貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第四話 俺様な婚約者候補⑥

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 エルベン王国フェリクス・エルベン第二王子は、長めの亜麻色の髪、海のような青の瞳、透けるような白い肌を持つ貴公子だった。

 「・・・ははあ、なるほど・・・」

 思わず納得して小声で呟いてしまったが、この風貌ならロニヤのみならずカイサも夢中になるはずだ。後ろで一瞬だけ窘めるような感じがした。今日のお付きはカイサの他に侍従のマテウスと護衛騎士のヴィルマルだが、他にも侍女のマーヤとファンヌも喫茶室の給仕役としてきている。

 私自身は父様に似た感じで、我を忘れるほどではなかった、ということにしておこう・・・。一目見たときにはさすがに息を呑んだ。優雅に微笑むこの王子は確かに目を引くが、ちょっとなよなよした感じがして、最初の印象は今一だった。

 「・・・本日はお越しいただきまして、ありがとうございます・・・」

 慣れないコルセットを付けた身体はカーテシーをするだけで、何か出そうなほどで、さらに着慣れない高級なドレスが動きを阻害するため、優雅とは言えない礼になったのではないだろうか。

 「お招きありがとうございます」

 少々高めの声がかすれ気味だが、耳障りではない。むしろ心地よさがある。

 「・・・お掛けください・・・」

 胴を締め付けるコルセットのせいで私の声が相当小さく、長く話したりすることができない。コルセットなんて必要だったの?と、後ろに控えているはずのカイサに言いたいところだ。

 「ありがとう」

 フェリクス・エルベン王子は椅子に座り、長い足を組んだ。私もそれを見届けてから俯き加減で椅子に浅く腰掛ける。いつものような庶民の裕福な商家の娘が着るドレスではなく、カイサをはじめとする専属侍女が色々議論して注文した、高額の手縫いのドレスが皴にならないように気を付ける。ちなみにこのドレスを縫うために、手練れの職人を何名も用意して、昼夜を問わず作業して三日で作り上げたと聞いている。大金貨はドレスのために三分の一になったが、むしろそれだけで済んでよかったとカイサは嬉しそうに言っていた。

 ドレスは金糸と銀糸をふんだんに使って全面に刺繍を施し、小さな宝石を散りばめてある。レースも使ったドレスの襞が縒れていないかさっと見直し、縒れているところを手早く直す。

 このドレスを作ってもらう時に私は注文を付けた。お尻が剣術の稽古の所為か大きいため、大きさを隠すような作りにしてほしいことと、もう少し胸が小さく見えるようにならないかとお願いをした。だが専属侍女たちはそれが不満だったようだ。『お嬢様の魅力の一つなのに』『むしろ大きさを強調したほうがお嬢様のためになる』『お嬢様の容姿で男性を惑わせるのが良い』などと言っていたが、私は結構切実だったので、押し切った。外務卿付き武官だった数か月、騎士服を身に着けていたが、胸をチラ見する男性が多く、私は辟易していたのだ。あの視線は嫌いだ。母様の命でやってきた貴公子と呼ばれる方が胸をチラ見してきたとしたら、それだけで私は幻滅するだろう。

 ちらりとフェリクス・エルベン王子殿下を見上げると、私を見返して相変わらず微笑んでいた。

 「フェリクス・エルベン様でいらっしゃいますね?」

 「はい、そうです」

 「私はアーグ・ヘルナルと申します」

 対外的にはですが、と口には出さない。本名は別にあるが、この方が婚約者になるとは限らない。私が気に入ったとしても、相手が私を気に入るとは限らないからだ。

 「・・・はい、お伺いしております」

 一瞬答えが遅れえる。なぜか、クスリと口の端が少しだけ持ち上がった。うん、これは笑ったんだろうね。

 「・・・フェリクス・エルベン殿下はここに来られた意味をお分かりでいらっしゃいますか?」

 「わかっております。顔見せというものですね」

 明確な答えが返ってくる。ははあ、わかっているんだね。

 「・・・一応お伝えいたしますが、気に入らないのならお断りいただいてもかまいませんので、先にお伝えいたしますね」

 ちらりと王子殿下の心が揺れた気がする。

 「・・・私がこの話を断ると思っておられますか?」

 落ち着いた声音で尋ねてくる。

 「・・・以前求婚されたことがあったのですが、条件の一つに私がログネルに戻るときには一緒に戻って欲しいとお伝えしたところ、買われていくのかと言われまして・・・。それでお伺いしたまでです」

 「ほう。そう言うことでしたか。選択肢をいただけると」

 「・・・ログネルのしきたりはご存じでしょうか?」

 「確か長子承継でしたね」

 「その通りです。そして私は長子です。私はログネルに戻り、家を継がねばなりません」

 「・・・しきたりを破るつもりはないと?」

 「私はログネルが好きですので。それに守らなければならない者もおります」

 私は俯き加減で話している。コルセットが苦しいからというのもそうしている理由の一つだったが、ログネルについてこようとは一国の王子なら思わないのではないかとも思っており、断られると思っていたからだ。なんとなく、フェリクス・エルベン王子の顔をまともに見れなかった。

 「・・・しきたりを破ろうとするあなたも見たいものですが、そうも言ってはおられませんでしょうね、アーグ・ヘルナル男爵、いやアウグスタ様」

 彼の言葉に、私はバッと顔を上げた。見上げたフェリクス・エルベン王子は相変わらず微笑んでいる。

 「アウグスタ・グリングヴァル王女はログネル王国の女王陛下になられる方ですから」


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