空に舞う白い羽根

青山ねる

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裏で動き出す者

恋路は狂気に変わる

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「必ず息子を殺した天使を捕まえて下さい」
「分かりました。約束します」
泣き崩れる女性に、背中に白い羽根、灰色のスーツを着た青年が女性に優しく語りかける。

「おい、泣くなよ」
「ううっ……すみません」
二人の男女の天使は羽根をはばたかせて、天界に戻る所だった。
 灰色のスーツの男はスジャーク、ベリーショートの女はクラントという。二人は天界の秩序を守る治安部隊に所属している。
スジャークは経験を重ねているが、クラントは新人で経験が浅く、ああいった場面に慣れていない。
  二人が先ほど人間界の女性の家に行ったのは、他の天使からの通報で女性の息子が自室で、人間がやったとは思えない死に方をしていたことだ。
  息子の自室には天使特有の呪文の痕跡も残っていたので、天使の犯行だと断言できる。
スジャークはハンカチをクラントに手渡した。
「ほら、これで涙拭け、そんな顔して帰ったらカリエンテにどやされるぞ」
「……はい、有難うございます」
クラントは涙をハンカチで拭った。カリエンテはスジャークより上の立場で仕事に厳しく、泣いた顔も許さないのだ。
 本当なら呪文を使って天界に一瞬で帰れるが、クラントが落ち着く時間を与えたかったのだ。
「しかし厄介だな、今日は天使の昇級試験があったからな」
「そうですね……」
今日は見習い天使が一人前の天使になる資格を見る試験が行われた。当然見習い天使を含め天使は複数飛び交っており、そんな日に人間界で天使が起こした殺人事件が発生した。
 人間が悪い方向で、天使を見る目が変わることは避けられない。
「私は犯人は見習い天使な気がするんです」
クラントは真剣な口調で語る。目は腫れているが、少し落ち着いてきている様子だった。
「何でそう思う?」
「呪文の波長を調べたのですが、一人前にしては弱かったからです」
クラントは言った。見習い天使は力が弱いからだ。
「俺もお前の言ってることに同意だ。学校の教師にも聞きに行った方が良いだろうな、これは他の奴に任せよう」
「法を犯した見習いを一人前にしてはいけませんよ」
クラントは右手を握りしめ、やる気に満ちていた。
クラントには親交のある従妹がいて、今日試験を受けており、従妹に影響があると思うと放っておけないのだ。
涙もろい所は問題はあるが、クラントは成長の余地がありそうだ。
「そう焦るな、俺達はカリエンテに報告しに行こう、移動呪文を使うが準備は良いな」
スジャークはクラントに言った。しかしクラントは顎に手を当てて考えていた。
「どうした?」
「見習いという単語を聞いて、もう一つ思い出したんです」
「何だ、早く言えよ」
スジャークは急かした。
「スジャークさんの知り合いにリン君という男の子いますよね」
クラントは真剣な声色で語った。リンは見習い天使で、事情がありスジャークと縁がある。
クラントは一度だがリンの姿を見たことがある。
茶色い髪に、深い青い瞳が印象的だった。
スジャークは「ああ」と短く語る。
「不謹慎な話で申し訳ないですけど、ニム君の容姿がリン君と似てた気がするんです」
クラントは言った。ニムとは殺された少年の名である。

天界にある天使が住むメイレー村のある家に、一人の少女が住んでいた。
 彼女の名はカンナ、背中には白い羽根を生やし、濃い栗色の髪に背中までの長さに一部を束ね、目の色も髪と同じ色をしている。
カンナは身支度を整えていた。
『カンナさん、悪いことは言わない、自首しよう』
カンナの脳内に、学校の先生でカンナのクラスの担任であるニルッタの声がする。天使同士が使用できるテレパシーで声を飛ばしているのだ。
 当の本人のニルッタはカンナの呪文により全身を包帯でグルグル巻きにされており、カンナの自室の宙に浮いている。
 窒息を防ぐために、鼻には巻いていない。
『嫌です。折角得た力を発揮できないのは一生後悔が残りますから』
カンナはニルッタの提案を否定した。
ニルッタの言っていることは理解していた。地上で人間の少年が殺された事件はカンナが犯人なのだ。
ニルッタは治安部隊より早く気付きカンナを説得に来たのだが、カンナは聞く耳を持たなかった。
 ニルッタが自分に呪文をかけてくると察し、カンナが先手をとってニルッタを包帯で拘束したのだ。
クラントには気の毒だが、犯人は一人前の天使になってしまった。
『先生にはお礼を言いたいですよ、不登校な私を天使にする機会を与えてくれて、だから生かしてるんです』
カンナは静かに語る。
カンナは一年間学校を不登校となり、本来なら一人前の天使になるために必要な試験は受けられないはずだった。
しかしニルッタの計らいで試験を受けることができて、カンナは晴れて一人前の天使になれた。
 カンナは見境無しに凶行には及ばないつもりである。
 『カンナさん、どうして何の罪の無い少年を殺めたりしたんだ』
ニルッタは違う質問を投げ掛けてきた。カンナの内心を知りたい、そんな思いが伝わってくる。
 『そんなの簡単ですよ』
カンナは身支度を終え、ニルッタの方を見た。
「彼がリン君に似てたから、憎しみが沸いてしまったんですよ」
カンナな両手で自分を抱き締め、うっとりした表情を浮かべた。
テレパシーを忘れ、自分の口で喋った。
「リン君が悪いんですよ、私が好きだって想いを伝えたのに良い返事をくれなかったから、私に好意が無いなら、最初から優しくしないで欲しいですね。
   あの男の子もいけないんです。私が帰る途中で視界に入ったから」
カンナの声色には狂気を感じさせた。
カンナが十三才の時に、リンのことが好きになり彼に想いを告げたが、交際を断られた。加えて十四才の時に同じクラスだったナルジスにも傷付くようなことを言われ、カンナの精神には二つの深い傷が残り、不登校となった。
 しかし、ナルジスのことは恨んではいるが、恨みのエネルギーで不登校でも勉強には打ち込んでいたお陰で、からきしだった呪文も多く使えるようになったので、ナルジスには感謝している。
むしろカンナにとって憎いのは思わせ振りな態度をとっておいて自分の気持ちを踏みにじったリンだった。
『まさかだと思うけど、リン君を殺すのか』
ニルッタはカンナの核心をついてきた。恐らく強張った表情をしているだろう。
「当然ですよ、彼には責任取ってもらいたいですから、命をもって償わせます」
『これ以上罪を重ねたら、君は死刑になるよ、ティーア士官は未成年でも殺人には容赦しないよ』
ニルッタはカンナの身を案じていた。ティーアは治安部隊の一人で、法を犯した天使を裁いている。
 「覚悟の上です。リン君を殺すことができたら、死刑でも何でも受けます」
カンナはニルッタの忠告にも動じなかった。カンナは部屋の窓を開ける。生暖かい風がカンナの頬を撫でる。
 死刑は怖くない、カンナの内心ではこの手でリンを殺せると思うだけでゾクゾクしている。
「呪文は二十分経ったら切れるんで、それまで我慢して下さい」
カンナはニルッタに言うと、白い羽根をはばたかせて空を飛んだ。
 これから天界内には黒天使と呼ばれる天使の敵が治安部隊の本拠地に侵入してくる。これは連絡を取り合っている黒天使の情報だ。
 その黒天使とは今使用されていない屋敷で落ち合うことになっている。
「待っててねリン君、私が貴方を必ず殺してあげるから」
カンナの表情は不気味かつ、近寄りがたいものだった。

    
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