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36 オリビア
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アダムを見送り、ジャック、ラウム、リリーは吸血鬼の少女と対峙していた。
少女は無邪気に笑みを浮かべ、三人を見据える。
リリーが貫いた肩は、既に元通り綺麗に再生されていた。
「…普通の銃弾だと再生まで1分もかからないみたい…。」
「1分あればいけるわ。私が撹乱するから、ジャックは援護を。」
「わかりました。あの長物は厄介ですね。くれぐれも気を付けてくださいよ。」
「わかってるわ。リリー、銀の弾丸は温存して、ここぞという時に使って。相手はまだこちらが銀を所持してることに気付いていない。油断したところを確実に撃ち抜いて。」
「わかった、お姉ちゃん。」
三人はヒソヒソと作戦を話し合う。
リリーの銃撃をメインに、人間よりも身体能力の高い悪魔のラウムが撹乱し、ジャックが二人のサポートをするという形で作戦が決まった。
「なーに?内緒話?ブスがブスブスうるさいんだけどぉ?」
「「は?」」
ラウムとリリーが低い声を出す。
「何あの女。泣かす。徹底的に泣かす。」
「土下座して謝っても許さない。」
陳腐な煽りに、完全に2人とも頭に血が上っていた。
冷静さを失ったラウムとリリーを見て、ジャックは頭を抱えた。
「ねえ、おにーさん。そんなババアとブスより、私のものになってよ。私、人間の男を飼うのが趣味なの。毎日色んなお洋服着せて飾ってあげる。おにーさんスリムだからきっと色んな服が似合うわ。何着せようか今から楽しみね!たくさんたくさん可愛がってあげるわ!」
吸血鬼の少女は無邪気に笑う。
「俺、飼われるなら大人の女の方がいいんですけどねえ。」
「そんなことを言うのは最初だけ。すぐにオリビアの魅了に気付くわ。」
「へえ。アンタ、オリビアって言うんですね。」
「オリビアのこと、もっと知りたくなった?続きは2人きりの場所でどう?心配しなくても、私アッチも上手いのよ。」
オリビアと名乗った少女は、ジャックに下品なジェスチャーを見せる。
「人の男に手ぇ出してるんじゃないわよ!」
ラウムはダガーを持ちオリビアに襲いかかろうとする。
しかし、オリビアは軽い身のこなしでラウムから逃げた。
「キャハハハ、ババアの嫉妬みにく~い!」
「その下品な口、二度と聞けないように顎砕いてあげようか?」
リリーはショットガンを数弾打ち込む。
けれど、どれもヒラリと身を躱すオリビアには当たらずに空を裂いた。
「陰キャが粋がっても恥ずかしいだけでーす!」
オリビアはまるで鬼ごっこをして遊んでいる子供のように、2人を煽り逃げ回る。
ラウムは必死にオリビアを捕まえようと奔走し、リリーはその動きを止めようと何発も当たらぬ銃弾を放った。
ジャックは考える。
今驚異となっているのは相手のスピードだ。
相手を止めることさえできれば、こっちに分がある。
ジャックはオリビアに狙いを定める。
そして、指先を軽く振った。
「こういうのはどうです?」
オリビアの影が長く伸びて、素早く動く彼女の足を拘束する。
影を操る魔術だ。どんな生き物でも自身の影からは逃れられない。
「ありゃ?」
狙い通り、影に捕らえられたオリビアは足を止めた。
「ラウム!リリー!今がチャンスです!」
そうジャックが声を上げれば、2人は頷いた。
リリーは銃を構え、ラウムはダガーを手に彼女との距離を詰める。
勝てる。ジャックはそう確信した。
しかし、少女はいたずらに微笑み、手に持っていた大鎌を振った。
彼女を捕らえていた影が切り裂かれ、ゆらりとその形を地に沈める。
「げえ。なんすか、あれ。あの大鎌、魔術も切れるんですか…。」
「こんなもので私を止められると思わないで?」
オリビアはまるで踊るように鎌を振る。
リリーの放った弾丸は全て地面へと叩き落された。
「アンタ、調子に乗りすぎよ!」
ダガーを構えたラウムがオリビアに突撃する。
しかし、オリビアはヒラリとステップを踏み、それを躱す。
「ねー?こんなんじゃ全然つまんなーい。もっとオリビアを楽しませてよ、オ・バ・サ・ン。」
「今なんて言った!?私はオバサンじゃなくてお姉さんなの!」
「あなたこそ、対して可愛くないじゃない!」
「えー?オリビアは超超超可愛いでしょ~?顔も見せられないくらいのブスは黙っててくれる~?」
「ブスじゃないもん!あなたこそ性格がブスじゃない!」
完全にオリビアはラウムとリリーをおちょくることを楽しんでいる。
わざと2人の気に障ることを言って、からかって遊んでいるのだ。
「2人とも冷静になってください!敵の狙いは煽ってこっちのペースを乱すことです!」
「そんなことわかってるわよ!でもムカつくものはムカつくの!」
「お姉ちゃんに同意!コイツほんとやだ!なんで未来が見えるのに当たらないのよ!」
「クソッ、この女ちょこまかと…!」
「太り過ぎで動けないんじゃないですか~?その体脂肪全部胸にいけばいいのにね~!キャハハハ!」
「あーもう、完全に相手のペースじゃねえですか…。」
ラウムは無駄に体力を消費し、リリーは無駄打ちで確実に銃弾のストックが減っていた。
ジャックは考える。
オリビアを倒すためには銀の銃弾か自分の持っているダガーで確実に仕留めなければならない。
けれど、素早く縦横無尽に動き回るオリビアを仕留めるのは難しい。
近付こうにもあのリーチの長い大鎌は厄介だ。
相手の動きを止めるにはどうしたらいいか。
魔術を使ったところで当たらなければ意味がない。
適当に魔術を放ったところで、オリビアを追いかけるラウムに被弾するのは避けたかった。
相手は完全にこちらをもてあそんでいる。
ならば、こちらも多少卑怯な手段に出てもいいんじゃないのか。
「オリビア。」
ジャックはその少女の名を呼ぶ。
その声にオリビアは視線をジャックに移した。
「お前のコレクションとやらになってやってもいいですよ。」
「本当!?」
オリビアは目を輝かせる。
対照的に、ラウムとリリーは困惑した表情を浮かべた。
「ジャック…?何言ってるの?」
「お兄ちゃん!?」
「その代わり、二人に手を出さないと約束してくれますか?」
「えー?どうしよっかな~?」
「俺のこと、欲しいんでしょう?」
「じゃあ二人に武器を下ろさせて。」
「わかりました。…ラウム。リリー。」
ジャックは二人に目配せをする。
リリーは小さく頷き、散弾銃を地面に投げ捨てた。
しかし、ラウムは納得できないという顔で声を荒げる。
「意味わかんない!何考えてるの、ジャック!」
「ラウム、命令です。言う通りにしてください。」
ジャックとラウムは主従の契約を交わしている。
主人であるジャックの命令に、ラウムは逆らえない。
ラウムはしぶしぶ武器を地面に捨てる。
「…私は許さないわよ。」
ラウムはキッとジャックを睨んだ。
「さあ、これでいいでしょう?俺をどうしたいんです?」
ジャックも両手を上げて武器を持っていないことをアピールする。
オリビアはにっこりと笑って、跳ねるようにジャックの元へと駆けてきた。
オリビアは値踏みをするようにジャックの顔をジロジロと覗き見る。
「近くで見るとやっぱりいい男ね。」
「そりゃどうも。」
「スタイルも私好みだわ!色んなお洋服を着こなせそう!」
「…抱き締めて確認してみます?」
ジャックは不敵に微笑む。
ラウムの視線が痛いが、今は見ないふりをした。
「やだ!積極的なところも好き!」
オリビアはその両手に持っていた大鎌を投げ出し、腕を大きく広げ、ジャックに抱きつく。
武器が離れた。今がチャンスだ。
ジャックはその身体を抱き締めるフリをして、逃げられないように強く腰を抱く。
「リリー!」
その声に、リリーは袖口に隠して持っていた拳銃を発砲する。
同時に、ジャックは懐からダガーを取り出した。
リリーの撃った弾丸はオリビアの頭に、ジャックの振りかざしたダガーはオリビアの心臓を貫いた。
「な…!?」
「俺はガキに興味ねえって言ったでしょうが。」
銀の弾丸と銀のダガー。
頭と心臓という2つの急所を貫かれ、少女は力なく倒れ込む。
頭に空いた風穴と、貫かれた胸からその身がサラサラと灰へと変わる。
「こんなの…卑怯…だわ…。」
数分を待たずして、少女は灰となり消えた。
三人は、吸血鬼の少女を倒したのだ。
「やった…!」
リリーが感嘆の声を上げる。
「もう!本当に浮気するかと思ってヒヤヒヤしたんだから!」
ラウムは怒ったような拗ねたような表情を見せた。
ジャックは少女だった灰をただ静かに眺める。
「…ジャック。大丈夫?」
手に残る肉を抉る感触。命を奪うという行為。
心臓がバクバクとうるさい。嫌な汗が滲む。上手に呼吸が紡げない。
ジャックの様子がおかしいことを察して、ラウムはリリーに声をかける。
「リリー。先に城の方へ向かって。私とジャックは後から追いつくから。」
「でも…お兄ちゃんが…。」
「大丈夫だから。ジャックには私がついてる。行って。」
躊躇う様子を見せたリリーだったが、ラウムの言う通りに次の戦場へ向かった。
ラウムは顔色の悪いジャックを道端のベンチに誘導する。
呼吸が苦しいのか、ジャックを胸を押さえて口を噤んでいた。
その背中をゆるゆるとさする。
ジャックは上目でラウムを見ると、弱々しい声で呟いた。
「ちょっと…抱き締めてもらってもいいですか。」
言われた通りにジャックを抱き締めると、ジャックはラウムの肩に顔を埋め、その身を任せた。
ドクンドクンと五月蝿い心臓の音がラウムにも伝わる。
ジャックには人を殺すことへの強い抵抗がある。トラウマと言ってもいい。
アミュレスの戦争の時は無我夢中で戦い、たくさんの人間を殺した。
そして、我に返った時に大変なことをしてしまったという自己嫌悪に陥り、精神を病んだ。
その傷が癒えたとは言えない。
やはり心の隅で、命を奪うことへの恐怖心があった。
「ジャック。殺したんじゃない。守ったのよ。」
ラウムの優しい声が響く。
「…わかってます。すみません、しばらく…このままで。」
トントンと心臓のリズムに合わせて背を叩く。
その感触を確かめながら、ジャックはぎこちない呼吸を紡ぐ。
過呼吸とまではいかないが、不規則な呼吸はジャックの精神状態を現すようだった。
長くはない時間だったと思う。
しばらくして、伏せられていたジャックの目がゆっくりと開いた。
「落ち着いた?」
「はい…ありがとうございます…。ダメですね、俺。ほんとメンタル弱すぎる。相手は人間じゃないって…わかってるのに…。」
「殺すことに慣れなくていいのよ。ジャックはそのままでいて。そのままのジャックが私は好きよ。よく頑張ったわ。それでこそ私のマスターよ。」
優しく微笑むラウムをジャックはぎゅっと抱きしめた。
「ラウム…ほんとにいい女ですね…。」
「そう思うなら浮気なんてしないことね。」
「さっきのは浮気とかじゃねえですよ、そういう作戦です。」
「作戦だとしてもムカついたわ。」
「それは…すんません。」
ラウムは唇を尖らせてジャックの額を小突く。
彼女とのなんてことのない会話は、ジャックの心を軽くさせた。
「ところで、どうしてアダム・ウォードを先に一人で行かせたの?」
「東の外れにはアイツの女とガキがいます。ここにいたってアイツも集中できないでしょう。」
ラウムは意外そうな顔で目をパチクリとさせる。
「ジャック…。貴方本当にいい男になったわね。」
「惚れ直しました?」
「ええ。」
その返事にジャックは満足げに微笑んだ。
「まだ終わってないですよ。アダムのとこに向かいましょう。」
「そうね。」
ラウムが天に手を翳すと、数羽のカラスが集まった。
ラウムはそのカラスから情報を聞き出す。
「…アダム・ウォードは大丈夫みたい。ノエル・クラークと合流したみたいだわ。城の方が心配ね。焔が押されてる。リリーを先に向かわせたけど…アンジェラが奪われるのも時間の問題だわ。」
「わかりました。じゃあ城の方へ向かいましょう。リリーも心配です。」
二人は城の方へと駆け出した。
少女は無邪気に笑みを浮かべ、三人を見据える。
リリーが貫いた肩は、既に元通り綺麗に再生されていた。
「…普通の銃弾だと再生まで1分もかからないみたい…。」
「1分あればいけるわ。私が撹乱するから、ジャックは援護を。」
「わかりました。あの長物は厄介ですね。くれぐれも気を付けてくださいよ。」
「わかってるわ。リリー、銀の弾丸は温存して、ここぞという時に使って。相手はまだこちらが銀を所持してることに気付いていない。油断したところを確実に撃ち抜いて。」
「わかった、お姉ちゃん。」
三人はヒソヒソと作戦を話し合う。
リリーの銃撃をメインに、人間よりも身体能力の高い悪魔のラウムが撹乱し、ジャックが二人のサポートをするという形で作戦が決まった。
「なーに?内緒話?ブスがブスブスうるさいんだけどぉ?」
「「は?」」
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陳腐な煽りに、完全に2人とも頭に血が上っていた。
冷静さを失ったラウムとリリーを見て、ジャックは頭を抱えた。
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吸血鬼の少女は無邪気に笑う。
「俺、飼われるなら大人の女の方がいいんですけどねえ。」
「そんなことを言うのは最初だけ。すぐにオリビアの魅了に気付くわ。」
「へえ。アンタ、オリビアって言うんですね。」
「オリビアのこと、もっと知りたくなった?続きは2人きりの場所でどう?心配しなくても、私アッチも上手いのよ。」
オリビアと名乗った少女は、ジャックに下品なジェスチャーを見せる。
「人の男に手ぇ出してるんじゃないわよ!」
ラウムはダガーを持ちオリビアに襲いかかろうとする。
しかし、オリビアは軽い身のこなしでラウムから逃げた。
「キャハハハ、ババアの嫉妬みにく~い!」
「その下品な口、二度と聞けないように顎砕いてあげようか?」
リリーはショットガンを数弾打ち込む。
けれど、どれもヒラリと身を躱すオリビアには当たらずに空を裂いた。
「陰キャが粋がっても恥ずかしいだけでーす!」
オリビアはまるで鬼ごっこをして遊んでいる子供のように、2人を煽り逃げ回る。
ラウムは必死にオリビアを捕まえようと奔走し、リリーはその動きを止めようと何発も当たらぬ銃弾を放った。
ジャックは考える。
今驚異となっているのは相手のスピードだ。
相手を止めることさえできれば、こっちに分がある。
ジャックはオリビアに狙いを定める。
そして、指先を軽く振った。
「こういうのはどうです?」
オリビアの影が長く伸びて、素早く動く彼女の足を拘束する。
影を操る魔術だ。どんな生き物でも自身の影からは逃れられない。
「ありゃ?」
狙い通り、影に捕らえられたオリビアは足を止めた。
「ラウム!リリー!今がチャンスです!」
そうジャックが声を上げれば、2人は頷いた。
リリーは銃を構え、ラウムはダガーを手に彼女との距離を詰める。
勝てる。ジャックはそう確信した。
しかし、少女はいたずらに微笑み、手に持っていた大鎌を振った。
彼女を捕らえていた影が切り裂かれ、ゆらりとその形を地に沈める。
「げえ。なんすか、あれ。あの大鎌、魔術も切れるんですか…。」
「こんなもので私を止められると思わないで?」
オリビアはまるで踊るように鎌を振る。
リリーの放った弾丸は全て地面へと叩き落された。
「アンタ、調子に乗りすぎよ!」
ダガーを構えたラウムがオリビアに突撃する。
しかし、オリビアはヒラリとステップを踏み、それを躱す。
「ねー?こんなんじゃ全然つまんなーい。もっとオリビアを楽しませてよ、オ・バ・サ・ン。」
「今なんて言った!?私はオバサンじゃなくてお姉さんなの!」
「あなたこそ、対して可愛くないじゃない!」
「えー?オリビアは超超超可愛いでしょ~?顔も見せられないくらいのブスは黙っててくれる~?」
「ブスじゃないもん!あなたこそ性格がブスじゃない!」
完全にオリビアはラウムとリリーをおちょくることを楽しんでいる。
わざと2人の気に障ることを言って、からかって遊んでいるのだ。
「2人とも冷静になってください!敵の狙いは煽ってこっちのペースを乱すことです!」
「そんなことわかってるわよ!でもムカつくものはムカつくの!」
「お姉ちゃんに同意!コイツほんとやだ!なんで未来が見えるのに当たらないのよ!」
「クソッ、この女ちょこまかと…!」
「太り過ぎで動けないんじゃないですか~?その体脂肪全部胸にいけばいいのにね~!キャハハハ!」
「あーもう、完全に相手のペースじゃねえですか…。」
ラウムは無駄に体力を消費し、リリーは無駄打ちで確実に銃弾のストックが減っていた。
ジャックは考える。
オリビアを倒すためには銀の銃弾か自分の持っているダガーで確実に仕留めなければならない。
けれど、素早く縦横無尽に動き回るオリビアを仕留めるのは難しい。
近付こうにもあのリーチの長い大鎌は厄介だ。
相手の動きを止めるにはどうしたらいいか。
魔術を使ったところで当たらなければ意味がない。
適当に魔術を放ったところで、オリビアを追いかけるラウムに被弾するのは避けたかった。
相手は完全にこちらをもてあそんでいる。
ならば、こちらも多少卑怯な手段に出てもいいんじゃないのか。
「オリビア。」
ジャックはその少女の名を呼ぶ。
その声にオリビアは視線をジャックに移した。
「お前のコレクションとやらになってやってもいいですよ。」
「本当!?」
オリビアは目を輝かせる。
対照的に、ラウムとリリーは困惑した表情を浮かべた。
「ジャック…?何言ってるの?」
「お兄ちゃん!?」
「その代わり、二人に手を出さないと約束してくれますか?」
「えー?どうしよっかな~?」
「俺のこと、欲しいんでしょう?」
「じゃあ二人に武器を下ろさせて。」
「わかりました。…ラウム。リリー。」
ジャックは二人に目配せをする。
リリーは小さく頷き、散弾銃を地面に投げ捨てた。
しかし、ラウムは納得できないという顔で声を荒げる。
「意味わかんない!何考えてるの、ジャック!」
「ラウム、命令です。言う通りにしてください。」
ジャックとラウムは主従の契約を交わしている。
主人であるジャックの命令に、ラウムは逆らえない。
ラウムはしぶしぶ武器を地面に捨てる。
「…私は許さないわよ。」
ラウムはキッとジャックを睨んだ。
「さあ、これでいいでしょう?俺をどうしたいんです?」
ジャックも両手を上げて武器を持っていないことをアピールする。
オリビアはにっこりと笑って、跳ねるようにジャックの元へと駆けてきた。
オリビアは値踏みをするようにジャックの顔をジロジロと覗き見る。
「近くで見るとやっぱりいい男ね。」
「そりゃどうも。」
「スタイルも私好みだわ!色んなお洋服を着こなせそう!」
「…抱き締めて確認してみます?」
ジャックは不敵に微笑む。
ラウムの視線が痛いが、今は見ないふりをした。
「やだ!積極的なところも好き!」
オリビアはその両手に持っていた大鎌を投げ出し、腕を大きく広げ、ジャックに抱きつく。
武器が離れた。今がチャンスだ。
ジャックはその身体を抱き締めるフリをして、逃げられないように強く腰を抱く。
「リリー!」
その声に、リリーは袖口に隠して持っていた拳銃を発砲する。
同時に、ジャックは懐からダガーを取り出した。
リリーの撃った弾丸はオリビアの頭に、ジャックの振りかざしたダガーはオリビアの心臓を貫いた。
「な…!?」
「俺はガキに興味ねえって言ったでしょうが。」
銀の弾丸と銀のダガー。
頭と心臓という2つの急所を貫かれ、少女は力なく倒れ込む。
頭に空いた風穴と、貫かれた胸からその身がサラサラと灰へと変わる。
「こんなの…卑怯…だわ…。」
数分を待たずして、少女は灰となり消えた。
三人は、吸血鬼の少女を倒したのだ。
「やった…!」
リリーが感嘆の声を上げる。
「もう!本当に浮気するかと思ってヒヤヒヤしたんだから!」
ラウムは怒ったような拗ねたような表情を見せた。
ジャックは少女だった灰をただ静かに眺める。
「…ジャック。大丈夫?」
手に残る肉を抉る感触。命を奪うという行為。
心臓がバクバクとうるさい。嫌な汗が滲む。上手に呼吸が紡げない。
ジャックの様子がおかしいことを察して、ラウムはリリーに声をかける。
「リリー。先に城の方へ向かって。私とジャックは後から追いつくから。」
「でも…お兄ちゃんが…。」
「大丈夫だから。ジャックには私がついてる。行って。」
躊躇う様子を見せたリリーだったが、ラウムの言う通りに次の戦場へ向かった。
ラウムは顔色の悪いジャックを道端のベンチに誘導する。
呼吸が苦しいのか、ジャックを胸を押さえて口を噤んでいた。
その背中をゆるゆるとさする。
ジャックは上目でラウムを見ると、弱々しい声で呟いた。
「ちょっと…抱き締めてもらってもいいですか。」
言われた通りにジャックを抱き締めると、ジャックはラウムの肩に顔を埋め、その身を任せた。
ドクンドクンと五月蝿い心臓の音がラウムにも伝わる。
ジャックには人を殺すことへの強い抵抗がある。トラウマと言ってもいい。
アミュレスの戦争の時は無我夢中で戦い、たくさんの人間を殺した。
そして、我に返った時に大変なことをしてしまったという自己嫌悪に陥り、精神を病んだ。
その傷が癒えたとは言えない。
やはり心の隅で、命を奪うことへの恐怖心があった。
「ジャック。殺したんじゃない。守ったのよ。」
ラウムの優しい声が響く。
「…わかってます。すみません、しばらく…このままで。」
トントンと心臓のリズムに合わせて背を叩く。
その感触を確かめながら、ジャックはぎこちない呼吸を紡ぐ。
過呼吸とまではいかないが、不規則な呼吸はジャックの精神状態を現すようだった。
長くはない時間だったと思う。
しばらくして、伏せられていたジャックの目がゆっくりと開いた。
「落ち着いた?」
「はい…ありがとうございます…。ダメですね、俺。ほんとメンタル弱すぎる。相手は人間じゃないって…わかってるのに…。」
「殺すことに慣れなくていいのよ。ジャックはそのままでいて。そのままのジャックが私は好きよ。よく頑張ったわ。それでこそ私のマスターよ。」
優しく微笑むラウムをジャックはぎゅっと抱きしめた。
「ラウム…ほんとにいい女ですね…。」
「そう思うなら浮気なんてしないことね。」
「さっきのは浮気とかじゃねえですよ、そういう作戦です。」
「作戦だとしてもムカついたわ。」
「それは…すんません。」
ラウムは唇を尖らせてジャックの額を小突く。
彼女とのなんてことのない会話は、ジャックの心を軽くさせた。
「ところで、どうしてアダム・ウォードを先に一人で行かせたの?」
「東の外れにはアイツの女とガキがいます。ここにいたってアイツも集中できないでしょう。」
ラウムは意外そうな顔で目をパチクリとさせる。
「ジャック…。貴方本当にいい男になったわね。」
「惚れ直しました?」
「ええ。」
その返事にジャックは満足げに微笑んだ。
「まだ終わってないですよ。アダムのとこに向かいましょう。」
「そうね。」
ラウムが天に手を翳すと、数羽のカラスが集まった。
ラウムはそのカラスから情報を聞き出す。
「…アダム・ウォードは大丈夫みたい。ノエル・クラークと合流したみたいだわ。城の方が心配ね。焔が押されてる。リリーを先に向かわせたけど…アンジェラが奪われるのも時間の問題だわ。」
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