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忠誠心は血より重いか
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衛生部内の倉庫室で必要な備品を発注するための確認作業をしていた時、扉を叩く音が聞こえてきた。隣にいた下の立場の隊員が立ち上がり対応する。
「どんな用件で?」
「王太子殿下付き侍従、オールディンだがリュート中佐はこちらにいらっしゃいますか」
「あっ……おります。失礼いたしました……」
ジェームズは軍人ではないが王太子殿下、それも現在は国王陛下の代理公務も頻繁にこなされている方の侍従なので身分は高い。
集中を切られ苛立たされたのか少しぶっきらぼうな態度を取った隊員は慌てて姿勢を正し、中にいるマシューに伝える。
「ジェームズ様。何か問題でもありましたか」
衛生部に突然来る者は多いが、大抵は怪我や病人など治療を必要としている場合だ。だがそういう時は先ず衛生部内の執務室へ行ってどのような具合か説明し、補佐官が適切な医者を選んで対応することになっている。
そのため個人的な理由でジェームズが来たのだろうと予想した。
「リュート中佐。お忙しいところ申し訳ないが、ギルバート王太子殿下がお呼びでいらっしゃいます。ご足労願えますか」
「作業の途中なのですが――どのくらいかかりそうですか」
「正確にはお答えしかねますが、もしかしたら今日はもう衛生部へ戻る時間がないかもしれません」
簡単な用件ではないようだ。マシューはもう一人の隊員に謝り、また、オーウェンに伝えてほしいと頼んで倉庫室を出て行く。
歩いている間、当たり前だがジェームズは余計なことを喋らない。
――この人は僕と王太子が同じ部屋で寝たこと知っている。どういう関係だと思ってるんだろう。
先日のことを思い出してマシューは思わず赤面すると同時に、黒い感情に支配される。
相変わらずふとした瞬間にローレルの思いの中に入り込む現象は続いており、ハリーの診療所から借りた薬草も、この間の休みにその記憶を元にきちんと作って返すことができた。ハリーに喜ばれたし患者の役に立っているという実感もある。
そのためローレルに感謝をしているが……それと同時に自分のギルバートに対する感情に罪悪感が芽生える。
ローレルから直接ギルバートを奪ったわけではないが……
いや――とマシューは頭を振る。ローレルがいなくなった原因に自分は直接関わりはなくても、全く無関係だとは言えない。
彼女は殺されなければいつかはフィルと結ばれただろうし、ギルバートと自分がこうなることもなかったはずだ。
結局あの夜ギルバートを拒否した理由をはっきりとは伝えなかった。マシューのことを『愛しい』と言い抱きしめてくれたが、恐らくもう二度とそんな幸せな時間は訪れないだろう。
一番恐れているのはギルバートと触れ合えないことではない。ギルバートが真実を知り絶望することだ。
マシューは落ち込んでいる様子を顔に出さないようにすることだけに注意してジェームズの後を追って歩いていたため、どこに行くのか気にしていなかった。
しばらくするとジェームズがある執務室の扉を開けたので、おそらく着いたようだ。
中に通されるとやはり王太子殿下が見えた。その向かいに一人の軍人が座っているがこちらに背を向けているため顔は見えない。その横には素朴な身なりの若者が立っている。
――あっ……バジル、ダリスから帰って来たのか。でもどうしてここに……フィルは自分が王太子だと打ち明けたのだろうか。
植物園に行ったのは結構前だし、服装も今とは全然違ったので、バジルの方は僕があの時のマシューだと気が付いていないようだ。
ギルバートの横のソファに腰を掛けるよう促された。色々な感情が込み上げてきたが今は勤務中だと自分に言い聞かせる。
テーブルには茶のセットがあり、湯気が出ているので用意されたばかりだと分かった。
マシューは男たちの雰囲気を見て、すでに彼らは何かしらの話し合いをしていて、その途中で自分が呼ばれたのだと機敏に察する。
部屋にいる全員が席に着いてから、ギルバートが向かいに座っている軍人に恭順の意を問いた。
ハリーが言っていた、サイフォーク伯爵家の嫡男、オルドだ。マシューとは直接関わりがないが、人当たりが良く真面目で優秀だと言われている男だったと思い出す。確かに柔らかそうな茶色の癖毛に良く合う、明るい雰囲気の持ち主だ。
次に自分の番が来た。同じような内容だが、自分だけに向けられたギルバートの言葉が引っかかる。
『忠誠心は血より重い……』
マシューはこの話し合いが意味することを即座に理解した。なぜなら――心当たりがあるからだ。
王太子は知っていたのか……とマシューは驚いた。ということは、この間の夜に王太子を拒否した時、王太子はマシューがそうした理由を分かっていたのか。
分かっていて何も訊かなかったのか、それともその後に知ったのか。だがどうやって彼だと分かったんだ……
「さて……」
ギルバートが自分の右側から周りをゆっくりと見渡し、マシューの前で視線を止めた。
「マシュー。単刀直入に言うが、ダリス王国で起こっている問題の件で、少し気になる人物が浮かんできた」
マシューは無言で頷いた。
「お前の父シャーディル侯爵とここにいるガードンの植物園で働いているアルフという使用人に何か繋がりがあるか知っているか」
――アルフ……初めて聞く名だ。ローレルの記憶の中でも。
「いいえ、全く。そもそもアルフという人物を知りません」
「アルフでなくて植物園は?」
「それも、聞いたことがありません」
「本当にか」
マシューはバジルをちらっと見て、申し訳ないと心の中で謝った。
「正直に言いますと……父は侯爵家の生まれです。ですので、平民街に知り合いがいるとは思えません」
ギルバートはゆっくりと茶で喉を潤してから、マシューに対してなぜリュート宰相とアルフの関係について訊いているのか説明した。
――この男があの二人組の一人なのだろうか。
ローレル自身が犯人を知らないからなのか、記憶の中で見るのは曖昧な姿だけだ。
それでもその内の一人はすぐに誰だか予想できた――いや、あくまで予想だと思い込みたいが、実際は確信している。
次にされた問いは、マシューにとって意外だった。
「では、父親に愛人がいるか分かるか?」
「え? 愛人?」
「そう、愛人だ。愛人でなくともお前の母親の侯爵夫人以外に女の影があるのか訊いている」
頭の中の記憶を辿るように考え込む。
「僕の知る限りでは……父は忙しく内政宮に泊まることが多く、あまり屋敷に帰って来ないので分かりません」
「お前の両親の様子は?」
「――普通に会話をしています。ただ夫婦としての関係については、僕には分かりません」
――なぜ愛人のことを訊くんだろうか。それが今回のことに関わりがあるのか。
そのマシューの疑問が分かったかのように、ギルバートが言った。
「リュート宰相と国王愛妾ゾーイの密会情報を得ている」
「え?!」
マシューは動揺した。同じくオルドも意外な組み合わせに驚いたようだが、バジルは関係性が分からないためか不思議そうな顔つきでいる。
「それは……本当ですか」
オルドが恐る恐る尋ねる。
「隠れて会っているのは何度も目撃されている」
――国王の愛妾って……
「王太子殿下」
マシューは堪らずギルバートに反論しようとした。
「不躾な発言をお許しください」
「構わないぞ、何だ?」
「父は……真面目な性格です。典型的な貴族の思想も持っています。そんな父が、露見したら現在の宰相の地位を追われるかもしれないという危険をおかしてまで、愛妾と関係を持つでしょうか」
「お前の疑問はもっともだ。だが、もしそれが普通の逢瀬でないとしたら?」
「――どういう意味でしょうか」
ギルバートがマシューを見る。その美貌をより輝かせる青い瞳には、悲しさが浮かんでいるような気がした。
「密会は不義のためではなく、国王との連絡役ということだ。ダリス王国で起こっている問題も含め、王位継承権争いを計画している可能性がある」
「……え?! ですが、現在王位継承権があるのは王太子殿下お一人でいらっしゃいますよね」
「そうだ。だがこのまま事態が悪化していけばそう遠くない将来、我が国とダリス王国で戦争が起こることは免れないだろう。そうなれば、国王は王妃と離縁する。二人の仲は悪い。国王はダリス王国と問題にならず王妃と離縁できる機会をずっと狙っているように思う。平時なら無理だが、戦争になればダリス出身の姫を送り返しても問題にならない――むしろそれが普通の行動とされる。それに国王は王妃に似ている俺のことも疎ましく思っているしな」
「ですが、それでも王太子殿下、ギルバート様が王位継承者なのは変わらないはずでは……」
話を理解しようと、マシューとオルドは必死に王位継承法を思い出す。
「ご説明いたしましょう」
口を挟んだのはそれまで黙っていたジェームズだ。
「確かに王太子殿下の母君でいらっしゃる王妃アデレイド様と国王陛下が離婚なさっても、ギルバート様の王位継承権に変わりはございません。それはもしその後、国王とゾーイ様が結婚されたとしてもです。ですがそうなった場合、お二人の子供、アーサー様も新たに王位継承権を持つことになります」
ジェームズは周りが内容を理解するまで待ち、それから続けた。
「順位は変わりません。ですが……王太子殿下は軍に所属していらっしゃいますので、有事の際は戦場へ出向かれます。その時に――このような発言をすることをお許しください、何も問題がないとは言いきれませんし、国王が議題に挙げ議会で三分の二以上の賛成を得て承認されれば、王位継承権の順番変更も可能ではあります」
男たちが沈黙する。先ず口を開いたのはオルドだ。
「ダリス王国で起こっている縞草の件や取引価格の上昇は全て我が国の王位継承権のため、ということでしょうか?」
マシューが頭に浮かんだ問いを言う。
「王太子殿下。ですが、もし殿下の異母弟アーサー様が王位継承権を持つとして……父が関与する利点が思いつかないのですが……」
「確かに、私もその点について疑問に感じます」
オルドも同意する。バジルは相変わらず話についていけないのか沈黙したままだが、ギルバートとジェームズはすでに彼らの間でそのことについて話し合ったようで、ギルバートがジェームズ、それからマシューを横目で見る。
「国王から相当の対価を約束されているとしたら? それにもしかしたらすでに受け取っているのかもしれない」
「……どういうことですか」
その問いには、ジェームズが答えた。
「貴殿の御祖父がご存命だった頃、シャーディル侯爵家には多額の借金がありました。今より三十年ほど前、前侯爵が亡くなったのと前後してリュート宰相の名で全て返済していると記録に残っています。ですが、どのように工面したかまでは分かりませんでした。マシュー様はご存知でしたか」
「いえ、領地経営も順調と聞いていますし、正直お金に困ったことがないので……借金があったこと自体知りませんでした」
それはそうだろうと男たちは思った。マシューの雰囲気を一目見れば、生まれた時から恵まれた環境で育ったことは誰にでも簡単に見受けられる。
「と言うことは借金を肩代わりしてもらう為にそんな前から……」
ギルバートはマシューの呟きには直接答えず、「それに……」と続ける。
「シャーディル侯爵家は名門だが先代、先々代は王宮であまり重要な地位についていなかった。そんな中、リュートを宰相に任命したのは王国ニコラスだ。もちろん俺が国王代理についてからは家名だけでポストを決めているわけでなく実力を重視している。リュート宰相はどちらかと言えば有能だろう。だが目を見張るほどの実績はなかった。なら――宰相についても、何らかの取引があったと考えるのが自然ではないか?」
マシューは現実が、剣で刺されるように突きつけられるのではなく、マシューの言い訳を削ぐように迫ってくるのを感じずにはいられなかった。
「どんな用件で?」
「王太子殿下付き侍従、オールディンだがリュート中佐はこちらにいらっしゃいますか」
「あっ……おります。失礼いたしました……」
ジェームズは軍人ではないが王太子殿下、それも現在は国王陛下の代理公務も頻繁にこなされている方の侍従なので身分は高い。
集中を切られ苛立たされたのか少しぶっきらぼうな態度を取った隊員は慌てて姿勢を正し、中にいるマシューに伝える。
「ジェームズ様。何か問題でもありましたか」
衛生部に突然来る者は多いが、大抵は怪我や病人など治療を必要としている場合だ。だがそういう時は先ず衛生部内の執務室へ行ってどのような具合か説明し、補佐官が適切な医者を選んで対応することになっている。
そのため個人的な理由でジェームズが来たのだろうと予想した。
「リュート中佐。お忙しいところ申し訳ないが、ギルバート王太子殿下がお呼びでいらっしゃいます。ご足労願えますか」
「作業の途中なのですが――どのくらいかかりそうですか」
「正確にはお答えしかねますが、もしかしたら今日はもう衛生部へ戻る時間がないかもしれません」
簡単な用件ではないようだ。マシューはもう一人の隊員に謝り、また、オーウェンに伝えてほしいと頼んで倉庫室を出て行く。
歩いている間、当たり前だがジェームズは余計なことを喋らない。
――この人は僕と王太子が同じ部屋で寝たこと知っている。どういう関係だと思ってるんだろう。
先日のことを思い出してマシューは思わず赤面すると同時に、黒い感情に支配される。
相変わらずふとした瞬間にローレルの思いの中に入り込む現象は続いており、ハリーの診療所から借りた薬草も、この間の休みにその記憶を元にきちんと作って返すことができた。ハリーに喜ばれたし患者の役に立っているという実感もある。
そのためローレルに感謝をしているが……それと同時に自分のギルバートに対する感情に罪悪感が芽生える。
ローレルから直接ギルバートを奪ったわけではないが……
いや――とマシューは頭を振る。ローレルがいなくなった原因に自分は直接関わりはなくても、全く無関係だとは言えない。
彼女は殺されなければいつかはフィルと結ばれただろうし、ギルバートと自分がこうなることもなかったはずだ。
結局あの夜ギルバートを拒否した理由をはっきりとは伝えなかった。マシューのことを『愛しい』と言い抱きしめてくれたが、恐らくもう二度とそんな幸せな時間は訪れないだろう。
一番恐れているのはギルバートと触れ合えないことではない。ギルバートが真実を知り絶望することだ。
マシューは落ち込んでいる様子を顔に出さないようにすることだけに注意してジェームズの後を追って歩いていたため、どこに行くのか気にしていなかった。
しばらくするとジェームズがある執務室の扉を開けたので、おそらく着いたようだ。
中に通されるとやはり王太子殿下が見えた。その向かいに一人の軍人が座っているがこちらに背を向けているため顔は見えない。その横には素朴な身なりの若者が立っている。
――あっ……バジル、ダリスから帰って来たのか。でもどうしてここに……フィルは自分が王太子だと打ち明けたのだろうか。
植物園に行ったのは結構前だし、服装も今とは全然違ったので、バジルの方は僕があの時のマシューだと気が付いていないようだ。
ギルバートの横のソファに腰を掛けるよう促された。色々な感情が込み上げてきたが今は勤務中だと自分に言い聞かせる。
テーブルには茶のセットがあり、湯気が出ているので用意されたばかりだと分かった。
マシューは男たちの雰囲気を見て、すでに彼らは何かしらの話し合いをしていて、その途中で自分が呼ばれたのだと機敏に察する。
部屋にいる全員が席に着いてから、ギルバートが向かいに座っている軍人に恭順の意を問いた。
ハリーが言っていた、サイフォーク伯爵家の嫡男、オルドだ。マシューとは直接関わりがないが、人当たりが良く真面目で優秀だと言われている男だったと思い出す。確かに柔らかそうな茶色の癖毛に良く合う、明るい雰囲気の持ち主だ。
次に自分の番が来た。同じような内容だが、自分だけに向けられたギルバートの言葉が引っかかる。
『忠誠心は血より重い……』
マシューはこの話し合いが意味することを即座に理解した。なぜなら――心当たりがあるからだ。
王太子は知っていたのか……とマシューは驚いた。ということは、この間の夜に王太子を拒否した時、王太子はマシューがそうした理由を分かっていたのか。
分かっていて何も訊かなかったのか、それともその後に知ったのか。だがどうやって彼だと分かったんだ……
「さて……」
ギルバートが自分の右側から周りをゆっくりと見渡し、マシューの前で視線を止めた。
「マシュー。単刀直入に言うが、ダリス王国で起こっている問題の件で、少し気になる人物が浮かんできた」
マシューは無言で頷いた。
「お前の父シャーディル侯爵とここにいるガードンの植物園で働いているアルフという使用人に何か繋がりがあるか知っているか」
――アルフ……初めて聞く名だ。ローレルの記憶の中でも。
「いいえ、全く。そもそもアルフという人物を知りません」
「アルフでなくて植物園は?」
「それも、聞いたことがありません」
「本当にか」
マシューはバジルをちらっと見て、申し訳ないと心の中で謝った。
「正直に言いますと……父は侯爵家の生まれです。ですので、平民街に知り合いがいるとは思えません」
ギルバートはゆっくりと茶で喉を潤してから、マシューに対してなぜリュート宰相とアルフの関係について訊いているのか説明した。
――この男があの二人組の一人なのだろうか。
ローレル自身が犯人を知らないからなのか、記憶の中で見るのは曖昧な姿だけだ。
それでもその内の一人はすぐに誰だか予想できた――いや、あくまで予想だと思い込みたいが、実際は確信している。
次にされた問いは、マシューにとって意外だった。
「では、父親に愛人がいるか分かるか?」
「え? 愛人?」
「そう、愛人だ。愛人でなくともお前の母親の侯爵夫人以外に女の影があるのか訊いている」
頭の中の記憶を辿るように考え込む。
「僕の知る限りでは……父は忙しく内政宮に泊まることが多く、あまり屋敷に帰って来ないので分かりません」
「お前の両親の様子は?」
「――普通に会話をしています。ただ夫婦としての関係については、僕には分かりません」
――なぜ愛人のことを訊くんだろうか。それが今回のことに関わりがあるのか。
そのマシューの疑問が分かったかのように、ギルバートが言った。
「リュート宰相と国王愛妾ゾーイの密会情報を得ている」
「え?!」
マシューは動揺した。同じくオルドも意外な組み合わせに驚いたようだが、バジルは関係性が分からないためか不思議そうな顔つきでいる。
「それは……本当ですか」
オルドが恐る恐る尋ねる。
「隠れて会っているのは何度も目撃されている」
――国王の愛妾って……
「王太子殿下」
マシューは堪らずギルバートに反論しようとした。
「不躾な発言をお許しください」
「構わないぞ、何だ?」
「父は……真面目な性格です。典型的な貴族の思想も持っています。そんな父が、露見したら現在の宰相の地位を追われるかもしれないという危険をおかしてまで、愛妾と関係を持つでしょうか」
「お前の疑問はもっともだ。だが、もしそれが普通の逢瀬でないとしたら?」
「――どういう意味でしょうか」
ギルバートがマシューを見る。その美貌をより輝かせる青い瞳には、悲しさが浮かんでいるような気がした。
「密会は不義のためではなく、国王との連絡役ということだ。ダリス王国で起こっている問題も含め、王位継承権争いを計画している可能性がある」
「……え?! ですが、現在王位継承権があるのは王太子殿下お一人でいらっしゃいますよね」
「そうだ。だがこのまま事態が悪化していけばそう遠くない将来、我が国とダリス王国で戦争が起こることは免れないだろう。そうなれば、国王は王妃と離縁する。二人の仲は悪い。国王はダリス王国と問題にならず王妃と離縁できる機会をずっと狙っているように思う。平時なら無理だが、戦争になればダリス出身の姫を送り返しても問題にならない――むしろそれが普通の行動とされる。それに国王は王妃に似ている俺のことも疎ましく思っているしな」
「ですが、それでも王太子殿下、ギルバート様が王位継承者なのは変わらないはずでは……」
話を理解しようと、マシューとオルドは必死に王位継承法を思い出す。
「ご説明いたしましょう」
口を挟んだのはそれまで黙っていたジェームズだ。
「確かに王太子殿下の母君でいらっしゃる王妃アデレイド様と国王陛下が離婚なさっても、ギルバート様の王位継承権に変わりはございません。それはもしその後、国王とゾーイ様が結婚されたとしてもです。ですがそうなった場合、お二人の子供、アーサー様も新たに王位継承権を持つことになります」
ジェームズは周りが内容を理解するまで待ち、それから続けた。
「順位は変わりません。ですが……王太子殿下は軍に所属していらっしゃいますので、有事の際は戦場へ出向かれます。その時に――このような発言をすることをお許しください、何も問題がないとは言いきれませんし、国王が議題に挙げ議会で三分の二以上の賛成を得て承認されれば、王位継承権の順番変更も可能ではあります」
男たちが沈黙する。先ず口を開いたのはオルドだ。
「ダリス王国で起こっている縞草の件や取引価格の上昇は全て我が国の王位継承権のため、ということでしょうか?」
マシューが頭に浮かんだ問いを言う。
「王太子殿下。ですが、もし殿下の異母弟アーサー様が王位継承権を持つとして……父が関与する利点が思いつかないのですが……」
「確かに、私もその点について疑問に感じます」
オルドも同意する。バジルは相変わらず話についていけないのか沈黙したままだが、ギルバートとジェームズはすでに彼らの間でそのことについて話し合ったようで、ギルバートがジェームズ、それからマシューを横目で見る。
「国王から相当の対価を約束されているとしたら? それにもしかしたらすでに受け取っているのかもしれない」
「……どういうことですか」
その問いには、ジェームズが答えた。
「貴殿の御祖父がご存命だった頃、シャーディル侯爵家には多額の借金がありました。今より三十年ほど前、前侯爵が亡くなったのと前後してリュート宰相の名で全て返済していると記録に残っています。ですが、どのように工面したかまでは分かりませんでした。マシュー様はご存知でしたか」
「いえ、領地経営も順調と聞いていますし、正直お金に困ったことがないので……借金があったこと自体知りませんでした」
それはそうだろうと男たちは思った。マシューの雰囲気を一目見れば、生まれた時から恵まれた環境で育ったことは誰にでも簡単に見受けられる。
「と言うことは借金を肩代わりしてもらう為にそんな前から……」
ギルバートはマシューの呟きには直接答えず、「それに……」と続ける。
「シャーディル侯爵家は名門だが先代、先々代は王宮であまり重要な地位についていなかった。そんな中、リュートを宰相に任命したのは王国ニコラスだ。もちろん俺が国王代理についてからは家名だけでポストを決めているわけでなく実力を重視している。リュート宰相はどちらかと言えば有能だろう。だが目を見張るほどの実績はなかった。なら――宰相についても、何らかの取引があったと考えるのが自然ではないか?」
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