空に舞う白い羽根

青山ねる

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明るみに出る謎

天使と黒天使の間の子

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俺は単身で雲の多い空を飛んでいた。雲の下からは見慣れた建物が見える。
  羽根を動かす度に、全身に風を感じる。俺はこれが好きで時々空中散歩をする。
 ……マルーは退屈だと言いそうだな。
俺は思った。
マルーはマルグリットのことで、付き合って半年になる。マルグリットの方から付き合って欲しいと交際を申し込まれた。
 最初は断った。しかしマルグリットは懲りずに俺に交際を迫ったため、俺は渋々了承した。しぶとい女だと思ったが、マルグリットと付き合って俺は良かったと感じるようになった。マルグリットは俺が好きなチーズケーキを作って(素直に美味しいと感じる)くれたり、俺の至らない部分を教えてくれたりもした。
俺が気まぐれで彼女を助けたことが、マルグリットにとって俺に好意を寄せるきっかけになったのだ。マルーというのは愛称で、付き合って三ヶ月で彼女からそう呼ぶのを許された。
 「現実では大変なことになっているのに、随分余裕があるんだな」
 俺の幸せな回想と単身飛行を遮ったのは、悪意に満ちた声だった。姿は見えないが、気配からして黒天使というのは明白だ。
  現実と黒天使で俺は思い出した。天界内に黒天使が侵入し、ラフィアを狙っていることを。黒天使の呪文の苦痛から逃れるために、大切な事まで忘れるとは情けない話だ。
 原因はサレオスだ。奴の呪文は全身に針が刺すように痛かった。体術を習わされているから、痛みには慣れてるが、あの呪文は体術よりはるかに痛い。俺の記憶を飛ばすほどに。
 俺が考えている内に、雲が動き、何かが高速で飛んでくるのが見える。
 風を切る音が真後ろからした。俺の背後に回ったらしい。俺はとっさに右に体を少し回し、右腕で攻撃を受け止めた。重い。こいつは本気で俺にダメージを与えたいのが理解できる。
「どうだ。目に見えない人間から受ける攻撃は」
透明人間は俺に語りかける。低い声からして男なのが分かる。
「……お前、ベリルとかいう奴か」
俺は言った。ベリルは緑髪の黒天使で、リンのことを散々馬鹿にしていたから、リンに代わって背中を蹴っ飛ばしてやった。
 窓から出る際に呪文を解いたから奴に姿を見られていても仕方がないか。
俺の名前は黒天使の誰かに聞いたのかもしれない。
 俺に仕返ししに来たとしても可笑しくはない。
 透明人間は「違う」と否定する。
「肝心なことが抜けてるぞ、俺はおまえが使った姿と気配消しの呪文を使って今おまえの目の前にいる」
透明人間は長々と言った。確か姿と気配消しの呪文は天使にのみしか使用できない。しかし気配は黒天使……何だこれは。
「お前、何で姿と気配消しの呪文が使えるんだ」
「気づいたか、俺は黒天使と天使の間に生まれたハーフといった所だ。天使の呪文も使用可能だ」
透明人間は自慢げに言った。どうにも鼻につく言いぐさが気にくわない。
「攻撃したのは俺を倒すためか?」
「単なる挨拶だ。魂だけのおまえを殺すのは面白くないからな」
透明人間は物騒なことを口走る。
「……そのハーフとやらが俺に何の用だ」
俺は訊ねる。夢ならさっさと覚めて欲しい。俺は黒天使との接点はない。例えハーフだとしてもだ。
「腹違いの弟に対して随分な言い方だな」
透明人間は不快そうに言った。
「腹違い? お前が俺と繋がりがあるのか」
にわかに信じがたい話だ。透明人間の話が事実なら俺には黒天使のハーフの兄弟がいることになる。
とはいえ、無視もできなかった。噂だと天使の中には治安部隊の目をすり抜けて黒天使と関係を持つ者がいると。
ただし相当な労力がないとできないので、普通の天使ならやらない。
俺の両親が俺を親戚に引き取らせた原因が何となく分かった気がする。両親のどちらかが黒天使と関係を持ち、ハーフの弟が生まれたから。
俺をいらないと言ったのも俺を巻きこまないため、そんな所かもしれない。これは想像だから叔父に直接聞くしかない。
もし俺にハーフの弟がいると知られても治安部隊の罰則は無いが、学校内で居心地の悪い思いをする。マルグリットは別れたがるかもしれない。マルグリットの祖母が黒天使がかけた異常呪文で苦しんで亡くなったこともあり、黒天使を憎んでいるからだ。
 しかし、俺は透明人間の言うことを鵜呑みにすることはできなかった。俺を惑わすために嘘を吐いてる可能性がある。
「……すぐに信じろとは言わない、しかし近いうちに、おまえは知ることになる。俺とおまえの繋がりを」
透明人間は言うと、ゴホッ……ゴホッ……と咳をする。
 目の前から突如緑色の光が波のように俺に降りかかる。避ける暇は無かった。
「話は終わりだ。現実に戻れ」
透明人間の声を聞いている間、強烈な眠気が襲ってきた。俺に異常呪文の一種をかけたようだ。
「お前……名は」
俺は眠気をこらえて相手に訊ねる。名ぐらいは知っておいて損はないからだ。
 呪文をかけたため、透明の姿は解除されていたが、意識が保っていられず目を閉じた。
 その直前に、相手が名を名乗った気がしたが、俺の意識は闇に包まれた。

俺は重い瞼をゆっくりと開いた。目の前にはメルキ先生(リンに言われたので一応呼び捨てはやめた)とラフィアが心配そうな表情で俺を見ている。
「気がついたようだね、具合はどうかな?」
「痛みは……無いです」
メルキ先生の問いかけに、俺は答える。左羽根の激痛は完全に引いている。
「コンソーラさんがくれたラビエス草が効いたんだね」
ラフィアは安心した顔になった。 コンソーラ、ああ、あの赤毛の黒天使の女か。あいつそんな物をラフィアに渡していたのか。
 「俺……どれくらい寝てました?」
 「二十分くらいだね。戦闘をこなした後の休憩だと思えばいいよ、きみは良くやってくれたね。お陰でラフィアさんを守ることができた」
メルキ先生は朗らかな声で言った。
二人が見ている中、俺はゆっくりと体を起こした。
ずっと寝ていても落ち着かないからだ。
「今、時間はありますか?」
俺はメルキ先生に訊ねる。黒天使が外にうろついている上に、校内に黒天使が入ってきた。よって長話をするのは好ましくない。
 しかし、どうしても話しておきたかった。
「あまり長い話は駄目だよ、リン君達が学校に来るからね」
「分かりました。五分で済ませます」
俺は夢の中で起きたことを脳内で整理した。
「……俺、妙な夢を見たんです」
「どんな夢かな」
メルキ先生は聞く気満々だった。
俺は起きた事を要点のみまとめた。ハーフの黒天使が現れたこと、俺と血縁関係があることを。
「夢に出てきたハーフ君はきみと兄弟ってことか」
話を聞き終えると、メルキ先生は軽く頷く。
「顔は見たの?」
「いや、奴は話している間は姿と気配消しの呪文を使っていたから見てない」
ラフィアの質問に、俺は答える。
「つまり透明人間だね」
「そうなるな」
「他に気になることは無かったかな」
メルキ先生は問いかける。
俺は夢の記憶を思い返し、印象に残ったことが二つある。
「奴は咳をしてました。もしかしたら体の具合が悪かったのかもしれません」
俺は言った。メルキ先生は口を挟む。
「ハーフは体が弱いって聞くからね。体調が優れてないというナルジス君の読みは当たってるよ」
成る程……俺はメルキ先生の言葉に納得した。
俺は額に手を当てる。
「もう一つは目が覚めるまえに奴の名前を聞いた気がします。名前はグシ……その下はあと二文字言っていた気がしますが分かりません」
「グシか、ハーフの黒天使のグシのことは、黒天使に聞いてみるしかないね。コンソーラさんが良いかも」
同胞である赤毛女なら確かに何か知ってそうだ。
「グシって、そんな呼び方で良いんですか」
ラフィアは訊ねた。名前の呼び方が引っ掛かったらしい。
「ちゃんと名前が分かれば修正するよ」
「あと、一つ質問しますけど、ナルジスくんの夢は黒天使の呪文か何かですか、護衛の呪文が一瞬赤くなったのが気になりました」
ラフィアは疑問を口にした。
俺達を覆っている護衛の呪文には外部から身を守ってくれる。
 それだけでなく、黒天使の呪文を察して赤い色に変化したりする。
「そうだね、グシがナルジス君にかけたのは交信の呪文で、身内と会話したい時にかける呪文だよ、護衛の呪文も無害だと判断したから貫いたんだろうね。交信の呪文は単に会話するだけだし。
 仮にナルジス君が起きてても、ナルジス君はグシと声だけで会話してたよ、簡単には言えば身内版テレパシーだね。例えるならリン君とユラ君なら交信の呪文は使用できるんだ」
メルキ先生は長々と説明した。
身内ということは、夢のハーフは俺と血縁関係があるのか。
「じゃあ、お姉ちゃんと交信できるのかな」
ラフィアは淡い希望を抱いた。しかしメルキは「無理だよ」ときっぱり否定する。
「交信の呪文は制約があって、半径二十キロ内でないと効果が出ないんだ」
「厄介な制約ですね」
ラフィアの声色からは落胆がにじみ出た。便利の裏の欠点か。
 クローネお姉ちゃんがどこにいるか分からない以上メルキ先生が指摘するように呪文を使用してクローネお姉ちゃんと話すのは無理がある。
「逆に言えば、その範囲内にグシがいるってことになるね」
「まさか探すんですか」
「いやいや、流石にしないよ、リン君達のこともあるしね」
メルキ先生はきっぱり言った。
「……俺は奴の言うことを信じた訳ではないです」
「それが当然の反応だよね、先生も生き別れの兄弟が黒天使にいましたなんて言われても、すぐに信用できないよ」
「あと、この事はクラスの皆には黙っててくれませんか、知られたら面倒ですから」
俺は念を押して言った。
もし俺のことが知られても俺だけか害を受けるのは良い、が、マルグリットに何かされたら困る。
「大丈夫、先生は秘密を守るよ、ラフィアさんも良いね」
先生の話に、ラフィアは首を縦に振る。
「……絶対言わないよ、マルグリットちゃんの幸せは守りたいから」
ラフィアは真面目に言った。友達を想うのはラフィアらしいと思った。

話を終え、俺はメルキ先生とラフィアと共に壊れた保健室から教室へと移動した。リン達の中にベリルがいるらしく、奴と戦うための準備をするとメルキ先生は言った。
  その時には、夢の余韻も少しは落ち着いていた。今を見ないとな。
 俺の胸には不安が残るが、逃げずに向き合おうと思った。ラフィアも小さい体ながらも前に進んでるんだからな、逃げるのは格好悪い。
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