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マメ柴のシバ

あの女

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それからすぐにシャワーを浴びた。
シバの食事を用意しようとしたら、自分でできると言われた。
言われてカレーを食べたはずの皿がシンクにないのに気付き、軽く感動する。
さっぱりした体でスマホを見れば、えりかからメッセージが入っていた。
さゆりの病状を気遣う言葉と、きみやが早々に撤収したことの謝罪だった。
簡潔に感謝を返し、後で電話する旨追記する。
すると既読がつくと間も無く向こうから電話がきた。

「さゆりちゃん、朝早くごめんね。大丈夫?」

「いえ、あの、体調は大丈夫です。ありがとうございました。きみやさんにもお礼言いたいんですが、代わってもらえますか?」

しばらくの無音が続いた後、

「ごめん、今手が離せないみたい。私から伝えとくね。」

と帰ってきた。
本当なのか、拒絶されたからかはわからなかった。

「あのさ、ハチと何かあった?」

えりかの言葉にドキリとする。

「え?……。」

とっさの返しが思いつかない。

「何か帰ってきてからちょっと変だから。」

「……いや、あの。……。すみません。きみやさんに、『片思いし続けるのって辛くないですか?』って聞いちゃいました。それできみやさん怒ってしまって。」

さゆりは、きみやのためではなく、えりかへの隠し事を増やしたくない一心で答えた。

「へ?そんだけ?」

「はい。」

「何だ。気にしなくていいよ。普通誰でもそう思うし、ハチも今まで散々言い寄られた女に言われてるから。」

「だってお前が言うなって思ったんだ。」

電話の向こうから辛うじて聞こえる音量できみやの声がした。

「あの女、自分はシバに同じことしてるくせに、なんでえりかと俺のことはとやかく言うわけ?」

少し興奮した声が続く。

「ごめんさゆりちゃん、何か面倒なこと言いだしたから切るね。」

えりかはそう言って、通話を終了させてしまった。

いきなりのことにしばし固まってしまう。
とりあえず、あの女呼ばわりされるほど嫌われたことはわかった。

「さゆり?どうしたの?」

ベッドに腰掛けていたさゆりにシバがすり寄ってくる。

いや、違うよね?えりかさんときみやさんのことと、シバと私のことは、同じじゃないよね?社会保険とか年金とか色々違うよね?

そう思ったが、何となく目の前のシバの頭を撫でられなくなった。
後でえりかから謝罪のメッセージが来たが、きみやの言葉は聞こえなかった体で返した。
結局、えりかに嘘をつく事になってしまった。
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