貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第一話 婚約者候補に拒否られました④

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 呟きを聞いた私が、彼の顔を覗き込む。

 一瞬目と目が合った。また何かが記憶を刺激する。だが、思い出すことはなく、ついっと視線を外される。もどかしい気持ちだけが募った。

 何か思い出しかけたんだけど、何だろう、思い出せない・・・。

 「・・・それではまた会おう」

 声が聞こえたときには、彼はもう開いたままの扉に向けて歩き出していた。

 「あっ」

 私が焦って声を上げたときには、もう扉にたどり着いていたが、不意に立ち止まる。つややかな黒髪がふわりと浮かぶように、肩越しに首だけを動かし、私を横目で見て口を動かした。

 「・・・必要ないかもしれないが、念のために言っておこう。王子とその取り巻き達が何かするかもしれない。護衛を増やすのがよいと思う」

 「戦える人が良いということですか」

 「何とも言えないが、ちょっと雰囲気があまり良い感じじゃなかった」

 「・・・そうですか」

 「・・・じゃあ」

 彼は片手をあげて顔を元に戻し、扉から出て行った。

 私はしばらく彼が出ていった扉を見つめていた。

 「あ、名前聞くのを忘れていたわ」

 名を聞こうと思うと、なぜか話されたり、何か質問されたりして、結局尋ねられなかった・・・。

 「・・・僭越ながら、よろしいでしょうか」

 私の後ろから声がする。私の専属侍女がこのように自ら言葉を上げるのは相当珍しい。いつもは黙って私の後ろに控えているが、間違いなどを指摘するときにはこのように声をかけてくる。

 はいと答えたくないなあ・・・。でも私の乳母だしなあ・・・。頭上がらないしなあ・・・。

 「・・・何でしょう?」

 「お嬢様はあの第三王子をお相手にしようとされていたのですか?」

 鋭い視線を投げてくる私の乳母であり、専属侍女頭を務めているカイサ・サリアンにぐずぐずしながら向き直る。

 いつの間にか護衛騎士と肩を並べていたはずのカイサが前に出ており、いつもカイサの隣に立つはずの私の剣術指南役でもある護衛騎士ロヴィーサ・オリアンが目を伏せて、カイサの数歩後ろに傅く様に立っていた。

 「・・・メルキオルニ侯国の第三王子ベルトリオ・メルキオルニ殿下。ちょっとだけふっくらした体形の本好きなお方・・・と思いましたので、婚約者としては、まあ、優良かなと」

 ちらりとカイサがロヴィーサを振り返る。びくっとしたロヴィーサが何も言わず項垂れると、カイサがため息をついた。

 「・・・少々急ぎすぎでございますよ、お嬢様。そのようなことでは、非常に心配でございます」

 心配?何を?

 「よろしいですか?もしあの王子が当初からお嬢様を目当てでないとは言い切れないでございましょう?お嬢様のことを自国の者に調べさせていないといいきれますか?」

 はい?

 「御父上にそっくりの美貌と御母上に似たその肢体。あまりに特徴的過ぎてわかる方にはわかると言いたいのでございますよ、カイサは。ですからあの黒髪の方も、ひょっとするとお嬢様のことが分かっておられるかもしれません」

 ま、まさかね・・・。

 「い、いえ、そのようなことは・・・ないと・・・思います・・・」

 「ログネルのご両親に使いを出します。わたくしたち臣下は、前々からお嬢様を守るために有名どころの貴族の方に後見をお願いしようと話し合ってまいりました。お嬢様のご両親がなかなか認めたがらないこともありましてそれは棚上げになってまいりましたが、お嬢様がご両親の元から離れて羽を伸ばしすぎているために、これからあの王子のような輩が出ないとも限りません。早急に認めていただきましょう」

 「こ、後見なんて・・・ちょっと、やりすぎでは・・・」

 私はカイサに言うが、もう聞く耳を持っていないカイサは暴走し始めたようだ。早口でとめどなく話し始めている。
 ロヴィーサに目で助けを求めるが、ロヴィーサは私の視線に気が付くと、無理ですというように大きく首を振って見せてくる。

 「ご両親に認めてもらうまでは、もうわたくしカイサがお嬢様のお傍から離れません。いつもはお嬢様の傍に侍るのはエレンかマーヤでしたが今日わたくしが二人を差し置いてお嬢様について来ましたのは、ご両親からお嬢様の世間知らずなところに付け込まれて何らかの制約を一切結ばせないように監視せよとの命がわたくしが受けておりましたからです」

 はいい?

 「あの王子の申し出をお嬢様がお受けになられる前に阻止するつもりでおりましたが、さすがにログネルを田舎だとでもいうようなあの態度、わたくしカイサは腹が立ちましてございます。
 まあ、お嬢様が正しくご判断為されましたことはご両親にご報告させていただきます。あのようなダメ王子などログネルにはふさわしくありませんし、何よりお嬢様のお隣にあの見目がよろしくない王子など立っていただきたくはありませんしね」

 カイサは早口はもう聞き取れないことになっております・・・。私はロヴィーサと顔を見合わせ、一人で盛り上がる乳母にして専属侍女頭のカイサを横目で見て、揃ってため息をついた。

 「お嬢様、もっとお気を付けなさいませ。お嬢様はお気づきにならなかったのでしょうが学園の男どもはお嬢様が通るお決まりの道などで偶然を装って会話をしようと待ち構えているとお傍につく侍女たちから報告されております。お嬢様がもっと人様の本質を見抜けるならさほど問題にはならないかと思いますがどうやらそれもまだお出来にはならない模様。これはわたくしにも責任の一端はあるかと思います。ですので、これからはわたくしは必ずお嬢様の傍らに控えるように致します。あとはいつもの専属侍女が交代でお嬢様の傍らに控えます。よろしいですね」

 早口のカイサが、げんなりとした顔をしていた私を見咎めたのか、目を三角にして最後の言葉を言う。あれは確認であって、ああ言うカイサに反対はできそうもない。

 「・・・ハイ、ワカリマシタ・・・」

 カイサ、行儀に厳しいから私の傍につく侍女たち、可哀そうだなあ・・・。

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