貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第二話 第三王子の側近候補は逃がした大魚に嘆息する②

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 「な、なぜ・・・」

 ベルトリオ・メルキオルニ殿下が呆けて、口を開けたまま呟いた。優男風のジャンマリオが、声も出せない風で立ち尽くしている。かくいう私も今はただ立ち尽くしており、目を見開いてごった返す人だかりの中心にいる三人を凝視していた。

 見つめている先の、人だかりの中心には女神や天使に見紛う飛び切りの美女が居て、まわりから声をかけられるたびに掛けられた方向を見て、笑顔で応対していた。さらにはその美女の斜め後ろに護衛の美人が立ち、美女に手を出そうとする不届き者が出ないように鋭い目つきで回りを監視している。さらには斜め前に少々控えめのドレス姿の年かさの婦人が、笑顔で、だが有無を言わさない表情で人波を捌いている。

 会場の中心あたりにはまた別の人だかりができており、そちらのほうは学園に在籍する見目の麗しい美男子が回りに詰めかけた女性に愛想笑いを振りまいていた。ただその見目麗しい美男子は傍目にもわかるうわの空で、回りの女性の問いかけや話に対応できないでいる。視線は美女のほうへ固定されていて、興味を持っていると丸わかりだ。しかし美女はそんな視線も気が付いていない様子で、さすがにプライドがあるのか、近寄って行く様子は見えなかった。
 だが、よく見ると、呼びかけられて体の向きを変える度、立ち位置を美女のほうに近づけて行っている。近くまで行くことができれば、偶然さを演出して話しかけようと考えているのだろう。

 「・・・あれは・・・確かアランコ王国の第三王子だったか・・・」

 ベルトリオ・メルキオルニ殿下も私と同じところを見ていたようだ。殿下の呟きが聞こえる。

 「恐れながら、殿下の仰る通りです。あの女性に囲まれている人だかりの中心にいるのは、エルネスティ・アランコ、アランコ王国の第三王子です」

 「・・・相も変わらず女性を侍らせているが、今は周りの女性に注意すらしていないようだ・・・」

 「・・・あのもう一つの人だかりの美しい女性が気になって仕方ない様子ですね。ですが、プライドが邪魔して、近寄って行きたくない。ジレンマですね」

 「も、申し訳ありません、殿下。あの女性の傍に私も近寄りたいと思ってしまいますが、男性のほぼ全員が集まっているのではないかと錯覚するぐらい集まっています・・・、まったく近寄れる気がしません・・・。このまま終わってしまうのではないかと思います」

 ジャンマリオが呆けたまま言っている。

 「わ、私もだ・・・」

 殿下も呆けたまま答えた。

 「・・・しかし、あの女性は誰なのでしょうね・・・」

 私の言葉に、殿下が視線を外すことなく答える。

 「・・・去年はあの容貌の女性は居なかったはずだ。だから今年の入学者なのだろう・・・」

 「・・・」

 私が答えないでいると、殿下がふと漏らした。

 「・・・あの女性と知り合いたいものだ・・・」

 「・・・でんか・・・」

 私たち三人はそのまま、人だかりの中心にいる女性に近寄る勇気すら出せずに、パーティがお開きになるまで笑顔の虜になったままその場に立ち続けたのだった。

 パーティの後、夢見ごちで戻ってきた私たちだったが、そのあと、パーティには行かなかったオリンドとルーペンが、訓練場でものすごい美人を見たと興奮して戻ってきた。取り留めなく騒ぐ二人に、うるさいと一喝した殿下が、思うところがあったのだろう、ふと気になってアメをあたえて何とか聞き出したところによれば、その美人は礼のパーティの人だかりの中心にいた女性だった。

 「なにっ!」

 殿下の形相に、興奮していた二人が尻すぼみになり、反対におどおどし始める。

 「・・・で、でんか・・・?」

 「な、何か、ございましたのですか?」

 オリンドとルーペンが顔を青くして口々に尋ねる。

 「・・・その女性は・・・?」

 「は、はいっ、ものすごい美人でしたが、謙虚で居られて笑顔で話していただきました・・・」

 オリンドの言葉に何度もうなずくルーペン。

 ばかか?殿下が聞かれているのは、そこじゃないぞ、オリンドとルーペン。

 ため息が出そうになる。

 「・・・何か言っておられなかったか?」

 「その女性がですか?」

 ルーペンに殿下が食いつくように答えた。

 「なんでもいい!何か言っていたのなら教えてくれ!」

 「・・・そうですね・・・」

 オリンドが顎に手をやってしばし考える。

 「・・・ああ、そう言えば訓練場は誰でも使えるのかと聞いておられました」

 「何っ!」

 「係りの者が、訓練場は誰でも使用可能と答えていましたね。届け出も不要ですと」

 「・・・そうか・・・。そうか、よし」

 殿下の目が怪しく光る。

 「・・・私は今から訓練場に早朝から張り込む。そして何としてでもお近づきになる!」

 殿下は高らかにそう宣言した。

 私たち側近候補は一瞬だけ自分たちもと思わないわけではなかったが、殿下が急に私たちを見まわし、黒いものが垣間見える表情で口を開く。

 「お前たちは、どうするつもりか?」

 殿下の表情はさらに黒く染まり、一緒にあの女性と話したいと言いたくとも言えない状況になって行く。

 「・・・殿下の成功を祈っております・・・」

 横目で私たちはお互い視線を交わしあい、全員不承不承頷いた。

 「うん、そうだな、ありがとう」

 次の日の早朝、あの女性が訓練場に現れ、自らの護衛と打ち合いを始める。相当離れたところでその様子を確認した殿下は、いつもより気力を漲らせ、一日置いた次の日の早朝、近づいて行く。何とか声をかけることができた殿下は、名を尋ね、首尾よくその名をアーグ・ヘルナルと知ることができた。そして、早朝には訓練用の剣を用意して、毎朝訓練場に出向き、ヘルナル嬢にコテンパンにされて、毎日戻ってくることになったが、ヘルナル嬢と話ができたことで有頂天になっていた殿下は、学園で知り合った皇国出身の貴族子息であるニコライ・ジーナ・カヴェーリンについ話してしまった。

 「・・・ほう」

 落ち着いた雰囲気のニコライは、なぜか殿下の表情を探るように見てから、肩をすくめた。

 「・・・奥手だと思っていたが、やるときはやるんだな」

 「まあ・・・な」

 「しかし・・・そうか、絶世の美女か・・・俺も興味が湧いたな。今度俺も訓練場に行ってみることにしようか」

 「やめろ!私の邪魔をするのか!」

 声を荒げたりすることがない殿下の珍しい言葉にニコライがクスリと笑う。

 「声をかけたりはしないさ。遠くから見るだけだ。邪魔はしない」

 結局のところ、ニコライは早朝の訓練場の様子を覗いていたが、剣を振るう殿下の様子を見て、彼は苦笑していた。

 「・・・これは、想像以上に酷いな。才能がない」

 ニコライは殿下の剣術に関してはそう評価したが、ヘルナル嬢に関しては何も言わなかった。

 「・・・これは」

 それだけ言うとあとは何も言わなかった。

 そして出会って間もないはずだが、殿下のヘルナル嬢への愛は深まっていき、ある時のヘルナル嬢の言葉に殿下は花束を持っての求婚をしてしまった。

 軽率だったのは確かにそうだろうと思う。ヘルナル嬢に断られて崩れ落ちた殿下をオリンドとルーペンが抱き起し、私とジャンマリオが明けた扉を通って連れ出す。殿下も私たちも何も考えることはできず、ただギクシャクと足を動かし、寮の自室に向けて歩いた。誰も何も言わなかった。

 そのまま、寮の自室に殿下を連れ帰った。殿下はどす黒い表情をしていて、これが国にいるときの表情とは到底思えないほどだった。きっかけがあれば取り返しのつかないことになる、そんな気がした。

 ただ黙って殿下の部屋の椅子に座っていると、遅れてニコライが現れた。ニコライもあの時一緒にいたはずだった。だが、ヘルナル嬢と一言二言言葉を交わしてきたようだ。

 「・・・一つ忠告をしようか」

 ニコライが唐突に言った。

 「メルキオルニ侯国の名に懸け、妙な考えは起こすなよ」

 ニコライはじっと殿下の目を見続けていた。すっと、殿下が視線をずらす。

 「・・・そう、だな・・・」

 殿下には悪いが、私はこれでいいと思った。殿下の言い分なら、ログネルに行って暮らすことは無理なはずだった。だが、殿下はヘルナル嬢に侯国で暮らすことを求めた。彼女に執着したのだった。

 断られてしまったが、時間がたてば諦めれるだろうと思った。殿下は弱くない。大丈夫なはずだ。

 その時はそう思ったのだった。だが・・・。


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