夜が羊の夢を見る

Sawa

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「確かに嘘とか冗談とか誤魔化しとかが安売りのセールよろしく、大量にフェイクってのが最近の日常というか世間には溢れているけど今から俺が言うことは真実、というか俺が経験してる事実だしそこを疑うと俺の釈明が進まないから信じられないと思うが呑み込んでくれ。喉元過ぎればともいうけど君は多分口に含んだまま日々を過ごすことになると思うんだ。」
男はそう言って両目を親指で瞼に押し込むマッサージを行う。
男の話は胡散臭いしこの部屋はやけにタバコ臭い、男は30秒くらいかけて目を解してる。私はその間に自身が訪ねたこの部屋を、事務所を見渡している。
強姦する気ならもうしてるよな、奥にはくたびれたベッドが埃を被っており横にあるキッチンも使われた形跡が少ない、でも少ないからと言って綺麗なわけではなく普通に汚れてる、つーか汚い。
私が座らされた椅子は背もたれが木でできているからこの季節ではやけに冷たくて私は少しだけ背中を背もたれから浮かせる。寒い。そういえばもう11月だというのにこの部屋には炬燵どころかストーブすらない目の前の男はコートを着ているからもしかして部屋でもずっとコートなのだろうか、いつから洗ってないんだろうとか考えながら更に部屋の後ろにも目をやってみる。
部屋の隅には埃が溜まってるしバスルームなんてここに来て以来触ってませんと言わんばかりに生活感がない。そういうのは女受け悪いぞ、生活感の乏しい部屋だな。でも奥の部屋から覗いてるパソコンの画面は生活感がある。
というかこの部屋テレビはどこにあるんだろう今時いるのかテレビ持ってない人、まぁ風変わりな探偵みたいな格好してるくらいだし自ら流行に疎いですって言ってるようなもんなんだけど。
あ、あれか、テレビ。昔のやつが分厚いって話は聞いてたんだけどこんなに厚いのか、引っ越ししてきた時の段ボールみたいだ。あの大量の思い出を詰め込んだやつ。アルバムなんて20個くらい入ってたし友達と作った謎のおもちゃだって捨てずに残してあるしなんなら元カレに貰ったやつとか前の母さんがくれたやつとかこれでもかってくらい詰まってるあの段ボール。
そういやノノちゃんが出るやつの再放送って今日じゃね?待って撮り忘れたかもしれない。
「あ、えーと続けるよ」
私が後ろの部屋を気にしているうちに男のマッサージが終わったみたいだ。私は背もたれに出来るだけ触れないように男に向き合う。
「最近寝れないんだろ?最初はそうなんだよ、最初はそうなんだ。でも君の依頼だと君は最近変な夢で場所に行くらしいね」
なんだこの男、フロイト系の心理学者かなんかなのだろうか、そもそも夢関連はフロイトしか知らないしもしそうなのならもう少しベッドには気を使えよあんたにとっては商売道具みたいなもんじゃないか。男の話が長くなりそうだから私は相槌頷きモードに入る。適当に相槌して頷くモード。現代社会に必須。私は男のフロイトトーク(多分)をいなしながらなぜここに来たのかを思い出すことにした。


私は1ヶ月前にこの街に引っ越してきた。
引っ越してきていじめられた的な血の気の多いこともなく、ただただ流れるように華の17才の学校生活を過ごしている。

一人で。

そう、一人なのだ。私が転入したときから同級生たちは触らぬ神に祟りなし、なスタイルを崩すことなく接している。授業とかでは話すしギスギスしてるわけでもないし言いたいことはなんとなく伝わるんだけど何というかその先に行かないのだ、私も相手も。

会話っていうのは所詮は言語を投げ合っているようなものだと私は思っていて、会話のキャッチボールと言っても現代においてはかけ声とかがあるわけじゃなくて無言で互いに言葉を投げ合っている。上手くキャッチボールをすることに力を入れてしまってその先に行けないのだ。
というのを転入して一週間経ったときにふと思った。
自分でもよくわからないような呻き声をあげながら布団に体を投げ込んで頭で枕を隠す。
転入してから毎日、学校から帰ってくるたびにこうなってしまう。別に学校が苦ではないんだけど何故かこうなる、私だって自分の体に分からないことはいっぱいあるんだ。

例えば私が転入してから十日目の夜、一睡もできなかったこととかだ。

とかだ、って言いながら話のメインはこれなのだが。まず、驚いたことに全くと言っていいくらい体の調子とかリズムとかが狂わなかった。少しも乱れなかった。中学の頃に徹夜したことがあってその後に地獄を見た私にとっては現実とは思えなかった。
世の中にはショートスリーパーとかいう短い睡眠でも大丈夫、って人がいるらしいが私は短いどころか一睡もできていないのに何も苦にならないことが四日続いた、これは流石におかしいと思った私は自分なりに調べてみようとしたんだけど結局はケータイ頼りだしGoogleに聞くしかなかった、身の回りに親身に聞いてくれる人は一人もいないし一人で暮らしてるし、みたいな具合で結局Googleしかいなかったのだ。

もちろん有益な情報など得られるはずもなく私は別に体に異変が起きてるとも感じなかったから普通に暮らすことにした。いや異変は起きているんだけどさ。
そして眠れなくなってから十四日目。

私は自分の部屋にいたはずなのに自分の部屋にいなかった。

零時を回った瞬間、私は気付いたら見知らぬ街の駅前にいた。
今まで見ていた部屋。
壁に貼ったポスター、綺麗に空白の本棚、散乱している机、ヨレヨレの布団を被っているベッド、かなり小さめのテレビ、部屋の隅に追いやられた扇風機、入れ替えたばかりのティッシュ箱、畳んで出してある明日着る服、
帰って来てから脱ぎっぱなしの靴下、クッション付きの椅子、それら全てが零時を迎えたときのケータイの通知と共に消えてみせた。

唖然する暇もなく私は街を見渡す、説明しがいのあるほどの異世界ならば楽なのだがその街並みはあまりにも現実にありそう、いやあるんじゃないかと錯覚させるくらいにはリアリティがあった。最初はこれが夢で、私はきっと寝落ちしたのだな、くらいに思っていたのだがふと触った柱の感触のリアルさに疑いを持ち、行き交う人とぶつかったときの衝撃で確信した。
ここはある種の、もう一つの現実なのではないだろうか。
確証はないけど確信はある。だってあまりにもリアルすぎる、夢の中のようなアバウトさが一切ない。私は街を少し歩いてみる、ここがある種の現実だったとしても私はもう一つの、元いた現実に戻らなきゃ行けないのだ。私は足早に人と人の間を縫って駅の中に進んでいく、そうして少し経ったときに下へ続く階段にみんなが進んでいることに気づいた。
不機嫌そうな顔で自身の体を押し込んでいくサラリーマン、イヤホンを付けて知らん顔の高校生、集団になって進む中学生、杖をつく老人。
あまりにも現実すぎる。
これが少し夢っぽいのなら私だってまだ信じずに済むのだがここまでリアルだと信じるしかない。
だって地下鉄の熱気も鼻先をつく生温い風も少し個性的な女の子もギター背負ったイケメンも息子の手を引く母親だっているのだ。なんなら壁にはよくわからない企業のポスターが貼られている、聞いたことのない学校の説明やどこかで聞いた企業の求人、中には探偵ってのもあった。
こんなにリアルだと私、帰れないのでは? だってこんなに百パーセント現実みたいな世界で帰り方が分かれば元の世界に戻れるなんて信じられない、現実でもう一つの世界に行くことが不可能なように、ここを現実だと考えるのであれば私は帰れないのだ。
流石にこの人混みの中で立ち尽くして考えるのは迷惑ってやつだし、と思って脇を通って橋の壁に体を預けて考えてみた。
考えてみたがわからない、帰る方法など到底浮かばない。時計を見ると二十五時を過ぎていた、ここに来てから一時間も経っている。深夜一時なのにこの人混み、朝ラッシュ並みの人がひしめき合っている、そうだ、何故気づかなかったんだ、それだけでこの世界は私がいた場所とは決定的に違うではないか、帰る方法はどこかにあるんじゃないか、私は得意の謎の勇気を奮い立たせ、右手を掲げて叫んだ。
「元の世界に戻れ!」
戻るはずがないし結構恥ずかしい。
勇気があって行動することはできてもその後は勇気が何かしてくれるわけではないのだから普通に恥ずかしい。
通行人の内、何人かは私を見ている、驚いている人もいれば笑う人もいる、私はとりあえず掲げた手を下げた。

俯いていると私の目の前にある男が立っていた。私が視線をやるより早く、その男は私に言った。

「お前も同じなのか?」

は?いや、どういうこと?同じってなんだよこんな世間に疎いですって言ってるような服着てるやつに突然同じですって言われても疑問しかねぇよ。
「どういうことですか?」
「詳しいことはあっちで話そう、だからまず今は待つんだ」
あっちってどこだよ。
「四時までに飛ばされた時にいた場所に戻るんだ」
飛ばされた場所って駅前の?結局あっちってどこなんだよ。
「すいません、あっちってどちらのことですか……?」

「あっちは現実だよ」
ん?ちょっと待って、それってつまり四時まで待てば元の世界に戻れるってこと?やっぱりここは現実じゃなかったの?ていうかお前は誰?あっちが現実ならここは何?現実のどこ?って聞こうとした頃には目の前から男はいなくなっていた。

四時を告げる鐘の音が鳴ると周りの風景は全て消え、いつものくたびれた部屋に戻っていた。
この探偵と再開することは意外と簡単だった。あの世界にあったポスターと全く同じポスターを貼っていたからだ。

そして今。私はこの男から、この探偵から話を聞いているのだ。聞いている体で頷いているのだ。

そして、頷きモードにも限界を感じ始めた頃、彼は深く息を吸ってから言った。

「難しく捲し立てちゃったな、……つまりな噛み砕いていうとあの世界は現実なんだよ」

言ってる意味がわからない。
ちゃんと話を聞いておけよ、私。

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