貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第一話 婚約者候補に拒否られました③

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 「ベルトリオ・メルキオルニ、メルキオルニ侯国第三王子殿下。私はあなたの求婚にお答えすることはできません」

 「なっ!」

 彼の顔がたぶん怒りで赤くなる。

 「私はこの学園を卒業後、ログネルに戻り家を継ぐことが決まっております。これはこの学園で学ぶときに両親と交わした約束なのです」

 「そ、そんなや、約束な、など、違えても問題なかろうに!」

 こんなことを言う人だったか・・・。私には余所行きの表情を見せていたってことね。

 「・・・私のお相手となる方は、私の国ログネルに来ていただかなくてはなりません」

 「な、なぜだ!」

 「はあ」

 思わずため息をついてしまった。また説明するの?もう面倒なんだけど。

 「何度も何度も説明したはずですが・・・もう一度だけ説明します。私はログネルにある家を継がなければなりません。それは貴族としての義務なのです」

 ベルトリオ王子の顔がクチャっとゆがみ、涙が頬を伝う。

 「・・・そ、そなたのその美しい顔が見られなくなるのは嫌だ!ぼ、僕と一緒に侯国へ来てくれ・・・。いつまでも愛すると誓おう・・・」

 泣くなんてちょっと・・・。少しだけ可愛く思えたけど、でもそれだけね。多分侯国だったら何もせずのんべんだらりと生きていけるとでも思っているんでしょうね。ログネルに行けば兵士として働かされると思っているんでしょう・・・。私が私の旦那様にそんなことを命令するわけないのにねえ・・・、いえ、命令はしないわね・・・、ああ、ひょっとすると剣をもって戦えとかいうかもしれないわ・・・。・・・うん、前言撤回、いざというときは戦えって言います、絶対。だって国民皆戦士のログネル王国だもん、ね。

 「王子、あなたの愛なんていりません。ログネルに来るか来ないかです。来ないなら求婚お受けしません!」

 花束貰った時に返事を保留してよかったわ。

 私の言葉に、後ろの侍女と護衛からよっしゃっとでもいうような気が流れてくる。後ろ見たらあの二人のドヤ顔が見れるかもね。

 「そ、そんな・・・」

 ぺたりと王子が床に崩れ落ちる。それを見て、初めて取り巻きが動いた。今まで壁の花に徹していた全部で五人だ。

 全員が複雑な表情をしている。王子と同じ程度の体格をした二人が王子の腕を左右からやさしくつかみ、立ち上がらせる。軽く私に一礼して王子を引きずるようにして、残りのうちの二人が片側づつを開け広げた扉を通り、部屋から出ていく。王子は歩く気力もないのか、為されるがままだ。毛足の長い絨毯に足跡が残っている。扉の左右に立つ二人も一礼すると姿を消した。

 「ふっ」

 何か取り巻きたちが攻め立ててくるかと思っていた私が拍子抜けして息を漏らすと、最後の一人がゆっくりと歩み寄ってくる。

 「・・・アーグ・ヘルナル女性男爵だったね」

 呼びかけられて、わたしは少しだけ身構える。

 「・・・なにか・・・?」

 「身構えなくてもいいよ。別にベルトリオ殿下の求婚を断ったことに異議申し立てをするつもりはない」

 「・・・それはどうもありがとう」

 私は目の前に立った男の姿をじっと見つめた。つややかな黒い髪に切れ長で涼し気な碧い目。白い肌に高い鼻梁。ちょっと丸く見える鼻を持つあの王子とは違い、顔の造作すべてが鋭角のこの学園でも一二を争うイイ男だった。だが、何か記憶に引っかかる気がした。どこかで会ってる・・・?こんなイケメン会ったことなんてないはずだけど・・・。

 「まあ、彼は常人離れした令嬢に逆上せた挙句、玉砕したと噂されるだろうな」

 「・・・悪意がありますか?殿下のご友人なのに?」

 私の言葉に、彼は薄く笑った。

 「ご友人じゃあないよ」

 「ではなぜ一緒に居られたのです?」

 「友人ではないが、同じ講義を受講している顔見知りというところかな。王子がさんざん自慢する噂のご令嬢に告白したというから、令嬢を一目見たくなってね」

 茶化したような言葉に少々イライラしてくるが、我慢する。こんなことで怒っては大人げない。

 「・・・だが見に来てよかったと思う。事実、小国とはいえ仮にも王族、美貌の令嬢など見飽きるほど見ているだろう王子が、何をするのも上の空になるほどの容姿を確認出来た。まさに納得だ」

 「・・・褒めても何も出ませんよ。せいぜい笑いかけてあげるだけですね」

 私はそう言いながら目の前の男にとびきりの笑顔を見せる。

 彼は、一瞬だけ目を見開き、そのあと肩を揺らし始めた。どうやら笑っているようだ。

 「・・・いや、なかなかだ。耐性がなければ私も惚れてしまうだろうな」

 「惚れていただいても良いのですよ?」

 「・・・いや、今はまだいい。時期じゃないからな・・・」

 彼の言葉の意味が分からず、私は一瞬だけ戸惑った。

 「?・・・それは残念です」

 しかし私はその戸惑いの表情をすぐに消し去る。にこりと笑いながら彼を見ると、彼はなぜか横を向いて咳払いをする。ちょっと下手なごまかしじゃない?そう思ったところで、彼はつぶやいた。

 「・・・身の回りの清算をしたほうがよさそうだ」

 そう言ったように私には聞こえた。
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