「オーケー!頼むぜ!」
アダムは真っ直ぐに少年と向き合う。
アダムが正面から突撃すると、狙い通りに少年は右手の斧を振り降ろした。
アダムは大剣でその斧を受け止める。
ずっしりとした衝撃に、少しでも気を抜けば押し負けてしまいそうだった。
「ただの人間が…僕の斧を受け止めるなんて…。」
「力自慢なら俺も負けてないぜ。」
少年は左手の斧を振りかざす。
しかし、それよりも先にアダムは右手の斧を振り払った。
重たい音を立てて斧は地面を転がる。
策略通り、右手の斧は封じた。
少年はそのままバランスを崩して地面に尻もちをつく。
ノエルはすかさず転がった斧を遠くへ蹴り飛ばした。
「さすが!」
「君もいい判断だ。」
残る斧は1つ。
少年はノロノロとした動作で立ち上がる。
左手に持っていた斧を右手に持ち替え、大きな溜息を吐く。
「なんなんですか…あなたたち…。ただの人間が…僕たち吸血鬼に…勝てるとでも…思ってるんですか…?」
苛立ったように少年は頭を掻きむしる。
「ムカつく…ムカつく、ムカつく!ムカつく!!ムカつきすぎてお腹が空いてきた!」
「気を付けろ、なんか雰囲気が変だ。」
「わかってる。アダムも油断するなよ!」
少年は真っ赤な目で2人を睨んだ。
そして、後ろで武器を構える戦士たちに視線を向ける。
「ああ…そうだ…あんなところにご飯がたくさんあるじゃないですか…。」
ゆっくりとした足取りで少年は戦士達の方へと歩みを進める。
異形の吸血鬼に睨まれた戦士達は竦み上がっていた。
よくわからないがマズい気がする。
「お前達は下がっていろ!ここは俺とノエルに任せて避難誘導と人命救助を優先してくれ!」
アダムの声に、戦士達は散り散りに駆けていく。
「相手は吸血鬼だろ?血を飲むとパワーアップするとか?」
「そこまではわからない。だが、不安要素はできるだけ無くしておきたいだろう?」
「だな。お前も気を付けろよ!」
「ああ、ノエルもな。」
去っていく戦士達を見て、少年は明らかに残念そうな顔をした。
「仕方ないですね…。じゃあ、あなたの血をいただきましょうか…。」
突き刺さるような鋭い眼光がアダムに向けられた。
ゆっくりとした緩慢な動作で再び斧を振り降ろす。
アダムはそれを剣で受け止め、弾こうとする。
しかし、先ほどよりも極端に力が強い。
受け止めるのに精一杯だ。むしろ押されている。
アダムは押されまいと渾身の力を振り絞る。
不意に、少年は武器から手を離した。
全力を出していた弾みでアダムは前によろける。
その瞬間、少年の腕がアダムを捕らえた。
「いただきます…。」
少年は恍惚の笑みを浮かべ、アダムの首筋に牙が立てられる。
「痛っ…!」
鋭い痛みにアダムは思わず声を上げる。
引き剥がそうとするが、少年の力が強くままならない。
「アダム!」
慌てた様子でノエルが駆け寄る。
ノエルは力いっぱいその背を切り裂くが、少年には微塵も効いていない。
「この…っ!離れろ!」
少年はアダムの血を吸うのに夢中だった。
牙が立てられた傷口が痛みで熱を持つ。
押さえつけられた肩に長い爪が食い込む。
吸血によって体内の血が減り、身体が冷える感覚がした。
「あは…。すごい…。あなたの血はすごいです…!アンジェラさんの血よりも美味しい!こんな血、飲んだことないです!あなたは最高のご馳走だ!」
少年は興奮した様子で捲し立てる。
「こんなに美味しい人間初めてだ!濃くて!甘くて!満たされる!本当に人間なんですか!?僕一人で飲むのはもったいないくらいだ!ブラッドリー様にも分けてあげないと!ああ!でも!もう一口…!」
少年は再びアダムの首筋に牙を立てようとした。
ところが、アダムを押さえつけていた手からは急に力が抜け、突然少年は地面に膝を付いた。
「あ…れ…?」
少年の口から血が吐き出される。
「うっ…!なんだこれ…どうして…。これは…毒…?まさか…あなたは人間じゃ…ない…?」
少年は苦しむように胸を押さえて蹲る。
「騙したな…。人間のフリをして…。あなたは…何者…なん…だ…。まさか…。」
言い終わらぬうちに、少年の身体がサラサラとした灰へと変わる。
ゆっくりとその姿は崩れ、灰だけが残った。
「倒した…のか?」
「…みたいだな。」
何が起きたがわからずに、二人はその灰を眺めた。
少年だった灰は風に舞い、消えていった。
「…傷は?」
「平気だ。少し血を抜かれすぎてクラクラするくらいだ。君は?」
「俺はなんともない。…なあ、さっきアイツが言ってたのって…。」
ノエルの言葉を遮るように、2人の頭上をカラスが旋回する。
レイヴンの操るカラスだ。
アダムが肩の高さまで腕を上げると、その腕を止まり木代わりにカラスが降りてきた。
「状況は?」
アダムの問いに、カラスは歪んだ声で答える。
『南の吸血鬼は倒した。しかし、城の方は劣勢だ。焔とエレナ・シュバルツが戦っているが、押されている。リリーが援護に向かったが、たいぶ厳しい状況だ。』
「ジャックとラウムはどうした?負傷したのか?」
『2人とも怪我はしてない。少ししたら城の方へ向かう予定だ。』
「そうか。なら俺達はこのまま城の方へ向かおう。」
カラスは再び空へと飛び立っていく。
それを見送り、アダムはノエルに向き直る。
「君もそれでいいな?聞きたいことがたくさんあるだろうが、後にしてくれ。全部終わったら、ちゃんと話すから。」
「…信じていいんだな?」
「ああ。俺が君に嘘を吐いたことなんてないだろう?」
「わかった。今は敵を倒すことだけに集中しよう。」
「ああ。それでこそ俺の相棒だぜ。」
2人はかつての日々のように肩を並べ、城の方へ向かった。
ノエルは目の前の光景が信じられなかった。
アダムは確かに死んだ。目の前で殺されたはずだ。
頭を撃ち抜かれて、派手に執務室の床に倒れて、血がたくさん噴き出して、死んだのだ。
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なのに、なぜ。
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「負傷した者は無理せず引け!戦う自信の無い者は国民の避難誘導を!自分の今できることを全力で果たせ!」
アダムに当てられた戦士達の声が響く。
武器を持ち構える者、負傷者の救助に当たるもの、投げ遅れた民間人への避難誘導をする者。
統制が取れず、混乱するばかりの先ほどとは打って変わって戦士達の士気が上がった。
「本当にアダムなのか…?」
「君には俺が幽霊や幻に見えるか?」
力強い瞳、よく通る声、人を動かすカリスマ性。
目の前の男は、親友であるアダムに間違いなかった。
「見えない…。」
「そうだろう?ならばお前もいつまでも腑抜けた顔をしてるんじゃない。お前だって、守りたい者がいるから戦士になったんだろう?」
守りたい者。
それはアンジェラだ。
彼女を守るために自分は王となり、この身を捧げてきたんだ。
敵の目的は彼女だ。彼女を奪われるわけにはいかない。
何が何でも、自分が守らなければ。
ノエルの瞳に強い意志が宿る。
「そうだ、俺は守るためにここにいるんだ。」
その言葉に、アダムは満足気に瞳を緩めた。
「状況を確認しよう。相手は1人。それも子供だ。しかし、かなりの怪力だな。さすが吸血鬼といったところか。」
「どうしてアイツが吸血鬼だと?」
「…とある情報筋からちょっと、な。ちなみにこの国に入り込んだ吸血鬼は3人。南に1人、城の方に1人向かったようだ。」
「それってマズいんじゃ…!」
「大丈夫だ。南にはジャックとリリー…いや、ベルが。城の方は焔さんが対処している。俺達の仕事は、目の前のコイツを確実に倒すことだ。」
「ジャックが…?だって、ジャックは裏切ったんじゃ…。」
「君の方にはどういう風に伝わっているのかはわからないが、ジャックは俺を助けてくれたぜ。」
その言葉にノエルは困惑した。
ジャックはアンジェラを陥れようとしているのだと、焔は言った。
先日のトップ7の定例会議の場でも、ジャックはいつもと様子が違った。
だからこそ、この騒ぎの首謀者としてノエルは1番にジャックを疑った。
けれど、アダムの話ではまるで逆じゃないか。
アダムが嘘をついているようには見えない。
そもそもアダムは嘘を吐くのが苦手だし、わざわざ嘘を吐くような奴でもない。
踊らされているのは、自分の方なのか。
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吸血鬼の少年はいつの間にか落ちた斧を拾い、二人に向き直る。
そして、力強い腕でその2本の斧を緩慢に振り回す。
先ほどの戦いでも感じたが、彼はそれほど素早いわけではない。
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「力は強いがノロマだな。」
アダムの言う通りだ。避けようと思えば避けられる。
ならば一気に攻めるのみだ。
ノエルは少年の背後に回り込み、その背を切り裂いた。
「わっ…!」
思い切り剣を振り降ろしたつもりだったが、手応えはあまり感じられなかった。
浅かったか。
吸血鬼の少年は蹲り、声を上げる。
その背からは血ではなく煙のようなものが立ち上った。
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「効いてない…!?」
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「じゃあどうすればいい?」
「銀の武器じゃないと致命傷を与えられないと聞いたな。俺が銀のダガーを持っている。普通の武器でも再生はされるがダメージは与えられるから、弱らせてから俺が確実に奴の心臓を狙う。」
「わかった。」
ノエルは再び少年と向き合う。
双剣士のノエルは素早さが取り柄だった。
アダムのように一太刀が重いわけではないが、スピードと手数には自信がある。
アダムの言葉を借りれば、相手はノロマだ。
あの斧にさえ気をつけていればいい。
ノエルは持ち前の素早さで再び少年の背後に回る。
二本の剣でその無防備な背中を切り裂いた。
「わっ!…また後ろから…。」
しかし、先程と同じく手応えがあまりない。
背から煙のようなものが出ているが、浅い。
どうやらこの吸血鬼の少年は皮膚が異常なほど硬いのだ。
「ダメだ。全然刃が通らねえ!」
「他の部位はどうだ?」
「やってみる!」
素早く移動し側面に回る。
肩に剣を振り降ろすが、背と同様に手応えを感じられない。
そのまま腕、足と連続で切りつける。
「もー…。そういうの…やめてくださいよ…。」
しかし、てんでダメだった。
吸血鬼の少年はまるで少し小突かれたような反応しか見せない。
「クッソ!どこもかしこも硬くてダメだ!全然効いてねえ!」
「ふむ…。」
アダムは少年を見据えて考える。
「ならアプローチを変えよう。とりあえず、俺が斧を落とす。武器さえ取り上げれば後はどうとでもなる。」
「オーケー!頼むぜ!」
アダムは真っ直ぐに少年と向き合う。
アダムが正面から突撃すると、狙い通りに少年は右手の斧を振り降ろした。
アダムは大剣でその斧を受け止める。
ずっしりとした衝撃に、少しでも気を抜けば押し負けてしまいそうだった。
「ただの人間が…僕の斧を受け止めるなんて…。」
「力自慢なら俺も負けてないぜ。」
少年は左手の斧を振りかざす。
しかし、それよりも先にアダムは右手の斧を振り払った。
重たい音を立てて斧は地面を転がる。
策略通り、右手の斧は封じた。
少年はそのままバランスを崩して地面に尻もちをつく。
ノエルはすかさず転がった斧を遠くへ蹴り飛ばした。
「さすが!」
「君もいい判断だ。」
残る斧は1つ。
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左手に持っていた斧を右手に持ち替え、大きな溜息を吐く。
「なんなんですか…あなたたち…。ただの人間が…僕たち吸血鬼に…勝てるとでも…思ってるんですか…?」
苛立ったように少年は頭を掻きむしる。
「ムカつく…ムカつく、ムカつく!ムカつく!!ムカつきすぎてお腹が空いてきた!」
「気を付けろ、なんか雰囲気が変だ。」
「わかってる。アダムも油断するなよ!」
少年は真っ赤な目で2人を睨んだ。
そして、後ろで武器を構える戦士たちに視線を向ける。
「ああ…そうだ…あんなところにご飯がたくさんあるじゃないですか…。」
ゆっくりとした足取りで少年は戦士達の方へと歩みを進める。
異形の吸血鬼に睨まれた戦士達は竦み上がっていた。
よくわからないがマズい気がする。
「お前達は下がっていろ!ここは俺とノエルに任せて避難誘導と人命救助を優先してくれ!」
アダムの声に、戦士達は散り散りに駆けていく。
「相手は吸血鬼だろ?血を飲むとパワーアップするとか?」
「そこまではわからない。だが、不安要素はできるだけ無くしておきたいだろう?」
「だな。お前も気を付けろよ!」
「ああ、ノエルもな。」
去っていく戦士達を見て、少年は明らかに残念そうな顔をした。
「仕方ないですね…。じゃあ、あなたの血をいただきましょうか…。」
突き刺さるような鋭い眼光がアダムに向けられた。
ゆっくりとした緩慢な動作で再び斧を振り降ろす。
アダムはそれを剣で受け止め、弾こうとする。
しかし、先ほどよりも極端に力が強い。
受け止めるのに精一杯だ。むしろ押されている。
アダムは押されまいと渾身の力を振り絞る。
不意に、少年は武器から手を離した。
全力を出していた弾みでアダムは前によろける。
その瞬間、少年の腕がアダムを捕らえた。
「いただきます…。」
少年は恍惚の笑みを浮かべ、アダムの首筋に牙が立てられる。
「痛っ…!」
鋭い痛みにアダムは思わず声を上げる。
引き剥がそうとするが、少年の力が強くままならない。
「アダム!」
慌てた様子でノエルが駆け寄る。
ノエルは力いっぱいその背を切り裂くが、少年には微塵も効いていない。
「この…っ!離れろ!」
少年はアダムの血を吸うのに夢中だった。
牙が立てられた傷口が痛みで熱を持つ。
押さえつけられた肩に長い爪が食い込む。
吸血によって体内の血が減り、身体が冷える感覚がした。
「あは…。すごい…。あなたの血はすごいです…!アンジェラさんの血よりも美味しい!こんな血、飲んだことないです!あなたは最高のご馳走だ!」
少年は興奮した様子で捲し立てる。
「こんなに美味しい人間初めてだ!濃くて!甘くて!満たされる!本当に人間なんですか!?僕一人で飲むのはもったいないくらいだ!ブラッドリー様にも分けてあげないと!ああ!でも!もう一口…!」
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「あ…れ…?」
少年の口から血が吐き出される。
「うっ…!なんだこれ…どうして…。これは…毒…?まさか…あなたは人間じゃ…ない…?」
少年は苦しむように胸を押さえて蹲る。
「騙したな…。人間のフリをして…。あなたは…何者…なん…だ…。まさか…。」
言い終わらぬうちに、少年の身体がサラサラとした灰へと変わる。
ゆっくりとその姿は崩れ、灰だけが残った。
「倒した…のか?」
「…みたいだな。」
何が起きたがわからずに、二人はその灰を眺めた。
少年だった灰は風に舞い、消えていった。
「…傷は?」
「平気だ。少し血を抜かれすぎてクラクラするくらいだ。君は?」
「俺はなんともない。…なあ、さっきアイツが言ってたのって…。」
ノエルの言葉を遮るように、2人の頭上をカラスが旋回する。
レイヴンの操るカラスだ。
アダムが肩の高さまで腕を上げると、その腕を止まり木代わりにカラスが降りてきた。
「状況は?」
アダムの問いに、カラスは歪んだ声で答える。
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『2人とも怪我はしてない。少ししたら城の方へ向かう予定だ。』
「そうか。なら俺達はこのまま城の方へ向かおう。」
カラスは再び空へと飛び立っていく。
それを見送り、アダムはノエルに向き直る。
「君もそれでいいな?聞きたいことがたくさんあるだろうが、後にしてくれ。全部終わったら、ちゃんと話すから。」
「…信じていいんだな?」
「ああ。俺が君に嘘を吐いたことなんてないだろう?」
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