貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第一話 婚約者候補に拒否られました⑤

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 私がベルトリオ・メルキオルニ第三王子に出会ったのは、入学してから割とすぐのことだった。

 私はログネル王国にいたときと同じように生活するために、早朝に起き、剣術の鍛錬をし、湯浴みしてから学園に行く、という生活を二週間ほど続けた。

 入学当初は剣術の稽古ができる場所を使用するのに、何か手続きが必要になるのではないかと思っていたが、学生なら誰でも好きな時に使うことができるらしい、とのうわさを聞き、入学して2日目に訓練場に見に行った。訓練場は案外広く、なぜか中央部分には人がいるが、隅などは誰もいない状態で、私はこの隅なら誰にも気兼ねすることなく、剣術の稽古ができると判断した。

 念のために、中央部分にいる年かさの男性に声をかけ、誰でも訓練場は使用できることを確かめた。手続きもいらないらしい。好きな時間に訓練場に来て、鍛錬し帰っていく者も多くいるようだ。なぜか興味津々といった男性に遠巻きにされて観察されていると思ったが、周りの者の剣の腕を値踏みすることは、私ですらやっている、今度は私が腕を値踏みされていたのだろう、と思っていた。
 ただ男性たちがやけに顔を赤くして興奮気味なのには、少々薄気味が悪くなった。異様な雰囲気が周りに立ち込め、臭いがきつくなる。私は挨拶もそこそこに訓練場から逃げ出した。

 『お嬢様、あまり行きたい場所ではありませんね』

 私の専属侍女の一人であるエーヴァが顔を顰めて言う。

 『・・・何か異様な雰囲気があったわね』

 私が答えて言うと、ため息をついたその日の護衛のヴィルマル・ヘークが何事か呟く。

 『・・・お嬢様はわかっておられない・・・』

 なおも呟き続けるヴィルマルは放っておいて、私はエーヴァに言った。

 『エーヴァ、訓練は早朝にしましょう。早朝ならあまり人はいないと思うから』

 『畏まりました』

 こうして早朝に剣術の訓練をするようになった私は、ベルトリオ・メルキオルニ第三王子に出会うことになったのだった。




 その日も早朝に私は訓練に来ていた。今日のお付きは専属侍女のファンヌと護衛のロヴィーサ・オリアンだった。ロヴィーサは私の剣術の師匠でもある。

 私は相手の攻撃を剣で受け止めた後の、自分の剣の切り返しの動きに感覚的に納得がいかないところがあり、ロヴィーサに無理を言って何度も何度も繰り返し、動きを確認しながら、剣を動かしていた。

 ふと気が付くと、朝もやが晴れた訓練場の出入り口に人影があることに気が付いた。始めたときには誰もいなかったはずなのに。

 ロヴィーサも気が付いていたのだろう、腰に差した剣を軽く握りながら、私に声をかけた。

 『お嬢様、今日はこれで終わりにしましょう。何度やってもうまく行かないときは、一旦切り上げることにしたらよいと思います。後日改めてやってみると突然納得がいったりするものです』

 『・・・わかりました・・・』

 私が肩で息をしながらそう答えた。ロヴィーサは護衛だが、私の剣の師匠でもあるので、剣の稽古時はロヴィーサに基本的に敬語で接している。これは私の両親の教え、特に父の教えだ。

 スイっと近づいてきたファンヌが、タオルを手渡してくれ、私はタオルで汗を拭った。

 『・・・お嬢様、気が付いておられると思いますが、人影は男性のようです。どうなさいますか?』

 ロヴィーサの小声が聞こえたが、もう後の祭りだった。

 『・・・も、申し訳ない・・・』

 人影が声をかけながら近づいてきた。

 『・・・何か?』

 目的が分からない状態で邪険にするのもと思い、一応呼びかけに答える。

 『・・・け、剣の扱いが上手だ、そ、相当訓練したんだね』

 少々体つきがふっくらとした襟足だけ後ろに伸ばした茶色い髪と丸っこい鼻をもつ茶色の瞳が、先ほどの言葉だけではなく、何かほかにも言いたげに私を見ていた。
 私はちらりと、男性の全身を一目観察した。身に着けているものは質素ではあるが、生地は最上のものだ。片手に模造剣だろう、切っ先を丸め、刃を潰した剣を携えていた。

 『・・・さあどうでしょうか。私の国では剣術は皆が学ぶもの。中には人並みになる者もおりますし、人並みには到底及ばない者もおります。幸いにして私は人並みになれました。ただそれだけです』

 ・・・今にして思えば、少々嫌味な返事だったと思う。とにかく私は目の前に立つ男性を警戒していた。何のために近づいてきたのか。私には今はまだ知られてはいけない事がある。そう考える私はあまり自分のことを知らしめたくなかったため、なるべく会話が続かない方向にし、そのまま立ち去る意向だったのだ。

 『・・・ぼ、僕は剣、剣術がへ、下手でね。そ、そなたのように、け、剣が扱える者が、う、羨ましいのだよ・・・』

 『・・・左様ですか。ですが、見たところ剣を扱うようなご身分ではないとお見受けしますが?』

 私はわざと身に着けているものに視線を動かす。

 男性の生地の良い服と縫製は、相当良い身分にいることを示している。高位貴族かそれこそ王族のような。ちなみに今私が着ている訓練用の服は、ログネルの兵士が入隊したときに支給されるときのもので、生地も縫製も大量に作られるそれなりのものだ。国に帰れば、そこそこのものを身につけなければならないが、今は他国に留学中のため、それなりのものを準備してもらっている。

 『違いますか?あなたは、剣をもって戦うのではなく、兵士に下知するのがお仕事なのではありませんか?』

 『・・・』

 私の言葉に黙ってしまった男性は、やがて息を大げさに吐く。

 『ふう。・・・ああ、そうだね。た、確かに、僕は戦場に出れば、剣を手に戦うのではなく、兵に命令するのが、や、役目だね』

 『・・・』

 男性は肩をすくめて見せる。

 『ぼ、僕はベルトリオ・メルキオルニ、メルキオルニ侯国の第三王子なんだ』

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