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第二章 首輪と接吻
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奥村は国産の電気自動車に銅音を押し込んだ。径の大きなタイヤを履いたアイボリーのワンボックスカーだった。モーターを起動させて裏の通用口へ向かった。
「本当に懐かしいよ。裏の溜池には、昔ワニガメが棲んでてな、当時の清掃員が足の小指を食いちぎられたっけ」
奥村の言い分に信じるに足るものはない。溜池はとっくに埋め立てられていた。ここを母校だというのも怪しいものだ。
「無駄話はいい。〈パラドクサ〉の外でまであなたに付き合う気がない」
学園祭の準備もサボりがちだったのだ、このまま本番まで穴を空けてしまえば、クラスでは完全に総スカンを食うに違いない。銅音は強引なドライヴに気乗りしない。
「安心院のことは気にするな。奴は死ぬべきだったのさ」
「――?!」銅音は身を強張らせた。森下のことを奥村は知っていた。さらにキッチンでの森下との会話も聴いていたのだろうか。
「そんなに警戒するなって。なんだよ、マスゴミだってちゃんと納税もしてる一般市民なんだぜ。やっぱり君を〈パラドクサ〉へおつかいに出したのはあいつか」
「それは――」銅音は言葉を失った。
「何も言うな。嘘をつくのは君らしくないし、真実を話せば奴との信義に悖る。たとえ相手がアルコール・ギャングでもな」
「知ってたの?」銅音がバックミラー越しに覗き込むと、ゆっくりと奥村は頷いた。
「酒姫のID――いまやそれは君の通りの名のようになっているが――が若くして、暗い世界に精通した切れ者だというのは知れ渡っているからな。それにしても……おむつね。余計なことは漏らすなという脅しだな」
「おむつ」銅音はオウム返しにした。
「〈相乗り〉をすると瞳孔に独特な反応が出ることを知ってるか?」
「〈パラドクサ〉の入口でチェックされた、あれ?」
「そのシートは、瞳孔反応を抑制する。だから相乗りのまま入店することができる」
「それって――」と銅音が訊ねた。「あの店のVIPがやってる方法?」
「まあな。このシートは〈相乗り〉の有効距離を増大させる効果もある。遠くにいながらにして違法なギャンブルを楽しみたい好き者も使ってる」
漆間嶺もそうなのかと銅音は口にしかけた。代わりに「ずるい」と憤ってみせた。
「そう。足のつかない誰かの身体を使ってな。万が一にも素性がバレることはないように、きっと、そいつと似たシートを使ってるはずだ。やつらは欲望と保身のバランスを心得てる」
「そう言うあんただって見たままの人間じゃない」
「さぁな」と奥村は気まぐれを自嘲するように肩をすくめた。
「どこへ連れてく気?」
「安心院の葬式さ。制服だったらよかったんだが」
銅音はコスプレの衣裳のままだ。このバカげた潜水服で葬儀に出るなんて気が滅入る。
「まあいい。どうにかなる。あいつ、死んだら骨を拾ってくれと言ってたろう? 火葬場まで付き合ってやろうじゃないか。きっとスクープが拾えるぜ」
サングラスをかけた奥村はひっそりと告げた。
「あんたの下世話な金儲けに付き合うのは嫌だ。それに安心院はわたしたちが」
「別に君が殺したわけじゃない。いや、むしろ――」
奥村は一瞬言い淀んだかに見えたが、すぐに決断した。
「見ろ」ダッシュボードを開けた中には一発の銃弾がある。「君が撃たなかった最後の一発には実弾が入ってた」あの夜のことか。銅音の頭は真っ白になる。
「嘘でしょ」あの回転するシリンダーの中には二発のフレイ・エフェクト弾が込められていたはずだ。精確にはFE弾は弾ではない、銃そのものに組み込まれた機構であり、エネルギーさえ確保されているなら原理的には何発でも撃つことができる。シリンダーの特定の位置でそれは発動する仕組みだったはずだ。
「本当だ。やつはとっくに狂ってやがったんだ。あの夜、自分自身を含めた誰かを殺そうとしてたんだ。だからあいつはあんなに必死の形相だったのさ」
そうだ、命を賭けない運任せのロシアンルーレットにしては、安心院の態度は悲壮すぎた。汗だくのひきつった顔を思い出す。勝敗の決まった後の最後の一発を執拗に求めたのはそういうわけだったのだ。
「とめて!」
銅音は赤信号で停止し切る前に車から飛び出した。こみ上げる吐き気に抗しきれず電柱に蹲った。その根元には事故死者に捧げる、まだ新しい花束があった。
ゆっくりと奥村が運転席側から回りこんで、銅音の背中をさする。
「安心院。あいつ」
奥村の差し出すハンカチを無視して、唾液を袖で拭った。
「許せない。殺しのゲームに参加させてたの?」
「ああ、運のある人間を集めたと奴は言ったが、そうじゃない。俺たちは地球上で最もツイていない人間だったのさ。断りなく命を賭けさせられたんだからな」
「畜生」全身の血が憎悪に染まっていくのを感じた。しかしこの怒りをぶつけるべき相手はすでにこの世には居ないのだ。
「大丈夫か」
「安心院の棺にぶちまけるゲロが残ってない」
銅音が吠えると奥村は低く笑った。
「これで理解したろ。奴は同情に値する人間なんかじゃない。さあ、乗れ! 寄り道だ」
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