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マメ柴のシバ

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「ゴホゴホゴホゴホッ!!」

想定外の告白に、さゆりは盛大に、多少態とらしく、咳き込んだ。
きみやが無言で水を差し出してくる。
とてもじゃ無いが飲める状態じゃ無い。
なんだってそんな、他愛もなくイジけた時に限って、これほどのどデカい地雷を踏み抜いてしまったのか。

「大丈夫です。すみません。……本当、すみません。その、……すみません。」

咳き込むために俯いていたが、治ってもそのまま土下座の心持ちで頭を下げた。
顔なんて上げられるわけがない。

「いや、俺も意地悪で教えたから、気にしないで良い。」

それは、きみやが直前の態度を攻撃としてさゆりに仕掛けたことを意味していた。
しかし、さっきの言葉を嘘だと撤回する気配はない。
してくれ、はよ。とさゆりは思ったが、結局叶わなかった。

「とんでもない。本当に、すみません。」

「じゃあ行くから。お大事に。」

きみやは自分のバックパックを担ぐと、寝ているシバの頭を撫でて挨拶した。
その時独り言のように、

「俺が聞きたいくらいなのにね。」

と言ってるのが聞こえたが、引き止めることは到底出来ず、彼はさゆりの家を去って行った。

とにかく衝撃だった。そもそも本当かどうかも判断がつかない。でも、仮にきみやの告白が事実なら色々合点がいってしまうことがある。
10年前えりかがみつるの捜索を断念してきみやのケアにかかりきりになったこと。
それでも1年近くえりかと高崎の関係が続いたこと。
今に至るまでえりかときみやの関係が、お互いにどうにも煮え切らないこと。

だめだ。熱が上がってきた。
そういうことにして、最終的にさゆりはふて寝を決め込むことにした。
シバの寝息や時折聞こえる寝言に耳をすませながら、また眠りについた。

次に目覚めたのは空腹からだった。
起き上がってみれば大分体調が良い。
時計を見れば日曜の朝6時で、シバは床の布団でまだ寝ていた。
ベトベトの体に閉口しながら起き上がって台所に行く。
二口のIHコンロには鍋が二つあり、一つはカレーが入っていたであろう空の鍋、もう一つは辛うじて一食分のおかゆが残った片手鍋だった。
いずれも自分で作った覚えはなかった。
カレーの鍋は流しに移して水に浸け、おかゆは鍋ごと火にかけ、少し水を足して温め直す。
丼に移して台所で啜った。
非常に美味しい。
今すぐきみやに土下座をしに行きたくなった。
どうして自分という人間は、生きているだけで方々に迷惑をかけてしまうのか。

「さゆり?」

自分の失態を反芻し、落ち込みながら塩粥を噛みしめているとシバが起き出してきた。

「シバ、起こしちゃってごめんね。風邪移ってない?」

「もう平気なの?」

「大丈夫だよ。えりかさんに連絡してくれてありがとうね。助かったよ。」

応えるとシバはさゆりに飛びついてきた。
あわや丼をひっくり返しそうになるがなんとか免れる。

「よかった。さゆり、死んじゃうかと思った。」

たかが風邪で殺さないでほしかったが、さゆりはただシバの頭を撫でた。
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