貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第二話 第三王子の側近候補は逃がした大魚に嘆息する①

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 私の名はボニート・モンテサント。
 一応はメルキオルニ侯国の騎士爵モンテサント家の第二子だ。

 メルキオルニ侯国は先史のシュタイン帝国の貴族だったメルキオルニ侯爵の領地から起こった独立国だ。シュタイン帝国の貴族だったメルキオルニ侯爵は、帝国建国初期は忠臣として、アルトマイアー大陸の統一に尽力したが、皇帝の精神が堕落した帝国末期には、逆らえば逆賊として誅滅し、財を奪う皇帝の在り方に疑問が生じ、地方で一斉に生じた反乱に乗じる形で独立を宣言した国の一つだった。

 侯国の騎士は戦にも秀で、よく戦った。そのため帝国内ではメルキオルニ騎士団は強壮な騎士団の一つとして名が通っていたために、各地の反乱に激怒した皇帝の命を受けた帝国軍一部の攻撃にも耐えて、侯国を守り抜いた。
 ただ帝国の最強軍は近衛騎士団であり、もしこの近衛騎士団がメルキオルニ侯国に攻め入ってきたなら、甚大な被害が出ただろう。

 幸いにも侯国独立宣言後の近衛騎士団の動向は、ログネル王国との対戦のため、ログネル王国と対峙しており、これによりメルキオルニ騎士団の犠牲はほぼなかったと言ってよい。

 こうしてシュタイン帝国が瓦解して百年が過ぎようとしていたが、シュタイン帝国近衛騎士団を下したログネル王国は、アルトマイアー大陸の三分の二を有する大国となった。二十年程前には、シュタイン帝国所縁の唯一の血筋となっていた北の地の大公エルンスト・ファルケンハイン公爵と戦い、その後和睦して公爵を王配としたログネル王国女王は、それ以来戦をしていない。

 ちなみにログネル王国女王には三人の子が居り、それぞれが絶世の美貌を女王と王配である大公から受け継ぎ、国内のみではなく国外の貴族子息子女の注目の的となっているそうだ。私もその美貌がいかなるものか、会えるものなら会ってみたいと思っている一人だ。

 さて私は、メルキオルニ侯国の第三王子ベルトリオ・メルキオルニ殿下が成人するにあたり、運よく側近候補として選出された。殿下は見聞を広げるため、学術都市として名の上がるアリオスト王国の学園と呼ばれている『ルベルティ大学』に留学されることになっていた。必然的に側近候補として、私も学園には入学することになった。少しは良い所を見せようと、入学前に自主的に学習したが、入学時には試験などは各国の貴族にはなく、私の自主学習は良い所を見せる意味もなく結局のところ空振りになってしまった。

 入学後、王子殿下は消極的で、他国の貴族たちと交わらないどちらかというと引っ込み思案の生活をしていた。

 実は殿下は興奮したり緊張したりすると吃音が出てしまい、それを気にして積極的に会話に混じることがない。慣れてくれば出なくなるが、慣れるまではどうしても吃音が出てしまうため、それを気にする殿下はさらに自分の殻に閉じこもるようになってしまう。

 それでも一年を学園で過ごした殿下と私をはじめとする側近候補たちだったが、一年が過ぎれば新入生が入学してくる。メルキオルニ侯国の第三王子という立場上、殿下も新入生歓迎パーティには出席しなければならない。重く沈んだ表情の殿下に対し、学園側と折衝してきた私が話しかける。

 「殿下、明日はどうしても歓迎パーティには出席していただかなくてはならないそうです」

 「・・・そうか・・・」

 思い思いため息をつく殿下だったが、しばらく瞑目すると再度ため息をつき、顔を上げる。

 「・・・仕方あるまい。・・・なるべく人前で話さないようにすれば、ボロも出ないだろう」

 「はい。それにジャンマリオや私ボニートもお傍に居ります。極力殿下には長く会話をしなくても良いように、会話には加わりますので」

 如才のないジャンマリオ・フラーヴィなら、殿下あての会話にもうまく入り込めるだろう。

 「殿下、私ジャンマリオにお任せください。決してボニートと二人で殿下を一人で会話させません」

 一見優男風のジャンマリオだが、剣の腕もそこそこで、頭の回転も速い。彼なら殿下の支援も如才なくできるはずだ。なんなら、他の側近候補であるオリンドとルーペンも加えて歓迎パーティ中、一団で乗り切ってもいい。私は頭の中で考えた策を皆の前で披露し、全員で殿下を支援することを決めて明日のパーティに備えたのだ。

 そう思って私たちは歓迎パーティに出席したのだが・・・。

 私たちは稀有な光景に誰からも顧みられることなく、あれよあれよという間にパーティはお開きとなってしまったのだった。
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